泣かないでよ。彼女は言った。
泣いてないよ。僕は返した。
嘘吐き。僕の返した答えに対して震える声で力なく呟いた彼女は俯いてしまっていて表情は見えなかったが、今にも泣きだしそうに見えた。
君こそ泣きそうじゃないか、と喉元まで出かけた言葉を押し込む。彼女は真面目に僕と向き合って話をしているのだ、それを僕が茶化してはいけない。
何でそんなことを言うんだい?代わりにそう聞いた。僕はそんなに泣きそうな顔をしているかと。
だから言っているんじゃない。
素っ気ない言葉が返ってきた。
どうしてそう見えるんだい?泣きたくなるようなことなんか一つもない筈なんだけどな。
僕は笑顔を浮かべた、もしかしたら苦笑気味になっていたかも知れない、そして何でもないんだよと繰り返す。

 夢に向かって頑張っている君に対して、離れるのが寂しいだなんてそんな我儘、言える訳がないじゃないか。
前に進めず、ずっと燻ったままで立ち止まっている僕と君との差が開いていくようで、手が届かない存在になってしまうかのように感じただなんてそんな情けないこと、絶対に知られたくないんだよ。
これは僕の意地なんだ。
けれどもきっと、優しくて聡明な君はそんな僕の情けない悩みにとっくに気が付いていたんだろうね。
だから、僕が君を引き留める言葉を待っている、違うかい?
でもね、それは駄目なんだよ、君は優しいから。
だからもし僕がここで弱音を吐いたりしたら、何としてでも僕のそばに居てくれようとするだろう?
引き留めなんかしたりしたら、君の夢を叶えるための全ての可能性を捨てて残ってくれようとするだろう?

 君の邪魔はしたくないんだ。
全部我慢するよ、君は僕のことなんか心配しないで自分の心配をまずしなさい。
大丈夫だよ、君の為なんだからいくらでも待てる。
悲しくなんて、寂しくなんてないさ、君が僕のことを大事に思っていてくれる限り。

 そう、だって、折角君がチャンスを掴めたんだ。
嬉しく思いこそすれど、悲しむ道理なんてないさ。
不安そうな、心配そうな君に、これをあげる。
たまたま通りがかった花屋で何故だか目を引いたから買ってきたんだ。
この白い花と紫の花はね、アネモネっていうんだって。
僕は、夢に向かっていつも笑顔で頑張ってる君が好きなんだ。
行っておいで。僕はここで、君をずっと応援しているから。


そう、僕なんか気にしないで。
君が幸せになれるのなら、僕自身のことなんてどうでもいいから。

独りきりになった部屋で、僕は鉢植えの黒いチューリップに水をやる。
君の幸運を、そして成功を祈りながら。





one - end

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