#3.
side.Conservation


1971年8月14日から1971年8月20日まで、アメリカ・スタンフォード大学心理学部で、ある心理学者の指導の下に、刑務所を舞台にして、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明しようと実験が行われたそうだ。
新聞広告などで集めた被験者21人の内、11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせた。その結果、時間が経つに連れ、看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるという事が証明された。
それと同じように、私たちもこの役職に踊らされている。研究者に抜擢された人間も、最初はここまで残忍な人間ではなかったはずだ。権力あるものが、さも当たり前かのように残忍な事を要求すれば、次第に指示される側は何の疑問も抱かなくなる。

自分が間違えているのかだとか、犯している罪の重さなんてものはなんてことない。そんな事を考える余地すらないのだから。用意された舞台上で、ただ何も知らず操られる人形のように、私は上の人間の駒である。

だからこそ、このモルモットと呼ばれる被験体たちも、被験体を講じているに過ぎない。私たち職員は、自分にのし掛かる罪悪感から逃れる為に、この被験体たちのことをモルモットと呼んだ。
人が人でないかのように。この小さな社会は、幼い少年たちの生きる権利さえも簡単に奪ってしまう。

そしてまた、弱い私は見て見ぬ振りを決め込むことでしか、自己の精神を守ることができないでいる。


「よっこらせ」

デスクトップには、幾つものアイコンが並んでいる。ファイルでキッチリと整理されてはいるものの、膨大なデータ量のせいで、壁紙はあってないようなものだった。
回路を制御するアプリケーションを開けば、梯子のように延々とスクロールが続くプログラムが表示される。
私はモニターモードに変更し、機械の正常稼動の確認を始めた。

相変わらず水溶液の中で眠る少年は目を覚まさない。冷ましたところで、目を開いてはいけないのだけれど。

「ほんと、こんないい加減な回路でよく動いてるよね。」

独り言をブツブツと漏らしながら、ネズミ捕りの回路を探る。ネズミ捕りとは、エラーには条件が設けられており、どの条件にひっかかったか一目で確認できるよう工夫された回路のことだ。

ひっかかっていたのは、水面感知のセンサーのバグだった。初期段階で見つかってよかったと、安堵の息をつく。それにしても、ここにいる少年たちは皆、顔が整っている子が多いなぁと素朴な疑問を抱いた。ま、振り分けの人間の趣味かな、と自己完結する。こんなことをいちいち気にしていたら、私の身が持たない。
恨むなら、被験体(モルモット)になってしまった自分の運命を呪ってくれ、と自分に言い聞かせるようにその場を後にした。

相変わらず、水溶液に浸かった少年はプクプクと呼吸器から漏れる気体と共に沈んでいる。