#0-2.心配症の彼女
朝一番。ぬっと私の視界に入ってきたのは、目が潰されて真っ赤な女の人だった。

「キャアアアアアアアーーーーー!!!」
今日もまた、ジローちゃんの予言は当たってしまった。

コンコン、いつも通り部屋の窓が叩かれる。習慣と化してしまったやりとりもいつか終わりがくるのかと思うと寂しく思える。…っていうか、私ジローちゃんいなくなったらまともに生活できないんじゃ…とさえ思う。
この前にも少し触れたが、ジローちゃんは私と対峙して「霊を寄せ付けない体質」のようで。
霊を寄せ付けないというか、ジローちゃんの中にいる大きな媒体がよりつく霊を食べているのか。はたまたジローちゃんを拠点とした縄張りにして霊が寄らないのか真偽は定かではないけど、とにかくジローちゃんには何も幽霊的なものが憑いていないのだ。
私は逆に、自分自身が磁石のようになっていてSとSのように反発しあうので取り憑くことは心配ないらしい。けれど何故か見えてしまう。神主さん曰く、私は人の目とは少し異なっているらしい。

そんなことは、非現実的な話なので半信半疑で受け流したけど。と、まぁ私とジローちゃんの説明はこれくらいにしておこう。

「おはよなまえ」
「おはよージローちゃん。予言的中だよ、やったね…」
「半べそかいて悔しそうにゆってんじゃねーよ」

ジローちゃんはケラっと笑ってまたいつものよしよしがおこなわれる。
ジローちゃんはあったかくて、やさしくて、ふわふわしていて。一緒にいると安心する存在。これはきっと恋とかではなくて、もっと深いところにある、家族みたいな絆なんだと思う。







学校につくと、前日よりも被害が増えていた。教室でずっとすすり泣いているクラスメイト。
私はかけよって声をかけてみた。これは、昨日の子もそうだけど、靄が大きくなっている。

「と、といれ、に、お、女、のひと、っひっく」
嗚咽まじりに泣いている女の子に、いつもジローちゃんにしてもらっていることをしてみる。
ギュッとだきしめて、「こわくない、こわくない」。すると安心したのか、スヤァと眠りにおちていった。

「なに、なまえ。いつのまにそんな能力つけたの、やっぱなんか超能力的な力隠してるんだろ」
と、相変わらずオカルト系の話には敏感なジローちゃんが私につっかかってきた。

「ちがうよ。ジローちゃんがいつも私にしてくれてることだよ。私はこれしてもらうとすっごく落ち着くもん、」
そう言うと、そうかよ。とジローちゃんは耳まで赤くなってそっぽを向いた。照れ臭いときや恥ずかしいときのジローちゃんの癖。昔から変わってない。

「神主さんにみてもらったほうがいいかもしれない。」
そういって、神主さんの住所と連絡先を教えて早退するように勧めた。神主さんにも連絡すると、学校まで迎えにきてくれるようだ。
よかった、と安堵の息をもらす。神主さんが着くまでのあいだ、靄がどんどん広がっていく女の子二人を見守っていた。

この二人にしても、学校にしても、明らかに学校の空気は嫌なものに変わりつつある。へどろのような空気感にすこし吐き気を覚えながらも、この拠点はどこかと無意識に探そうとしてしまう私は、もう十分にジローちゃんのオカルト好きが浸透してしまったのかもしれない。

「待たせてすまない。」
「神主さんっ!来てくれてありがとうございます!」
「なまえ、久しぶり。相変わらずだな」
「はい。でも私よりこの子たちを」

そう言って女の子二人を引き渡すと神主さんは少し困ったように笑ってこれはひどいなと呟いた。
女の子たちは突然現れた袴姿の男の人に戸惑っている。

「紹介するね、このひとは雷門神社の神主を務めている豪炎寺修也さん。凄腕だから、この人ならきっと大丈夫だよ、心配しないで。」
「よろしく」

骨ばった手が女の子に伸びる。女の子たちはあわあわと心落ち着かずなように見えたけど、一人めが手を握って挨拶をするともう一人もすぐにぺこりと会釈して手を握っていた。
「神主さん、よろしくお願いします」
「ああ。」
神主さんは頷くと、女の子二人の肩を支えて歩き出す。途中でふと何か思い出したように振り返った。

「あ、そうだなまえ」
自分も校舎に戻ろうとしていたが、呼び止められて向き直る。すると神主さんは私をみながら手招きをして私を呼ぶので、そばによると神主さんはひそひそと耳打ちをしてきた。

「少し気になったことがあるから、今日の帰りに俺のところへ寄ってくれないか」
「わかりました。」
「あと、彼によろしく伝えておいてくれ。」

そう笑って去っていく神主さん。彼…?と思い振り返るとものすごい剣幕のジローちゃんがズンズンと近付いてきた。

「誰、あいつ!」
「い、いつもお世話になってれ雷門神社の神主さん…」
「何で男なんだよ!」
「知らないよ…」
「なんであんな仲よさげなの!」
「いろいろ相談にのってもらったりお世話になってるんだよ…?」
「ふーん」とそっぽを向くジローちゃん。
質問攻撃だったりこんどはそっぽを向いたり、今日のジローちゃんは忙しそうだ。なんでこんなに拗ねてるのかは分からないけど、こういうときのジローちゃんは面倒くさいのでご機嫌とりをしなくちゃいけない。

「ジローちゃん、今日の晩ご飯からあげなんだけど。」
「まじか、お前のかーちゃんの唐揚げまじ美味しいよな」
「来る…?」
「いいのか?」
「いいよ、お母さんジローちゃんきにいってるし。」
「行く」

どうやらご機嫌とりは成功のようだ。唐揚げですぐ機嫌がなおってくれるのなら安いものだ。神主さんのところに行く予定ともうひとつやることがふえたなーと考えごとをしながら空を見ていた。

「ジローちゃん、今日は先に帰っておくね」
「わかった。」
「帰ったらおうちきてね」
「りょーかい」

ジローちゃんはサッカー部に所属していて、いつもはそれを見学してから一緒に下校してるんだけど、たまに私も一人になりたいときとかがあったりして。
でもジローちゃんは私とジローちゃんとに一定のラインを敷いてしまって、深く干渉してくるとこはない。
そうゆうところもジローちゃんと一緒にいて安心する要因のひとつなのかもしれない。

「あ、なまえ」
「んー?」
「晩飯終わったら学校な」
「へ!?」

そしてジローちゃんはいつも突然にトラブルをもってくるのだ。



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