はじめは怖かった。
笑わない。冷たいその目が。
多くを語らないその口が。
綺麗な白金の髪が。大きな体が。
その暖かい手が怖かった。
「お前も、怖いの?」
手のひらに収まった、黄緑色をした小さな小さな命に聞いてみる。
それは、高く鳴いて私の手のひらを啄んだ。

小鳥を籠に戻そうと思った。
思ったけど、窓の外を見たら気が変わった。
今はこの国で雪が降らない貴重な時期。
放してあげようと思った。
窓を開けて、小鳥をのせた手のひらを外に出す。ばいばい。


ほんの気まぐれだった。

でも、頃合いなのだろうと思う。


空になった籠をただ、思うこともなく見つめていた。
もう少ししたら彼が来る。
私は、窓から離れて、部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドに座って待った。
愛しいひと。
カチャリ、と軽い音がしてドアが開かれた。
私は精一杯の笑顔を浮かべ、彼が近付いてくるのを待つ。
私は、耐え過ぎたのかもしれない。
待つことに得意になってしまったかな。
「ユリ」
彼は私の名前を呼び、足下に跪く。そうして、恭しくこの足を持ち上げてつま先に口づけて見せた。
「小鳥を逃がしたのか」
「そう、逃がしたの」
「ちょうど見ていたが、何故」
「…空に飛び立つには今日じゃなきゃ駄目。そうでしょう?」
挑むように見れば、カトルはきょとんとしたような顔をした。
「…カトル、貴方は何を言いに此処に来たの?戦うんでしょ、O組と」
「何故知っている」
「何回も言わせないで、私は何でも知ってるし何も忘れないの」
「……そうだったな」

少しの間があって、彼の手が私の頬に触れてきた。指先で輪郭をなぞり、左頬に彼の右手が添えられる。

「私…出るわよ」

迷いながら言った言葉は、やけに低く響いた。
出ることに、戦うことに対して迷いはないけど、彼に言うにはどうしても迷いがあったのだ。
しかし、思っていた反応とは少し違った。
彼は困ったように眉を寄せ、顔を近づけて額どうしを合わせてきた。
彼が目を瞑ったので、私も静かに目を瞑った。

「ユリは強い」
「うん」
「俺は、死ぬもしれない」
「私もしぬかも」
「お前が死ぬ訳がない。俺は死んでもお前は死なせない」
「…それ、酷いこと言ってるって分かってる?」
「分かってるが…すまない。意地で生きているからな」
「ごめんね。私はカトルを守れないよ」
「もとより守られるつもりはない」

くすり、と笑う。笑っているのに、閉じた瞳からは涙が溢れてきた。
大好きなのに。愛しているのに。
守りたいのに。支えたいのに。
私が戦うのは国のためだから。何があっても何と引き換えにしても、私は敵を倒すというのが、力のない者を守るのが役目だから。

ずっと、ずっと繰り返してきた。

ずっと、ずっと戦ってきた。

ずっと、ずっと忘れられなかった。

ずっと、ずっとひとりだけを愛してきた。

何回も死に、何回も生き、何度も好きになった。

でも、これが最後なのだと思う。
今度こそ終わりであって欲しいと願う。


私は、そっと額を離し、彼の唇に吸い付いた。
涙の味がする。泣いてるってばれちゃった。

開けた視界に映った彼の姿に、一番はじめの彼が重なった。













140923         ねお

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