#1-4.何をするにも警戒心を
三回、ノックしようと思う。
だが、三列目のトイレのドアは開いたままで、ノックをするにもできない状況である。野晒しにされた夏希ちゃんの死体がそこにはある。


「これ、どうしよう…」
「一回閉めれば?」
「う、うん…ごめんね、夏希ちゃん…!」


私はトイレのドアを閉める。ドアを閉めるさいに、夏希ちゃんの死体がドアに押されて少しずつ奥へ押し込むようにしてしまった。死体を無下な扱いしてごめんなさい。心の中で手を合わせる。
すると、クスクスと泣き声なのから笑い声なのか分からない音がドアの向こうから漏れてきた。


「ひいぃ、何、あ、開けたほうがいい?夏希ちゃん怒ってる?」


私がひとり怯えていると、虎丸くんが開けなくていいですと私を否した。二人の視線は、まるで早くノックをしろと言っているように思えた。私は、生唾を飲み込んで自分の小頬をバチン、と叩く。気合い注入だ。


「いくよ…」
「おう」
「サポートは任せてくださいっ!」


コン、コン、コン。
トイレのドアを三回ノックする。私の記憶が正しければ、四号館三階の女子トイレ三列目ドアを三回ノックすれば、花子さんが応えてくれるという。なんでも願いを叶えてくれるが、機嫌の悪い声の時は、よくない事が起きる…らしい。そもそも、平穏にひと気のないところで落ち着いた幽霊を遊び半分で呼び出して願いを叶えろだなんて、七不思議というものは結構厚かましいと思う。花子さんからしても、いい迷惑だろう。そんな事を考えながらも、ひとつの気がかりを思い出した。

それは、"花子さん≠夏希ちゃん"ということ。もし仮に花子さんに会えたとしても、夏希ちゃんではない可能性のほうが実は高い。花子さんに、夏希ちゃんに会いたいと言えば、もしかしたら死後の世界に引きずりこまれるかもしれない危険性もある。それはどうしたものか。しかし考えている時間はなかった。刻一刻と明け方は近付いてきている。できれば、明日、明後日もここにきて再度リベンジ…なんてことは勘弁してほしい。恐怖になりうるものは、その日に片付けておきたいものだ。
課題と同じである。後伸ばしにすればするほど、結局自分の首を絞めるのだ。


「はーなーこさーん、遊びーましょー」


よくある例に真似て声をかけてみる。暫く、静寂に包まれた。


「…なによ。ここは女子トイレなんだけど」


返事が返ってきた。私は驚いて悲鳴をあげる。おどろおどろしいが、少しトーンの高い女の人の声だった。ジローちゃんと虎丸くんに制され、「お前のほうがこえーよ」と悪態をつかれた。


「うっ…」
「本当にそうよ。あなたが私を呼び出したんでしょ。で、どうしてここに男の子がいるの?三ヶ月ぶりに呼び出されたかと思えば、たまったもんじゃないわ」


私、男は嫌いなの。少し不機嫌そうに文句を言う花子さんは、思っていたより話せる人でよかった。いきなり襲われたりしたらどうしようかと、内心ヒヤヒヤしていた。そして、三ヶ月ぶりというキーワードに私は反応する。このトイレを利用する人なんて、滅多にいない。ましてや、七不思議を回ろうなんて人も、もう少ないと思っていた。クラスメイトの話も、花子さんではなく、きっとあれは夏希ちゃんの霊を見ていたのだろう。私たちが勝手に旧校舎と勘違いしていただけで、実際に彼女たちは部活帰りのトイレでだとか、新校舎三階のトイレで被害にあっていた。
三ヶ月前にいなくなった人…それって、もしかして。


「ね、ねぇ、それって、夏希ちゃん…かな?」
「そんな名前だったかしらね。いちいち名前なんて覚えてられないわ。」


ドア越しに七不思議と会話しているだなんて不思議な気分だ。気だるそうに私と会話する花子さんは、実体は存在しているのだろうか。ジローちゃんと虎丸くんは、ドアの向こうを怪訝な顔で見ている。ジローちゃんにいたってはどうせ、話している最中にドアを開けたらどうなるんだろうとか考えているんだろう。しかし、実行に移すのはよしてほしい。私の身が危ない。


