幼い頃から私たちは、謎の掛け合いをしていた。所謂幼馴染という関係である、私と篤志は、中学高校と同じで、兄妹のように何をするにも一緒だった。

「花は花でも、水をかけると散る花はなあんだ」
「花火」
「せいかーい!!」
「もっと難しい問題出してくれよな」

篤志は、頭の回転が早く、私が見つけてきたなぞなぞや問題は、ときが経つにつれて簡単に解いてしまうようになった。いまも、なぞなぞブックを片手に篤志を負かそうと奮闘しているが、いまのところ玉砕である。

「くっそう…」
「ハッハッハ、せいぜい頑張ってくれたまえ」

わざとらしい笑い方でやんわりと嫌味なことを言う篤志に、私は地団駄を踏んだ。
私がこうして謎謎に執着しているのには、すこし訳がある。篤志は、さっきも言ったとおり頭の回転がとても早い。かくいう私はそこまで頭がよくない。
話していて、篤志が楽しいのか楽しくないのかばかり考えてしまっては、全然会話にならなかった。それも、私が篤志に淡い恋心を抱いているのがもっともな原因ではあるけど、幼い頃から飽きずに問いかけてきたなぞなぞだけは、私と篤志両方の期待を裏切らない。言わば、会話の架け橋だった。

話しかけるとき、すこしだけ躊躇う。そんなときは、急になぞなぞを出すと、当たったにせよ外れたにせよ話がそこから繋げやすかった。
篤志は篤志で、私に難題ばかりふっかけてくる。そのおかげもあって、篤志には及ばないが頭の回転が昔に比べると速くなった。田舎町で育った私たちは、小・中と学校を選ぶことなくそのまま上がってきた。もうすぐ進路希望調査を出さないといけなくなるが、無論人の少ない土地のため高校もそのままエスカレーターのように上がっていくはずだった。

それなのに、たまたま目に入った篤志の進路希望調査用紙には、私の知らない高校の名前が記入されていた。目の前が真っ暗になり、どうして私の元から離れていくのか、なによりも何故そのことを教えてくれないのか。篤志を責めるような言葉ばかりが頭のなかを駆け巡る。
その日は何も食べれず、そのまま倒れるように眠りについた。はずだったが、頭のなかではそのことばかり考えてしまって、眠ろうにも眠れなかった。


翌朝、目の下にうっすらとくまをつくった私を見て、いつも通りの篤志は私を馬鹿にしてきた。私が何も知らないと思ってなのか。私はいつから彼に騙されていたのか。分からないまま、びっくりするほどにいつも通りの篤志に腹が立っていた。そんな私を見て、呑気にも篤志は「機嫌わりーなぁ、生理か?」とデリカシーの欠片もない言葉を発したため、私の回し蹴りの餌食になった。











いつか篤志が私に伝えてくれるだろうと、篤志からの言葉を待ち続け、秋も終わりに近づいてきた。
以前よりも、受験シーズンということもあり、篤志との関わりも少しずつ薄れていく。部活も、引退してお互いに暇はあるはずなのに、きっと、篤志は私の知らない進路のために勉学に励んでいるのだろう。
素直に応援することができない自分に嫌気もさしていたし、それと同じくらいいつになっても教えてくれない篤志への苛立ちも募っていった。

そうこうしているうちに雪の降る季節になり、相変わらず私は篤志にやきもきしながらも篤志の背中を追いかけていた。インターネットで、篤志の行こうとしている学校を調べると、偏差値が高く、到底私には及ばない学校だった。なによりも、今の実家から通えるような距離ではないことを今更知り、やっぱり篤志は私から逃げるつもりなのだと怒りより悲しさが勝つようになった。
いつしか私は、篤志なんて受験に落ちればいいのにと心の中でそんなことを願うようになった。我ながら嫌な女だと自覚もある。それでも、今ある幸せをなくしたくなかった。


クリスマス。イルミネーションが街を飾り、鈴の音やクリスマスソングが流れ、街にはケーキを売るサンタがはびこるような日。世間はホワイトクリスマスだと浮かれる中、私の心の中は雨模様だった。制服に身を包み、マフラーを巻いてもまだ寒い街中をのそりのそりと歩いていく。かじかんだ手のひらに息をかけて、少しでもあたたまろうとしていると、後ろからもっと長いマフラーをグルグルと巻かれた。
振り返れば、黒いダッフルコートに身を包んだ篤志だった。

