−彼は、私を痛めつけてくる時だけは、愛おしいものを見る目を私に向けてくれたのだ。
初めて彼に出逢った時のことは、よく憶えている。夕方、家に帰っていく人で混み合う駅前の大きな時計の下、携帯を見て困ったような顔をしている彼を見かけて、道がわからないのかと思って声をかけたのが最初だった。
その時は約束をキャンセルされて暇になってしまっただけです、と言われて、それなら、とお茶に誘ったのだった。そして連絡先を交換してもらって…そのあと、確か二回目のときに、抱いてもらったのだった。
穏やかそうな顔つきで、優しい物言いをする彼だったが、地は傲慢な人だった。抱きかたも、以外と乱暴で…首を絞めてきたりもする。その時だけは、甘くて優しい声を、とても大切な…愛しい人を見るような眼差しを、私に向けてくれるのだ。本当はわかっている。
ある日、彼はわざと自分の服に私の香水と髪の毛をつけて帰った。今度はどんな反応するか楽しみだ、なんて言って、うっそりと、しかしどこか無邪気な子供のように笑う彼を見送ったその次の日、私は彼に呼び出された。連日で呼ばれることなど…いや、そもそも彼から呼び出されること自体が初めてで、驚きながらも急いで指定の場所へ向かうと、その綺麗な顔の、頬をざっくりと割かれた彼がいた。平手くらいはくらうのではないか、程度にしか考えていなかったが、まさか刃物を持ち出すような相手だったなんて。どうしたらいいかわからず、狼狽える私。
そんな私にかまわず、彼は可笑しくてたまらないといった様子で一言、「撃たれた」と。理解が追いつかない、そんな顔をしていたのだろう、今度はゆっくりと、説明をしてくれた。
私の香水の匂いと髪の毛に気付いた恋人に、無言で、銃で撃たれた。と。わけがわからなかった。何故銃を、それに、彼はどうして躊躇いなくそんな危険なものを突きつけられる人間と一緒にいるのか。でも、そんな疑問は、彼の顔を見たら、一緒で吹き飛んだ。だって彼は、そんな物騒な話を、相手が可愛くてしかたないという表情で話していたのだ。
それを見て、全てわかった。そして、それと同時にああ、この人は可哀想な人なんだなとも、思った。私はいままで、この人は相手に満足できないから浮気をしているのだろうと思い込んでいた。相手とはできないことを、他の女を相手に重ねてしているのだろうと。でも、そうではなかったのだ。痛くするのは、相手とはそういったことができないからではなく、私のことは欠片も愛していないという意思表示のようなもので。あの優しい声は、眼差しは、私を相手に重ねていたのではなく、私を通り越して相手を見ていたのだ。彼はちゃんと相手のことを心から愛し、満足しているのだ。深く、深く。それ故、なのだ。間違いなく彼は相手に、異常なほど執着している、そして自分が相手に向けるそれ以上に愛してほしい人なのだ。深く幽く、ともすれば狂気とも呼べるほどの愛情を、独占欲を、常に受けていないと安心できない人間なのだ。
お前とは今日限りだ、今度こそな。そう告げた彼に、一つだけお願いをした。彼は少し考え込んでからにやっと笑って了承してくれた。いーけど、後悔すんなよ?と言って。
しばらくして、彼から電話があった。有名な、海の見えるレストラン。そこの窓際右の一番奥に来い、と。指定された時間より一時間ほど早く向かって、料理を食べながら待機する。約束の時間のちょうど十分後、彼が男性と連れだってやってきて、私の座る席から見える位置に座った。男性?恋人を見せてくれる約束ではなかっただろうか、まさか。茫然としながら彼をみていると、彼はちらりとこちらを見て、向かいに座る男性の頭を掴み、半ば強引に口づけをした。目を見開き、それから徐々に照れたような幸せそうな顔になっていく男性を見て確信する。この人は本当に彼と付き合っているんだ、と。彼はちゃんと最後の約束を守ってくれたのだ。
邪魔にならないようにそっと席を立ち、店を出たところで不意に携帯が震える。見てみると、メールを受信したことを知らせるアイコンがついていて。どうせダイレクトメールだろうと思いながらも受信ボックスを見ると、彼の名前があって…いそいでメールを開いた。そこにはたったの二行。「お前ならいい奴すぐに見つかんだろ。また俺みたいのにひっかかんじゃねーぞ」なんて、最後に優しくしないで、泣きたくなる。最初で最後のメールがこんなだなんて。本当に、あの人は狡い人だった。





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