#1-3.二人の騎士≪ナイト≫
「あ、あは。ジローちゃんだぁ」
「なまえさん?どうしたんですか?いきましょうよう」
「おい、ちょっと待て坊主。これは俺のだぞ」
「なんですか俺のって、なまえさんを所有物みたいに!」

よく分からない争いが始まった。今から、恐怖体験を自ら体験しにいこうと肝を据えた途端にこれだ。一気に心が冷めた。二人とも呑気なもので、一気にペースは喧嘩を繰り広げる二人のものとなる。私は、少し眠気を含んで重くなりつつあるまぶたをこすった。
ぎゅ、と虎丸くんが私の腕にしがみつく。私よりもほんの少しだけ背の低い虎丸くんだが、やはり急に腕を組まれるとドキッとしてしまう。ジローちゃんは負けじともう片方の私の腕にジローちゃんの腕を絡ませた。私一人、囚われた宇宙人のように挟まれ、複雑な心境ではあるが、おかげで怖さは免れた。三つのかたまりがのっしのっしと道を行くのを、人はどんな目で眺めたのだろうか。月は新月なのか、宵闇に姿をくらませている。











「ここが、その…うわさの旧校舎、ですか。」

ごくり、虎丸くんは生唾を飲んだ。前回よりも、禍々しい雰囲気は増加している。…ようなきがする。警戒感をつねに張ったまま、相変わらずしなる床を踏んでいった。

「にしても、なまえさんの言うとおり、気持ち悪いですね、ここ。」
「……なんでお前がきてるんだよ」
「ま、まぁまぁジローちゃん、落ち着いて…」

ぶつくさと文句をぶうたれるジローちゃんを宥めながら、四階まで階段を登る。三人の足並みが、それぞれ違うタイミングでのぼっていくものだから、木製の階段はギィギィギィと悲鳴をあげるように鳴いた。


「ね、ねぇ…何かまたで、でるんじゃないかな…」
「なまえさん、そのときは、俺がちゃんと守ってみせますから!」
「おい、何勝手に話進めてんだよコラ」

相変わらず騒々しい二人の口喧嘩だが、ようやく四階についたころには黙った。静寂だけが支配する空間。闇がただ続く廊下の突き当たりには、やはりぼうっと白くそこだけが明るかった。以前にも増して強くなったその薄気味悪い空気は、ゆっくりと私たちに侵食してゆく。行くか、と私の手を引いてエスコートをするふりをジローちゃんがしてくる。いつもなら、おどけて返すが、私にはそんな余裕がなかった。差し出された手をぎゅっと握ってうつむく。私は、前に進む他道はないのだ。


もう回収されてしまったのか、それとも自分で歩いて移動したのかは分からないが、ローファーはもうそこにはなかった。私が金縛りにあった場所だけが、黒い染みのようなものが浮き出ている。やっぱりあの時、なにかされていたのだ。ぶるっと私は縮こまった。あのとき、神主さんのお守りがなかったらどうなっていたのだろうか。………そんなことを考えるのはよそう。私たちは、前に立ち寄れなかった女子トイレへと歩みを進めた。






「げ」
「うわ、」
「…酷い臭いですね」


トイレは、異臭に満たされていた。卵の腐った臭いのような、ガスのような排泄物のような、とにかく臭い。私は鼻を抑える。ジローちゃんも渋い顔をして鼻を抑えているのに、虎丸くんはすん、と鼻を効かせぐるりと見渡した。…信じられない、とでも言いたげな顔でジローちゃんは虎丸くんを眺めている。私も、この行動には度肝を抜かれた。

「人が死んだ臭いでしょうか。」
「な、なんでそんなこと分かるの……?」
「僕、伊達に豪炎寺さんの一番弟子してないですから」

にっこりと愛らしいスマイルでこちらを向いているが、目は笑っていない。虎丸くんは、人差し指を唇にあてて、喋るなと合図を出した。私たちはすかさず黙る。そして、おそるおそる個室を調べていくと、三番目で異常に気付く。

「これって…」

そこには、溶けて骨が垣間見える死体だった。蛆が、肉にたかっている。臭いの原因はこれか、と納得したものの、なぜこんなところに死体が放置されているのか、誰の死体なのか、それともこれは霊が見せた幻なのか、分からない。突然の出来事に冷静な判断ができなくなった私は、死体に歩み寄ろうとした。しかし、それは許されなかった。

