#1-2.急かすな・脅すな・取り憑くな
「なぁ、なまえ…」
「行かないよ!!」
「…まだ何も言ってない」
「ジローちゃんが言おうとしてることくらい分かるし!」

登校中、自転車で坂道を滑走している最中、両者一歩も譲らない争いが、行われていた。事の原因は、昨日のトイレの一件である。やっぱりジローちゃんに言わなきゃよかったって思ってももう遅い。いつもジローちゃんのペースに負けてしまいがちな私は、今回も上手い具合にジローちゃんに丸めこまれようとしていた。

「だってさ、見つけてって言って何もせずに消えたんだろ?」
「そ、そうだけど、イヤ!もう怖い思いしたくない!!!」
「見つけなかったらこのままずっと付きまとわれるかもしれないんだろ?いいのかよ?」
「うっ…」

それは嫌だ。でも、またあの旧校舎に入るのも嫌だ。というよりもまず、あんな思いをした翌日に行こうだなんて、普通なら思わない。ジローちゃんの分からず屋!!とそっぽを向くとジローちゃんは不貞腐れて諦めてなくれた。












何でですか。私の周りでは、早く見つけてと言わんばかりに怪奇現象が嫌ほど起こった。
(恐らく、昨日のトイレで見た女だと思うけど)今日一日で散々な目に合った。

例えば、朝一番。机の中には大量に髪の毛が入っていたりだとか。トイレの鏡ごしに遠慮がちにこちらを見ていたりだとか。(振り向いても何もない。)極め付けには、耳元でひたすら「見つけて」と囁かれ、私は心が折れた。私が拒めば拒むほど、それはエスカレートしていくのだ。

どうしよう。私は頭を抱えた。
今更ジローちゃんに行こうだなんていえば、それはそれは喜んでついてきてくれるだろう。ただ、きっとジローちゃんの気が済むまで探索に付き合わされるに違いない。私は心を決め、とりあえず神主さんのもとへ相談しに行く事に決めた。


本堂に続く規模の小さい階段では、巫女さん姿で掃き掃除をしている夕香ちゃんがいた。

「あっ、夕香ちゃん!珍しいですね!」
「あ、いらっしゃいなまえちゃん!今日はね、お小遣い稼ぎにお兄ちゃんを手伝おうと思って!」

ウフフと笑う夕香ちゃんは、豪炎寺夕香といって、神主さんの血の繋がった妹で普段はごくごく普通の女子高生をしている。神主さんを交えて何度かお話したけど……神主さんは夕香ちゃんに甘い。
訪ねるたびにもてなされる生菓子も、殆どが夕香ちゃんのために作ったものなのだから、これはシスコンと呼ばざるを得ない。夕香ちゃんも夕香ちゃんで、そこに甘んじるなかなかのブラコンであった。兄弟がいない私は、なんだかんだ二人の関係が羨ましかったりする。

「あーーーーーっっ!!なまえさんじゃないですかぁ!!!」
「わっ、虎丸くんだ!」

私と夕香ちゃんが話しているのを見つけたのか、本堂の廊下を雑巾掛けしていた虎丸くんが走ってきた。頭にタオルを巻いて、額に汗をかいている。

「見てくださいっ!床がピッカピカですよー!!」
「わぁ!ほんとだ!すごいね!!」

虎丸くんが雑巾掛けをしていたところだけピカピカだった。褒めて褒めてと言わんばかりにこちらに近づいてくる虎丸くんの頭をわしゃわしゃと撫でてから、本堂にあがる。ここで時間を使いすぎて、肝心の本題を忘れてしまうところだった。

突き当たりにある、居間に入ると、お札を書いていた神主さんが私の気配に気付いたのか顔を上げた。

「…随分と物騒なお客さんを連れてきたな。」
「えっ!?何!?何か憑いてる!?」
「いや、いい、冗談だ。ところで、何か急ぎの用事なんだろう?」

そうなの!と私は今日あった全てのことを神主さんに話した。神主さんは、私の話を聞きながらもどこか上の空で、私の後ろのほうをじーっと見つめている。

「神主さん、今日はなんだかおかしいですよ」
「え?ああ、すまない。続けてくれ」
「ですから、旧校舎にもう一度行きたいんですけど、一人で行く勇気がないんですっ!」
「ああ、そうだったな…。おい、虎丸」

神主さんは、まだ雑巾掛けをしている虎丸くんを呼んだ。虎丸くんは、突然の指名に戸惑いながらも、笑顔でこちらにかけてくる。

「はいっ!なんですか!豪炎寺さんっ!」
「なまえの、同行を頼みたいんだが」
「ああ、そういうことなら任せてくださいっ!オレがなまえさんを魔の手から守ってみせます!」

別にそこまで大問題というわけじゃないんだけど…。自信満々な虎丸くんの好意はありがたく受け取っておこうとおもう。
本音を言えば、ジローちゃんがいるにこしたことはないが、今回ばかりはジローちゃんに気付かれないまま事を納めたかった。
これ以上ジローちゃんのなまえ怪奇伝説BOOKに名前を残したくない。

「じゃあ、今日の夜に旧校舎に行きたいんだけど、時間どうしようか?」
「あっ、女性の夜道の一人歩きは危険なので、オレがなまえさんのところへ迎えに行きますね!」
「ほんとに?悪いなあ」
「いえ!男の務めですから!」

約束を交わしてから、神社を後にした私は、油断していて。後ろから誰かに手を掴まれた。あまりの恐怖に後ろを振り向くこともせず、悲鳴をあげて家まで走った。

「あ、あの、みょうじさん…?」

後ろで残された声は私の耳には届かなかった。





夜。
とうとう決戦の時がきた。私の心は土砂降りの雨の日に外に出る時以上に萎えている。が、嫌でもやる気を奮いおこして解決しなければいけない。今後の自分のためにも。
自分の顔を軽く叩いて気合をいれる。よし、いこう。準備万端で虎丸くんを待った。


ピンポーン


玄関のチャイムがなった。頑張れ、自分と励ますように自分の頬を軽く叩く。半袖の黄色いパーカーを着た虎丸くんが玄関先で待っていた。

「わざわざごめんね」
「いえ!なまえさんの頼みとなれば何処へでも!」
「虎丸くん…」

任せてください!とドンと胸を叩いてみせた虎丸くんに、感極まりそうになる。この子はなんていい子なんだろう…目頭が少し熱くなるのを堪えた。

「あ、そういえば豪炎寺さんから預かってきました!」
「なに?」
「『何が起こるか分からないから一応持っていけ』って言ってましたよ!」

はい、と手のひらに乗せられたのは、以前もお世話になったお守りだった。バージョンアップしたのか、前のものと比べると少し重いそれは、じわりと私の不安を軽減させる。

「それじゃいこっか」
「はいっ!」

「…どこにいくんだ?」


ニコニコと笑顔を崩さないが、確実に怒りを孕んだ声がそこにあった。気色ばむ自分。少しだけ後ずさりしてみると、やはりこちらに一歩距離を縮められた。
虎丸くんはキョトンとした顔でこちらを見ている。

「こ、こんばんは、ジローちゃん」
「よぉなまえ、俺に黙って随分面白そうなことしようとしてんじゃん」

旧校舎よりも、今の現状のほうが優先してどうにかすべきなのかもしれない。私は、血の気が引いていくなか、どう言い訳をしようかばかり考えていた。



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