title by 夜風にまたがるニルバーナ


クディッチの練習を終えたら、箒を持って、ピッチを出る。制服であるときもあれば、時間を惜しんでユニフォームのままに駆け出すこともある。
僕が目指す先は北の塔の天辺である。そこには先輩が待っている。本を黙々と読む彼に「お待たせしました」と言えば、本を閉じて一言。「ああ」

僕は箒に跨り、先輩が後ろに乗るのを待つ。本の大きさはまちまちであるが、たいてい図鑑じみた大きさであるので、ポケットに入るはずもなく、僕と彼の間に置かれることになる。背中に服越しにも伝わるカサカサと乾燥した感触と、やたらに真っ直ぐに固い支えを得、「落としてしまうかも知れません、僕の腰に手を回して下さいませんか」と僕が先輩に頼み。おずおず、仕方ないとばかりに後ろから手が回される。それを僕が片手でしっかりと握り引き寄せて、ようやく地面を蹴るのだ。
そうして僕らは、湖やら、城の尖った屋根やら、森やらに行って、許された時間をゆっくりと過ごす。二人で。

その日も僕と先輩は塔の天辺で箒に跨る。ただちょっとした僕の手順の省略により、先輩の腕は僕の腹に回されることも、僕の腕に握られることもないまま地面を離れた。
え、と間の抜けた驚きの声が上がる。高さが増すごとに下からは吹き上げるような風に撫でられ、あっという間に僕たちは塔から飛び出した。

はじめ以来後ろからは声こそもう聞こえないものの、据わりが悪いのかしばしば箒の揺れが伝わってくる。今日彼が持っていた本の大きさも鑑みるに、相当であろう。またこの高さから本を落としなどすれば、下の森から探す手間さえ被るのは自明である。
はてさてどうするものかと性の悪い楽しみを覚えていると、裾が微かに引かれる感覚と、そして僕の名を呼ぶ声がする。「なんでしょうか」ようやくである。

「その、捕まらなくてもいいのか」ほとんど風に吹き飛ばされてしまったが、おそらく先輩の言はこれであろう。

「ええ。僕はスリザリンのクディッチの選手ですからね。先輩ひとり、安全に乗せられなくては、沽券にかかわりますもの」

「そうか」前を向いたまま言えば、後ろからは先にも増して消え入りそうな返事が耳に入った。
ふたりきりであるとき、無言であることは少なくない。しかし背中にジワジワと染み入ってくる先輩の視線がどうにもこそばゆい。そのくせ僕の上着の裾はきちんと握ったまま、ユラユラと、時たま箒を揺らすのだからもう意地らしいったらない。

「先輩、先輩」「なんだ」「やっぱり僕に掴まっていて下さいませんか」「そんなこと、最初からそう言えば良かったんだ」

結局根負けしたのは僕であった。肩越しに振り返って先輩へ告げると、「まったく全体、調子に乗るな」とブツクサ小言を飛ばされ、僕が彼の腕を掴んで前へと連れてくる要もなく、その腕はスルリと僕の腰に巻き付いていた。
嗚呼ヤッパリ意地らしいと、僕は心中ごちた「ごめんなさい」が染み込むように、先輩の腕をしっかり握った。





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