#2.
side.Conservation

そこは地獄絵図だった。
私とさほど年の変わらない少年たちが、来るはずのない助けを求めて叫んでいる。鼓膜をゆすぶるその悲鳴に、おもわず耳栓をした。
見て見ぬふりをするというのは、モニター越しであればまだ叶った。しかし、肉眼でこの凄惨な仕打ちを目の当たりにしてしまっては、なかなか難しい。

紅蓮のような髪をした少年が、一室に連れ込まれていく。目に涙を浮かべる少年の眼球に、得たいの知れぬ液体が、注射針を通して注入される。
見開いた眼球が、みるみる膨張していった。半開きの口からはだらしなく唾液が溢れ、少年は小刻みに震える。研究者は、それを見ても何も感じない思わない胸は痛まない。きっと、私と同じように、業務という二文字に操られているからだ。

パチュン、という奇妙な擬音を発して、少年の片目はドロドロに溶けていった。少年は、激痛のあまりか、ただ呆然としているばかりで、もう悲鳴や言葉を発しない。職員は、そのデータをパソコンに記入している。
いままで私が目を塞いで見ないふりを決め込んでいた世界は、あまりにも残酷すぎた。
少年は私を見た。ひとつしかない目を丸くして、じっと睨んだ。私は何も言うことも反応することもできず、ただ目を逸らすことしかできずにいる。


「お取込み中失礼致します。さきほどの警報を聞きつけてきたのですが、状況を簡潔に教えていただけないでしょうか」
「ああ、保全か。ちょっとね、実験中モルモットが暴れ出してしまって、そこの装置を壊しちゃったんだよ。見てもらえるかい?」
「分かりました。」

それは、パンデミックを擬似的に体験させる装置だった。数多の病原菌のデータがそこには組み込まれていて、水溶液の中に被験体を沈め、呼吸器を管で介して病原菌と共に酸素を供給させる装置だ。これの利点といえば、継続的に菌を被験体に感染させることができるのと、仮に空気感染する病気だったにせよ、水溶液の中で管と間接的に繋がっているため、最悪、慢性的に発症を起こしてもその中で殺処分することができる。
こんなもの、本当に必要あるのだろうか。

しかし、その水溶液の中には裸体で少年が繋がれていた。今回の実験は、病原菌というより毒物の実験だったようで、ディスプレイには薬物の明記と、継続的に次何を投与するかのリストが表示されている。
私は、この業務に就くにあたって少しだけ薬物について勉強させられていた。だからこそ、このリストはほぼ死に直結する絶望的なものであることを知っている。
現在の項目は"麻薬"丁度この投与中に故障が起きたようで、幸いにも薬物の投与機関のバグがパトランプの原因のようだ。致死量は免れたらしい。
私はこっそりその麻薬投与を取りやめ、胃洗浄ならびに血清であるナロキソンを投与するプログラムにそっと書き換えた。
看守や研究者らは、私のことなど見向きもせず、次の実験に夢中だ。こんな事をしても、無駄な事は知っていた。今、命が延びたとしても、二度目の絶望が待っているだけだというのに。
私は、リストの項目にあるトリカブトの毒をそっとキャンセルし、博打ではあるが、比較的生存率の高いセレウス菌に書き換えた。私の修理中にこのプログラムが終了することを祈るしかない。スタートボタンを押せば、意外にも簡単に装置は起動をはじめた。

私は手持ちのパソコンと装置をLANケーブルで繋いで、回路を確認する。さっきの故障で、へたな破損が起きていないかチェックするために。