クッキー


 花形がクッキーをもらった。
 マネージャーのクラスが調理実習で、その時間に作ったクッキー。焼き上がって時間は経っていないけど、悪く言えば、余り物。それとも、もしかしたら、彼女は花形に渡すためにわざわざ出来の良いものを選り分けておいたのかもしれない。
 どうせ明日には俺たちのクラスも同じものを作るのに。それでも運動部としては、食べられるなら何でも食べたいくらいたいてい腹を空かせているから、こういう差し入れはとてもありがたい。花形だってそれこそ我が部のスターだったのだから、例に漏れずクッキーをありがたくもらっていた。
 スター「だった」。俺たちの高校バスケはついこの間、終わった。
 バスケットボールを掴めるほど大きな花形の手の中にちょこんと収まるクッキー。花形といっしょにいた俺にもくれたから、俺の手の中にも同じクッキーがあった。
 自分の席に座った花形は「食べるか」とサランラップとキッチンペーパーだけの粗末な包みを開いた。俺は空いていた花形の前の席に座る。甘い香りが俺の鼻を擽った。俺が開いた包みの中からも、同じ甘い匂いが広がった。
 すると甘い匂いを嗅ぎ付けたクラスメート達が寄って来て、俺たちの手の中のクッキーをひとつひとつ、ひょいひょいと攫って行った。
「もらうぞ」「いいなあ、バスケ部は」「サンキュー」
 クッキーひとつに見合った感謝の言葉だか、嫉妬の言葉だかを置いていく。このまま花形の食べる分もなくなるんじゃあないかと群がる男達の手を見てた。しかし、示し合わせたようにキッチンペーパーの上にはクッキーがそれぞれ二つずつ残った。
「これだけになっちまったな」
 花形は俺にクッキーを突き出した。手に取る。俺がクッキーを摘み上げると、花形も最後の一個を早々に口の中に入れた。
「結構美味いぞ」
 数回咀嚼して、花形は喉を上下させた。
 ……調理実習なんて、何が入ってるかわかんないんだぞ。もしかしたら、塩とか、埃とか、最悪洗剤が入ってるかもしれないんだぞ。
 花形と同じように、俺もクッキーを口に放り込んだ。噛みしめる。甘い。美味い。
 空腹を訴える胃袋には、端っから、意地なんて張るだけ無駄なものだった。
 変なものは入ってるかもしれないけど、クッキーは美味しかった。
 俺のもらったクッキーも花形と分け合う。もうお零れにありつこうというクラスメイトが集まってくることもなかったから、大分腹を膨らませることができた。こちらも美味い。
「美味かったな」
 花形は満足そうに鼻を鳴らしてうなずいた。
 そうだな。美味かったな。




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