#0-3.約束事はきちんと守りましょう
「こんにちはー」

私の家と学校の中間くらいに抜け道のようなものがある。そこを抜けると小さな裏山があって、ふもとには石畳の長い階段があり私はそれを地獄階段と読んでいる。(この階段は全部のぼりきると144段もあるのだ)その地獄階段を修行僧がえっちらほっちらと白い羽織をきて昇り降りを繰り返している。
この神社で私はもうすっかり顔見知りになった。

「あ、みょうじさんじゃないですかー!こんにちは!」
「あ、虎丸くん、こんにちは!」
虎丸くんは神主さんの一番弟子で
私より二つ下なのに本当にえらい。学校帰りに毎日通って修行しているんだそう。

「豪炎寺さんは上で待ってます!段差にお気をつけて!」
「ありがとう!」
虎丸くんに見送られ、大きな赤い鳥居を抜けると、神社の本堂が見えた。提灯が並ぶ鳥居をぬけて、本堂に裏口から入る。初めはためらいもあったけど、もう慣れたものだ。

「神主さーん、こんにちはー!」
「みょうじか、入っておいで。」
「はーい」

畳の部屋に招かれ座布団に座る。お茶とお茶菓子でもてなされ、向かいに神主さんはどさりと胡座をかいて座った。神主さんと対面した私は、崩していた足をただした。

「まず、今日はありがとうございました。二人はどうですか?」
「ああ、大分よくなった。早期発見に貢献してくれてありがとう」
「いえっ、私はなにも。」
真面目な話を、終えた私は正座していた足を崩してお茶菓子に手を伸ばす。今日は苺大福だ。うん、悪くない。神主さんは私がくるたびに美味しいお菓子をこさえてくれる。別にここが神社だから和菓子しかでてこないわけではない。
ショートケーキだったり、シュークリームだったり、洋菓子もでてくる。生菓子が多いのはきっと神主さんお手製だからだろう。

お茶とお茶菓子で私が落ち着いていると神主さんは急に真面目な顔になった。
「ところで、本題なんだが、お前の学校は今悪い妖気に満ちているな」
「神主さんも思いますか。私も、学校に入ると吐き気がとまらないんです。」
「怖いものが苦手なみょうじに頼むのは癪なんだが…少し学校の様子を偵察していてはもらえないだろうか。嫌な予感がしてな、外れてくれればいいんだが…」

目を伏せて不安気な顔をする神主さんは珍しい。その表情をみて、やっぱり学校の空気は変なんだなと改めて再確認させられる。

「分かりました!ときどき報告しにきます!」
「頼んだ」

少しの沈黙が続いた。長年通い続けたが、よくあることで、不思議と神主さんとの無言は苦じゃない。むしろその静けさが自分のこの心に安らぎを与えてくれるようなそんな気さえする。
こうして、大の怖がりな私が苦手た幽霊が見える体質と向き合っていけるのも、ジローちゃんと神主さんの支えあってこそだ。
だからこそ二人の頼みには首を振ることができなかった。

「そういえば、今日からまたジローちゃんが学校の七不思議探査するぞーとか言い出してきたんですよ」
「やめておけ」
「今の学校は危ない」

神主さんの熱く燃える炎のように真っ直ぐな視線が私の視線と交差する。それでも、ジローちゃんが行くといったら行くのが私の存在理由のような、そんな気がして。

「でも…」
ことばをすべて言い切る前に神主さんはすべてお見通しだとでも言いたげに長いため息を吐いた。

「まぁ、そんなこと言ったところで聞いたためしがないのは俺が一番よく知ってる。」
余計なものには触るな、危険だと思ったらすぐ逃げろ、何かあったらすぐに連絡を寄越せとぶっきらぼうに私と約束を交わす。心配性な神主を安心させるべく、ちゃんと目を見て返事をすると神主さんは目を細めて頷いた。

「あと、これを持っていけ。気休めにしかならんだろうが。」
そういって、白い小さな包みを渡された。

「なんですか?これ」
「お守りだ。ヤバイと思ったら封を破りなさい。」
私の手のひらにちょこんと乗ったちいさなそれが、私を守るために神主さんが作ったお守りなんだと思うと自然と頬が緩んでしまう。
ありがとうございますと元気よく会釈すると、神主さんは立ち上がった。

「くどいようだが、気をつけろ。今日は送ろう。」

断ると、「いや、いいんだ。おくらせてくれ」ときかないので、それから私たちは他愛ない話をして家についた。












ジローちゃんが晩ご飯を食べにくると母に告げてから、喜んでいる母の料理の手伝いをしているとチャイムがなった。
きっと、ジローちゃんだ。手を洗ってから玄関に駆け寄りエプロン姿でドアをあける。
やっぱり。私服に着替えたジローちゃんが「よ、」とてを軽くあげて挨拶をした。

「おまたせ」
「あがってあがって!ご飯まだだからゲームしよう!」
「おー」

おかーさん、ジローちゃんきたーと告げて自室へ続く二階への階段を駆け上がる。私のテンションに少し呆れ笑いをしながら、ジローちゃんは私に手を引かれて見慣れた私の部屋に入る。
そういえば、ちゃんとした玄関からジローちゃんはいってくるの、久しぶりだなあ。



ご飯を食べ終わった私たちはまだ少し肌寒い外へ出る。私はエプロン姿のまま外に出るわけにもいかず、少し厚着に着替えた。もちろん親には内密に。少し着込んだパーカーのポケットには神主さんからの言いつけを守って携帯電話とお守りがはいっている。

「本当にいくの?」
「いくよ、なんだ?怖いのか?」
「そりゃもちろん怖いよ!」

いいよなぁお前は見えるし体感できて、と呑気に私に言ってくるジローちゃんを横目にため息をついた。いいもんなんかじゃないよ。
ジローちゃんの心霊好きには少々頭を抱えてしまう。オカルトが絡めば決まってジローちゃんは私を振り回すのだ。そしていつも何も起きずに私だけが怖い目にあって終わる。

どうせ今日だって、クラスの女子が被害にあった旧校舎のトイレに向かうんだろう。
これから起こることを暗示するかのように、夜の虫の鳴き声は不気味に、生ぬるい風が肌寒い今日をよりいっそう嫌なものにしていく。


今日は月が見えない。


0506