うるさいっ!

レギュラス・ブラックは元来短気なわけでも我が儘な質でもなかったが、積もりに積もったイライラを爆発させてしまうのはまた別の次元の話だと、そばにあった椅子を蹴っ飛ばそうとして、思い留まった。
そんなことをしては彼に気づかれてしまうし、第一その椅子は椅子と云うよりはベンチで、そして石造りであったから端っから蹴っ飛ばすことも無理なのだ。右足の安寧こそ守れたが、レギュラスの腹の内はより一層煮え繰り返った。

 クソ理性、死んじまえ!

イライラはついに自分にさえ向いたが、それも虚しい馬鹿なことだと奥底できちんとわかっているので腹の煮えは留まるところを知らない。
レギュラスはついに木の幹を蹴った。
が、やはり右足が痛んだだけだった。



さて普段こそ冷静沈着にして氷の美丈夫レギュラス・A・ブラックが何故憤怒の塊と化しているかと言えば、ひとえに「泣き味噌スニベルス」として学園中に名を馳せる先輩、セブルス・スネイプのせいである。
スネイプは自寮のスリザリンからも疎まれた存在であった。
確かに彼の外見、特に黒髪は親しくでもならないかぎり不快感を否応なしに煽られるし、陰険であるし、嫌味であるし、何より一番の敵寮グリフィンドールの中でも最も生意気で、破廉恥で、品性の欠片もない「悪戯仕掛け人」なる馬鹿どもの格好の標的であったからだ。
その悪戯仕掛け人たちに何度でも立ち向かう様はむしろ、表立ってするべきでないにしろ、中々賞賛に値するものだとレギュラスは常々思っていたが、何度も立ち向かうと云うことはつまり幾度も敗北したということだ。
スリザリン生にしてみればまったくの恥晒しだったのだろう。(自分たちだって何度もいいようにやられたくせに)
それでもレギュラスがスネイプを先輩と仰いでいられたのは、彼が「あのお方」の信奉者の一人であったから。
そして、誰にも弱味を見せなかったからだ。
スネイプを馬鹿にし虚仮にした先輩方々がイタズラを仕掛けられて、彼らの愛しい母親を呼びながら晒したような泣きっ面を人に見せなかったから。人に頼ることをしなかったからだ。

見せる表情と言えば、悪魔的に分厚い本に対しての探求心、ポッターたちへの憤怒、そしてレギュラスへの、いや仲間への引っ掻いたような下手くそな笑顔くらいだった。
一度、自分も加わり応戦しようと申し出たこともあった。しかしスネイプは断ったのだ。例の引っ掻いたような笑みを浮かべて。



その、スネイプが。
誰ひとりとして弱さを見せなかったスネイプが、ひとり、冷えた城壁に背を向けしゃがみ込み泣いているのだ。
最初は何かの見間違いかと思った。
しかしそこにいるのは、レギュラスが一度だって見間違えたことがない本物のセブルス・スネイプである。
幾ばくかの間、レギュラスはじっと、その啜り泣きを聞いていた。
そしてフリーズしていたレギュラスの頭が溶け始めたとき、咄嗟に彼を占めたのが、イライラであったのだ。

レギュラスはもう一度木を蹴ろうかとも思ったが、これ以上足を潰すのには気が引けて衝動を抑え込んだ。足には妙な感覚が残った。
啜り泣きが続いている。



思えばなぜ、スネイプは自分に気づかないのだろうか。
レギュラスはここにやって来るまで、足音など気にも掛けておらなんだし、増してや先ほどなんて木を蹴ったというのに。
スネイプはいつもそうだった。
レギュラスが差し伸べた助けにまったく気づかずに。

 セブルス・トビアス・スネイプの、大、大、大馬鹿野郎!

そうしてレギュラスのイライラは、ついに煮え繰り返るに飽きたらず、沸騰して、ついには釜の底を破って溢れ出てしまった。
溢れ出たイライラはそして、もう違う何かになってさえいた。
しかしレギュラスはその何かを考える間もなく、それに押され、足を突き動かしていた。



「先輩」

目の前に立って初めて、スネイプはレギュラスに気づいたようだった。上目にこちらを窺ってそれから、ごしごしと目を擦っている。

「先輩」

レギュラスは激しいもどかしさに、しゃがみ込んでスネイプの腕を掴む。
もう片方の手で無理矢理視線を合わせれば、やはりというべきか、全力で逸らされた。目は赤く腫れていた。

「……セブルス」

レギュラスは、今度はゆっくりと噛み締めるように言って、スネイプを真っ直ぐみた。
頬が熱くなっているのが分かり、出来れば今すぐにでもこの場から駆け出したい衝動と、その正反対の願望に縛り付けられた。
こちらを窺うように、スネイプはレギュラスをちらりと見た。

そうしてまたすぐに視線は解けた。
レギュラスはあの堪え難い何かによって、スネイプを抱き締めていたからだ。
スネイプが貧弱な体型であることはわかっていたが、それが今まさに手に取るようにわかり、これまでこの体でポッターたちや、その他すべてを相手にしていたと思うと、さらに強く抱き締める他なかった。
耳元にあるだろうスネイプの口からは、ああ、だか、うう、だか訳のわからない呻き声ばかりが聞こえてくる。

 先輩も今、僕みたいに、頬を熱くしているのだろうか。

ローブ越しには全てが伝わるようで、全てが遮られている。
レギュラスはいっそのこと、このまま抱き締めスネイプを真っ二つに折ってしまおうかと考えた。
スネイプの背中は依然として冷たい。



【了】

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title by ソーセージは肉棒様。
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