草の指輪

しょたマボワ

 時臣は人と付き合うのがうまいと綺礼は思う。そりゃあ時臣は全身から育ちの良いような風を吹かせていたし、だから何だか鈍臭かったり逆に物凄くスマートだったり、とにかく周りとは全然違っていたけれど、それでも時臣が嫌われるなんてことはなかった。
 たとえば時臣が放課後にずっと本を読んでいて教室がすっかり暗くなってしまったときでも、みんなが黒板とノートをかわりばんこに睨み付けている授業中でも、時臣は絶対に誰かの瞳に映っているということが何よりの証拠だろう。誰もが気づくと時臣を目で追っていたのだ。時臣は綺麗な子どもだった。綺麗なものが嫌いな子はまれだ。だから時臣は誰からも好かれていて、そして時臣は周りにはないあの物凄くスマートな面でそのこと知っていた。だから時臣は人との付き合いがうまいんだと、綺礼は思う。

 綺礼の見ている限り、時臣はあまり外で遊ぶことを好まないようだった。たいていは図書室か教室で行儀良さげに背筋を伸ばして本を読んでいた。
 今日は珍しく時臣は放課後に公園に来たのだけれど、そのせいかあまり走らなかった。確かに時臣の靴は体育の授業がない限り、走るには向かないものだった。でも時臣はそんなことなど関係なく、ベンチだとかに座っている方がよっぽど似合うと綺礼は思う。実際に時臣はさっきまでそうやって缶蹴りをするクラスメートたちを眺めていた。時臣は缶蹴りを知らないから、一回目はただクラスメートたちを見ていたいと言ったのだ。いっしょにやりながら覚えたらいいと最後まで言い募った子もいたけれど、時臣も最後まで何だかんだとベンチを離れなかった。
 缶を蹴り飛ばすと子供たちは一斉に散らばって、綺礼は適当に鬼を撒くと再び缶の元に戻ってきた。缶のすぐそばにベンチがあって、そこに時臣が腰掛けている。しかし、時臣はベンチにいなかった。
 どこへ行ってしまったのだろう。綺礼は今なら簡単に蹴ることのできる缶よりも時臣のことが気になった。白のペンキがところどころ剥げた、蔦の絡み付く日除けのついたベンチに時臣が座る様子は絵のようだった。そんな絵から一部が抜き取られてしまっては違和感がガリガリと頭の裏側を掻き毟る。綺礼は鬼に気を付けながら、絵の中から逃げ出してしまった少年を探すことにした。
 一歩、二歩。緑の野の草を踏みしめると、缶よりも近い場所に真っ白に輝くシャツの背中が見えた。時臣だ。時臣が緑の地面の中にしゃがみ込んでいる。
「時臣さん?」
 こっそり近寄って真っ白なシャツに呼びかける。時臣はヒクリと肩を揺らして肩越しに振り返った。しまった、というような顔をしている。もしかしたら時臣はこんな遊びにウンザリして帰ろうとしていたのかもしれない。
「見つかっちゃったね」
「わたしは鬼じゃないですから、別に、大丈夫ですよ」
「ううん。これだよ」
 時臣はしゃがんだ姿勢のままに体をこちらへ向けた。緑の絨毯に青い空、真っ白なシャツとチョコレート色の髪の毛。ミルク色の顔には青い宝石がふたつ埋まっている。人形のような彼は指先を土に汚して、小さな指輪を編んでいた。
「レンゲ草で編んだんだ。うまく編めてるでしょう? 遊びにつれてきてくれたから、そのお礼をしようと思って」
「わたしに?」
「そうだよ。良かったら、はめてみてくれないかい?」
 時臣はピンク色の花がついた指輪をそっと摘み、左手を上げてそこに綺礼の手が乗せられることを待った。綺礼はわざわざ答えは出さず、左手を時臣の手に重ねる。時臣は綺礼の手を取ると、嬉しそうに微笑んだ。
「薬指にはめないのですか?」
 小ぶりな指輪が中指に触れるちょうどその前に綺礼は堪らずそう聞いた。摘ままれた指輪はヒクリと止まって、時臣はキョトンとしたあとにクスクスと笑った。
「だって、言峰くん。それは結婚する人にすることだよ」
「わたしは・・・・、指輪はすべてこの指にはめるものかと思っていました」
「なら教えられて良かった。薬指は結婚指輪をはめるものなんだ。結婚の証なんだから、それは一生その人を愛する証なんだよ。それから指輪を贈ってくれた人から一生愛してもらうって証なんだよ」
「愛す」
「好きよりもっと、深い感情のことをいうのかな。言峰くんは好きな子はいる? 多分その子に思う気持ちだよ」
 時臣は弟を見るような目で綺礼を見守っている。好きな子。そんな子は思い浮かばないけれど、多分、それは目の前に時臣がいるからかもしれない。目の前にいる子をわざわざ頭の中に描くなんて無駄なことは起こらないだろうと綺礼は思う。
「じゃあ、時臣さんに指輪をはめたいです」
 時臣は再び青い目を真ん丸にした。
「言峰くん、それは女の子に言うことだよ」
「好きな人と時臣さんは言いました。好きな人は女の人じゃないといけないのですか?」
「そういうわけじゃないけれど。でも結婚できるのは女の人なんだ」
 時臣は困ったように小首を傾げた。後輩がこんなことを言ってくることにどう返していいのかわからなくなったのだろう。そして、時臣は、きっと綺礼なんていう男の子を愛するなんて考えたこともないのだろう。
「でも」
 時臣は微笑んでみせる。
「でも言峰くんが僕を好きといってくれて、嬉しいな」
 はい、と時臣は綺礼の差し出された手に手を重ねる。どうやらベンチにいない時臣に他の子たちが気づいたようだ。時臣は自分が呼ばれたことに嬉しそうな笑顔を浮かべて、彼の名前が呼ばれる方へと走っていった。綺礼に背を向ける前、時臣が地面に行儀良く並べられた人数分のレンゲ草の指輪をそっと大事そうに取っていったのを、綺礼はジッと見ていた。
 少年それぞれに指輪を配り終わった時臣がまだその場で動けない綺礼を呼ぶ。彼が今浮かべる笑顔は作り物の人形の微笑みではなく、まるで人間の、普通の生きている男の子のそれだった。
 綺礼は結局どの指にもはめられることのなかった野草の指輪が握りしめられ萎んでいくのを手のひらで感じていた。




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