「何考えてんだよ!」
「何考えてるんですか!」

ジローちゃんと虎丸くんはほぼ同時に私の腕を引いた。踏ん張りきれずに後ろに倒れこむと、二人の腕が支えてくれた。死体とは逆方向に引っ張られ、頭を軽く叩かれる。

「こんの、ばかやろう!!!」
「ひっ、ご、ごめんなさいぃ!」
「こればかりは佐久間さんに同意見です!危なすぎですよ!なまえさん!」
「うっ…スミマセン」


二人の怒号が飛び交う。私は、圧倒されて肩を竦めた。真剣に心配して怒ってくれる二人には悪いけど、少し嬉しかった。しかし、そうこうしている場合ではない。私は、目の前の死体をどうするべきなのか、考えた。

「にしても、こんなところになんで死体なんてあるんだよ」
「しかも誰なんでしょうか…。今頃身内の方も心配しているんじゃ…」
「………。ねぇ、ジローちゃん。これって、もしかして…」
「なんだよ。………あ」
「行方不明になった夏希ちゃんじゃないかなあ…」

目の前に倒れている死体は、もう身も崩れてどんな顔をしているのかは分からない。でも、落ちている髪の量から、長髪であることが分かる。溶けた皮膚にまじって、ボロボロになっているが、着衣していたのであろう衣服は、おそらくうちの学校のセーラーである。それらから、女子であることが分かった。もしかしたら、あのローファーも彼女のものかもしれない。だがしかしおかしい。確かに、言ったのだ。今でも耳にこびりついている「見つけて」という声。あの女がいない。もしあれが夏希ちゃんであれば、ここにいるはずなのに。肉体と魂はまるきり離れきってしまったということなのか、それとも何かの暗示を示したいのだろうか。真相は定かではないが、とにかく自分が何かアクションを起こさないと話が収まらないのだけは理解できた。

夏希ちゃんというのは、この学校の生徒であり、私の同級生。艶やかな黒髪が印象的な、おとなしい女の子だった。それが、つい半年前くらいに行方不明になった。消息が経たれたのを知った学校は、ありとあらゆる場所を探し回ったが、一行に彼女は見つかることはなかった。家出をするような家庭でもなく、素行もいいこだったので、何かの事件に巻き込まれたんじゃないかと操作が行われたが、それも次第に薄まっていった。それが、どうして、今。こんな形で再開を果たしたのだろうか。彼女との接点なんて、テストの勉強を少し教えてもらったことくらいしかない。……あれ。


「ねぇ、あれ、なにかな」
「んー?あー、紙きれ?…テストかなんかだと思う。うっすら赤マル見えるし」
「んーどれどれー。名前のところに、長谷川夏希って書いてますよー?」
「やっぱり夏希ちゃんだ!」


死体の傍らに、無造作に転がっていた口の開いた鞄。中から、テスト用紙がはみ出ていた。死体の腐敗は進んでも、無機物は腐ることはない。確かな証拠だ。

「ひゃ、ひゃくてん…」
「おまえには一生ムリだな」
「ジローちゃんうっさい!」
「んなっ…」

テストは赤マルばかりがついていて、成績優秀でない私は口を尖らせた。ジローちゃんに悪態をつかれながらも、物的証拠としてテストを引き抜く。よく見れば、私が欠点を取った物理のテストだった。そんなことはどうでもいい。


「どうしよう、やっぱりあの女のひとでてこないよ…夏希ちゃんの発見は大きかったけど、関係ないのかな」
「そんなことはないと思う」

もしかしたら、私は本当に見つけなければならないものを見つけれていないのかもしれない。そうだとすれば、私は一刻も早く彼女が見つけてほしいものを探さねばならない。どんな条件が揃えば見つかるのだろう。考えて、ハッとした。

「条件……」

四号館三階の三番目のトイレ。ヒントは死体のある場所にあったのか。ふと、事の始まりを思いだした。




"「あのね、この子、学校の七不思議調べてたら体調崩しちゃって。みんな幽霊の仕業じゃないかってゆってるの。」


「と、といれ、に、お、女、のひと、っひっく」
"




そうか、夏希ちゃんは、はじめから私に辿り着くように…。私は夏希ちゃんが自分に求めている行動を理解した。しかし、ひっかかる点もある。虎丸くんとジローちゃんはどうでるのか…。長考に浸っている時間もない。正直言えば、この死体の臭いが充満しているトイレから一刻も早く出たかった。無言で考えこんでいる私に、虎丸くんとジローちゃんは心配そうにこちらを見ている。


「ねえ、ジローちゃん、虎丸くん。」
「なんだよ?」「どうしたんですか?」






「四号館三階の女子トイレ三番目。この条件が揃う七不思議…あったよね?」

虎丸くんとジローちゃんは、意図を理解したのかにやっとした。



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