「で、何か願い事、あるんじゃないの。言いなさいよ」
「あ、はい。え…っと、長谷川夏希の霊に会わせてください」
「あんたさ、死人に会いたいってどういう意味か知ってんの?」
「は、はい…。」
「残念だけど、答えはNOよ。私、優しいからあんたを心配して言ってあげる。死ぬわよ」
「わ、わかってるんですけど、今夏希ちゃんに会えなきゃだめな気がするんです…」

「いいからさっさと連れてこいやぁぁあああ!!」


ジローちゃんがドアを勢いよく開いた。ぜ、絶対面白半分で開けたでしょ!!と心の中で突っ込みながらも、後ずさる。虎丸くんは、絶句の表情で私の肩を抱いて庇うように前に立つ。

ドアの先には、夏希ちゃんの死体もろとも消えていた。ドアの向こうは暗黒に包まれている。そこだけに生まれたブラックホールのような暗闇の向こうから、花子さんとおぼしき声が聞こえてきた。


「あたしの行為を無下に扱うとか…愚かな小僧め。これだから男は嫌いなのよ…」


すると、ジローちゃんの足元から無数の手がうじゃうじゃと生えてきて、ジローちゃんの足を掴もうとする。ジローちゃんはそれに気付かない。虎丸くんが、焦って前に飛び出した。


「佐久間さん!危ないですよ!!」
「えっ…ううぉお!?すげぇ!」
「すごいじゃないよ!ジローちゃん!!連れていかれちゃうよ!!」


花子さんを撃退しないと…!ジローちゃんは相変わらずホラー的体験にウキウキと心踊らせている。よくみれば、地面からはえている手はジローちゃんには触れず、虎丸くんに狙いを定めているように見えた。そうだった、ジローちゃんは対心霊的体質だった!霊なんてものは近くに寄せ付けもしないジローちゃんの体質でさえも、手が見えるって花子さんどれだけ強いの…!
そんなことを考えている暇はない、虎丸くんが危ない!この際ジローちゃんは二の次でいいや!とりあえず、花子さんから逃れる策をすぐに考えないと…!そう思い、ぐるりと周囲を見渡したところで私はハッと思い当たった。


「100点のテスト!!」


私は、ポケットから夏希ちゃんの100点満点のテストを取り出し、勇気を振り絞ってうようよと蠢いては虎丸くんを死の世界に陥れようとするその手に思い切り振りかぶった。



「う、うわあああああああああああああ!!!!!!」



どっちが被害者なのか分からないような奇声を発しながら、蠢く手に襲いかかる。テスト用紙が、虎丸くんの足を覆うと、花子さんなのかもはや誰の声かも知れぬ断末魔がトイレ中に響きわたった。


「あ、危なかったね…虎丸くん…」
「は、はい…ありがとうございます。」


嵐のような出来事に、私と虎丸くんはぽかんと立ち尽くしてしまう。ジローちゃんに頭を叩かれ、私は正気に戻った。


「もう!ジローちゃん!なんで勝手にドアを開けたりするの?」
「それは悪かったって。でもほら、あれ、見てみろよ」


さきほどまで暗闇に覆われた三番目のトイレの中には、花子さんでも、夏希ちゃんの死体でもない、ローファーが落ちていた。


「ねぇ、これって」
「ああ。最初に見たやつだな」


「きゃあああ!」


近づいて触れようとすれば、そのすぐそばには指が落ちていた。誰のかは分からないが、察すれば、きっと、そうだ。落ちた指と、指から滴った赤黒い血のようなものは、ミミズが這うような文字で"13階段'と書かれていた。


「ねぇ、これって、夏希ちゃんの残したものなのかな」
「わかんねーけど、行くしかないんじゃねーの」
「でも、もうすぐ日が明けますよ。今日はお開きにしましょう。」


虎丸くんがそういって、トイレを立ち去ろうとする。二人について私もトイレを出ようとすれば、後ろ髪を引くように劈く頭痛が私を襲った。



"み・・つ・けて・・"



脳内に無理やり押し込んだようなノイズと残像は、それはそれは私の心すらも蝕んでゆく。


「いたい、いたい、いたいよ!!いたい!!!」
「みょうじ?大丈夫か!?」
「みょうじさん!しっかりしてください!気を確かに!!」


「いたいよ…こわいよ…くらい…たすけて…こわい…うわああああああああああ!!!!!!!」




0615