「いまからどこいくの」
「図書館」
「勉強?」
「まぁそんなかんじ」
「エスカレーター式でいくならそんな勉強しなくてもいいじゃん」
「念には念を、だよ」

ほらまた、本当のことを言わないで私を欺こうとする。きっと、進路の紙を見ていない私ならば、信用していたんだろうなと思うと、見なければよかったのかもしれないと思うようになった。
しんしんと降る雪が、降り積もっていく。

「一年、あっという間だったね」
「そうだな」
「これからも、一緒に、遊んだりしようね」
「ああ」

すこし俯いて、篤志は私に平気で嘘を吐いた。
嘘吐き、そう呟いてみると、いままで堪えていた分の涙がボロボロと目から溢れた。歯をくいしばって必死に我慢しようとしても、次から次へと溢れる感情には勝てなかった。
ギョッとして、私の涙にオロオロする篤志を置き去りに、私の心は先走るようにワンワンと泣いた。

「嘘吐き!知ってるんだぞ!篤志が遠くの高校にいくの知ってるんだからな!私なんかじゃいけないくらい賢い学校に行って、きっともう私なんて忘れちゃうんだ…」

それから先は、みっともない自己嫌悪の言葉しか出てこなかった。篤志は、困った顔で後ろ髪を掻いてから、まるで私を黙らせるようにゆっくりと唇を重ね合わせた。子供をあやすようなキスだったけど、すんすんと鼻を鳴らして案の定私は泣き止んだ。
そんな私を見て、篤志は馬鹿にするように鼻で笑った。

「お前さぁ、15年一緒にいて、ちょっと3年違うところに行くくらいで泣くなよ。お前にとって俺って三年で忘れる程度のもんか?」
「ちがう」
「だろ?それに三年まるきり戻ってこないわけじゃねーし、夏休みとか長期の休みになったら帰ってくるし、お前の誕生日月だってちゃんと帰ってきてやるから」
「ほんとに?向こうの女の子のこと好きになって私のことなんてどうでもよくなったりしない?」
「さあな」

そう言って、また私の頬に手を添えて、こんどは息ができなくなるほどの深いキスをされた。私がむせるたびに唇を離して、息が落ち着けばまた私の口内に舌が入り込む。虜になりそうなほど、深い深い口付けに、意識すらも蕩けてきて、膝がガクガクと震え、まともに立てなくなりそうだ。
酸欠で意識が朦朧とし始めた私を見て、篤志は満足そうに笑うと、暗示のように私の目を見て言い聞かせる。


「そのお前のお子ちゃまな脳みそで考えてみな。これが最初で最後のなぞなぞだ。」

そう言って、ポケットからレシートを取り出して、その裏に何かかいている。そしてくしゃくしゃに丸められたそれは、私の鞄に無造作に入れられた。
じゃあな、という言葉を残して立ち去った篤志の背中を見送ってから、いまだぼーっとして回らない思考を懸命に働かせ、とりあえず家に帰ろうとバスに乗る。

家に着いてから、しばらくベッドに仰向けに寝転がって、篤志とのキスを思い出しては顔が熱くなるのを感じた。こんなに好きなのに、思い出す顔は私を小馬鹿にしたような笑みと、立ち去った後ろ姿の、寒さで赤くなった耳。
さっき篤志が自分の鞄の中に何か入れたのを思い出して、自分の鞄の中をあさる。
くしゃくしゃに丸められたレシートに殴り書きされた紙があった。



「128√e980」
ぶっきらぼうにそうかかれた紙を見て、私は思わず笑ってしまった。



お互い、ちゃんと告白できていないんだから、次会ったときはキスで誤魔化されてなんてやらないと固く自分に誓う。篤志から出された最後のなぞなぞは、笑ってしまうほどに不器用な彼の心が伝わって、いままでの不安なんてものも一気に掻き消されてしまった。




掌ではんぶんこ
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