「ど、どうしてここに来たの?」
「だからさっき言っただろ」
「だってさ、それこそミストレくんととかいるし…」
「かかわりたくねぇし」
「だからってなんで…」


私の家なの?≠サんな言葉を名前は飲み込んだ。本当は期待しているからだ。未練なんて向こうは吹っ切れているかもしれない、それでも名前はいまだ忘れることができなかった。

初恋だったエスカバの存在は思っていたよりも大きかった。気付かれたら終わり、そう思うと無意識に腕に爪が食い込むのが分かる。
どうして、まだ好きなんだろう。心臓が煩い。名前は部屋をぐるりと一望するエスカバを横目に感傷に浸った。


「コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「わりぃな。コーヒーの無糖で。」
「これくらいはいいよ。…熱くないの?その格好」
「あ、これか、隊服なんだ」


昔と変わらないエスカバの微笑み。エスカバの笑顔は、犬歯が少しだけ剥き出して犬のような印象を抱かせる。そんな笑顔が名前は昔から好きだった。むかつくくらい格好いいからちょっと冷たく当たってみせようと名前は思う。冷たくあたってみたところで何か変わるわけではないけれど。


「見てるこっちが熱いよ」
「あ、悪い」
「はい、ハンガー」
「サンキュ」


マグカップを取り出し、コーヒーを入れる。私には砂糖と牛乳をたっぷり入れたやつ。エスカバには砂糖も何も入れないブラック。コーラとか飲みそうな、肉体派っぽい顔をしながらも頭脳派であるエスカバのギャップは、いつも驚かされるばかりだ。


「はい、とりあえずお疲れ様。と、久しぶり」
「おう、さんきゅ」
「どういたしまして」


こんな他愛のない小さな会話なんだけれど、意識してしまって、心臓はどくどくどくとひたすら血液を全身に送る。
うるさい、うるさい、うるさい。入ってこないで、せっかく作り上げた「恋愛を忘れた自分」の中にエスカバの存在はよく染みる。
もしかしたらこの音が聞こえているかもしれない。そう思うと恐怖に駆られる。好きなのに、どうして。
まだこんなに好きなのに、言葉にできない。言葉にしてはいけないのは分かっている、わかっているけれど体中が疼きだす。名前は自分を落ち着かせようと、コーヒーを一気に喉に押し込めた。溶けきっていない砂糖が舌の上でざらついて甘い。


それにしてもこんな未練が詰まった家にひょっこりやってくるなんて、なんて嫌な人。
でも嫌いになんてなれるなずがなかった。私もつくずく悪い女だなと名前は本日二度目のため息をついた。自分が傷つくのが怖くて、嫌われるのが怖くて、臆病で。
誰もこんな自分なんて好きにならないって分かっている。その反面で、私と同じ気持ちでいてくれたらないいのにだなんてくだらない期待をしている自分がいることに名前は泣きそうになった。