#0-4.背後の正面だあれ
旧校舎四階の女子トイレに続く廊下。
新校舎はもう随分と綺麗になって、廊下も塗装が施されているが、旧校舎は取り壊しが決定されていることもあり手を付けられず木材の床が汚れてしまっている。床板は腐って、歩くたびにギシギシと唸りをあげる。目先には目的の女子トイレが見えてきた。見るからにトイレからは不穏な雰囲気が放たれている。
深夜二時を指すこんな時間に誰もいるはずのないトイレからはボウッと薄明るい光がもれている。まるで私たちをおいでおいでと誘っているかのようにそれは不気味にも夜の廊下を怪しく照らしていた。

薄暗いじめじめとした旧校舎には、ジローちゃんと私の緊張した呼吸する音と、木々が擦れ合う音以外にはただただ静寂が広がっている。私の前を歩くジローちゃんは、こんな状況にも関わらずたまに私を心配して振り向く顔は少し綻んでいて、まるでこの気味の悪い状況を楽しんでいるようにも見えた。
正直、幽霊よりも何よりもジローちゃんはがいちばん怖いかもしれない。なんてことを考えながらぼんやりと薄明るいトイレへ一歩一歩足を進めて行く。その度にギシギシと腐った板の音が廊下に響いて、私の恐怖は増大し、心音はバクバクと高鳴る。もしかしたら後ろで誰かがついてきているかもしれない。
そんな想像をしていると、さっきまで楽しそうに歩いていたジローちゃんは急に立ち止まった。ジローちゃんの裾を握りながら後に続いていた私は急に立ち止まられたのでジローちゃんの背中にぶつかる。

「わぷ、」
「おい、なまえ。あれ何だ?」
「…へ?」

廊下には少し埃を被ったローファーが片足だけ落ちていた。そこまで古いものではないようだ。

「落し物かな?」
私の中で、なにかがざわめく。あれには触ってはいけない気がする。本能的にそう感じた私は、拾おうとするジローちゃんの腕を思い切り引っ張る。たじろぐジローちゃんに、
私は強い口調で触っちゃダメだと言った。

「ぜったい危ない、本当にやめて。触らないで…」
自分でもよく分からない恐怖に涙がボロボロと溢れてくる。突然のことにジローちゃんは慌てふためいて、自身の服の袖で私の涙を拭ってくれた。困った顔でどーしたー?と私をあやすジローちゃんに抱きしめられ、私も落ち着いてきたように思えた。が、突如私は目を大きく見開く。

いる。

ジローちゃんがトイレに背を向けていてくれてよかった。
トイレのドアが少しだけ開いて、その暗い隙間から女がこちらを覗いてわらっている。焦点のあわない目線がすこしずつすこしずつ私を見定めて…目があった。背筋が凍っていくのがわかる。女の顔がハッキリわかってしまう前に、逃げなくちゃ。早く、でも体が金縛りにあったように動かない。女はゆっくりと私に近付こうとしている。

「なまえ?」

声がでない。そうだ、お守り…!!ぎゅっと握るとさっきまでの金縛りが嘘のように解け、私はジローちゃんの手を握って廊下をトイレとは真逆に駆け抜けた、

「ジローちゃん、逃げよう!」
とにかく手をぎゅっと握って離さないように。



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