ロマンスデッド

「それって恋だよ」

佳菜子は笑った。某ファーストフード店のポテトをかじりながら、私と佳菜子は遥香に黙って秘密の会議を開いていた。主催は私。相談してるのも、私。佳菜子はただ私の話に、黙って耳を傾けた後、冒頭の言葉を私に吐いた。つまり、そういう事である。不動との今後について、佳菜子に打ち明けていたのだった。

「でもそれって、ちょっとやばいよね」

呆れたように佳菜子はため息をつき、なにがやばいのだろうか。そんな意味を込めて佳菜子の瞳をじっと見つめれば、佳菜子はおかしそうに笑う。


「そっか、名前、いつも諦めてたから、ちゃんとした恋愛ははじめてなんじゃない?」
「恋と決まったわけじゃないし…」
「なにいってんの、名前の話聞いてたら、不動くん好きって言ってるようにしか聞こえない」
「そ、そんなに!?」


たしかに、もしこの感情が恋だとすれば、背徳的じゃない恋愛はこれが初めてかもしれない。まともに正面から向き合える相手との、恋。しかもその相手が不動だということに、少し困惑してたりする。

私と不動の間には、一線太く引かれたラインがある。そのラインを、お互いが暗黙のルールかのように踏み越えず一定の距離を保っているから、私にとって不動とは居心地のいい関係でいることができた。
もし、仮にその一線を踏み越えてしまったら、その先がどうなるのかが見えない。未知の領域だった。


「で、結局なにがやばいの?」
「親友って関係は、思ってる以上に踏み越えるのはしんどいから」
「ちょっとよくわからない」
「じきに分かるよ」


佳菜子は、期間限定のフローズンを飲み干した。私は、納得いかない顔で佳菜子をじっと見つめる。諦めたように、なんでもない。さっき言ったことは忘れてと、佳菜子は笑った。



もうすっかり暗黙の了解となった、図書室でのやりとりは、今日も今日とて変わらずにあった。相変わらず詰まることのない一人分の隙間が、自分と不動との距離感を示しているようにも思える。
完全にリラックスした状態で、顔に似合わず栄養学の本を熟読する不動に、私は何気なく尋ねてみた。


「ねー不動、不動の思う恋愛ってなに?」
「…急になんだよ」
「いや、今までまともな恋とかしたことなかったからさ。参考にと思って」
「そうだな…」


不動は首を捻りつつ長考にふけり、顔を上げた。「首輪。」と答える不動に、ため息をついた。


「つまり、今の不動には恋は不要というわけですね」
「そうだな、自由じゃなくなるからな。まぁ、でも本気で好きな奴には繋がれても苦じゃねーよ?」


意味ありげに笑う不動を鼻で笑う。不動って、マゾの気質あったんだと付け足すようにいえば、アホかと返された。そうゆうことでは、ないらしい。ならどういう事なんだと考えたが、私の頭ではどうも知識不足らしい。疲れる事はよそう。

不動が、立ち上がった。そして、私に近付いて意地悪く笑う。


「俺が恋ってやつ、実践して教えてあげよっか?」


不動は、私のリボンタイを指で掬って私に笑いかけた。惑わされるな、自分と言い聞かせても、鼓動は脈をうつばかりだ。
佳菜子の、「それって恋だよ」と言った言葉が再び蘇る。はたしてこの顔の熱さは、息が詰まりそうな胸の鼓動は、恋なのか。返す言葉が見当たらなくて、私は間抜けな声を漏らした。


「な…」
「あははっ、冗談だよばーか。」
「不動…、冗談に聞こえな…っ」
「顔真っ赤。…もし冗談じゃなかったらどうする?」
「へ?」
「はい嘘ー。」
「もー!」


私をいじって楽しむ不動は、今、何を考えて私にこんなことをしたのだろう。考えても、考えても、やっぱり不動のことは分からなかった。ついこの間まで、男女の友情はどうこう語っていたはずなのに、この様だ。
冗談じゃなかったらどうする?と問いかけた不動に、嬉しいと答えそうになった私はどうかしている。そんなこと、不動には死んでも言えるものか。




それからは、また黙って本を読んで時間は刻一刻と過ぎていった。私が二冊目を読み終えたところで、下校時間のチャイムがなる。
窓の外は、西日で照らされていた。赤く染まる夕闇に見惚れるように窓の外を眺めていれば、不動もまた窓の方へ近付いてくる。


「夕日燃えてんな」
「ね、綺麗」

「帰ろうぜ」


差し出されたその手を、握るのを躊躇ってしまう。此の手を握ってしまえば、友達のラインから踏み出せないままになってしまうような気がした。


「不動さ」
「なんだよ」
「そうゆうの、好きな子にしかしないほうがいいよ」


はぁ?と不動はイライラしたように聞き返した。自信なくつぶやいた私の言葉に、不動は随分ご立腹のようだ。何が悲しくて、不動の善意を跳ね除けるのか。


「今日のお前、なんか変」


そう言って、不動は踵を返した。自分の荷物だけ持って、図書室の扉まで先に行ってしまう。自分でも、変な事を言っている自覚はあった。それを、ハッキリと切り捨てられるのは、なかなか傷つくものなんだと知る。佐久間も、こんな気持ちだったのだろうか。俯きがちでいると、おいと不動が声をかけた。扉の向こうで、早くしろよと私を急かす不動。怒りを孕んだ声のわりには、私を待ってくれている。

そんな不動に、なんだかんだで私の事を受け入れてくれるんじゃないかと、安直な事を考える。想像するだけならば誰も傷つかない。私は間の伸びた返事をして、帰る支度をした。







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