夢を見た。

高尾がこちらを見ている。ぱくぱくと何か喋ってるけど声は聞こえない。
だけどその口の動きは見たことがあった。
これは、あの場所で高尾と交わしていた会話だ。

そう気付いた途端に自分を取り巻く世界が急速に形成されていく。
ここは学校で、私は誰もいない教室の扉に手をかけていてその向かい側に高尾が立っている。
だけど不思議なことに周囲の音は何も聞こえない。
人気がない場所といっても昼休みの学校のはずなのに、人の声も自然の音も何も。
おかしいなと辺りを見渡そうとしたところで突然、周りの環境音がざわざわと耳に入ってきた。
急に音が聞こえ出したことに驚いて、ふいに高尾の方を向くと
高尾はこちらを見据えて、あの言葉を発しようとしているところだった。

それに気付いた私は反射的に「高尾、」と声を上げて制止した。
けれど高尾は私の声が聞こえていないようで、
あの時と同じように私の耳元に口を寄せて、そして声を発した。


「やっぱ、惚れてんだろアイツに」


そう呟いた後、高尾が遠くに視線を送る。私もその方向を見る。
そこには私たちを置いて先に歩き出している、一人の男子がいた。

見慣れたその後ろ姿の周りにはキラキラしたものが揺れ動いている。
その光を見つめていると、徐々にその輝きが増していって、
少しずつ彼の後ろ姿が光に飲まれていくのがわかった。
そして、こちらとは住む世界が違うのだとばかりにしゅるんと消えていなくなってしまった。

横にいる高尾を見ると、さっきとは違いどこか困ったような顔をしていた。
微かに首をかしげると、高尾は私のことを見つめながら小さく笑った。


「なあ、いつまでその気持ちにフタしとくつもり?」


あの時に存在しなかった言葉を高尾が発する。それと同時に世界がぐらぐらと揺れはじめた。
周りがぼろぼろと剥がれ落ちてゆき、高尾と見つめ合っているその間にも周囲は崩れていく。

私は何か言おうと思って、口を開いた。
けれどその瞬間、この空間は暗闇へと落ちていった。


目が覚めて、そのままぼんやりと天井を見上げる。いつもと変わらない自分の部屋の天井だ。
少し視線を動かすと、カーテンの向こう側から明るい光が漏れ出ているのが見えた。
枕元の携帯を手繰り寄せて見ると、目覚ましが鳴る少し前の時刻が画面に写っていた。

私はゆっくりと上体を起こして、その流れのまま前にぼふんと倒れこんだ。
しばらくその状態でいたけど息が苦しくなってきたので、少し膝を立てて空気の通り道を作った。
目線だけは布団から逸らして、その先にただある、部屋の隅っこをぼんやりと見つめた。


いつからか私は、自分の中にそれは存在しないのだと、
まるで何かの学説のように思うようになっていた。

彼への想いはいつも一番目立つところでキラキラと輝いていたけれど、
緑間本人へのそういった気持ちはないのだと早々に自己完結して、蓋をして、
そして心のどこかに投げてずっとそのままで来た。

彼との境界が少しずつ揺らぎ始めた頃には、
その周囲には自分でもよく分からないモヤのようなものが取り巻くようになっていて、
その蓋がカタカタと動いても、そこから少しずつ溢れていても、
周りのモヤがざわつくだけでその中に何があるのか、自分でも分からなくなっていた。

けれど今、そのモヤは消え去っていて、不思議なまでに視界はクリアになっている。
ずっと自分で見えなくしていたその場所の前で、私はぽつんと立ち尽くしていた。


「………、好き?」


今まで蓋をしていたその場所を覗き込むように、ぽつりと呟いた。
一拍置いてその言葉が体に染み込んだ瞬間、身体の奥底からぶわっと何かが滲み出てくる。
それを追いかけるように今までの思い出が頭の中をくるくると巡っていく。

そしてそのふたつが再び自分の身体に沈み込んだ頃、
それまでぐるぐると駆け巡っていた思考がぴたりと止まった。
ずっと自分で道を塞いでいた、終着の駅にようやく辿り着いたような気がした。

好き、なのか、私は。緑間のことが。
いつから?…ずっと?…そっか、ずっとかな。

蓋を開けてみれば、無いものとして扱ってきたはずのものが不思議なことに
心の中の核として当たり前のように根付いている。


惹かれたきっかけは、確かに才能だった。
でもきっと私は最初から緑間真太郎という人間に惹かれていた。
誰と比べるでもなく、ただ己の為に一人で黙々と練習するその姿とその意思に。

そう、彼は緑間で、緑間は彼だ。
今思えば、集中して張りつめた空気を漂わせている緑間のことを
彼として捉えていたのかもしれない。

緑間のことを考えると胸の奥が温かくなって、とくとくと穏やかな心臓の鼓動を感じる。
今までの思い出と、閉じ込めていた気持ちがくるくると螺旋のように混ざりあってく。


ああ、好きだな。
自然とそんな言葉が湧いてきて、笑みがこぼれた。

ふとさっきまでの場所を見ると、緑間を閉じ込めていた場所は空っぽになっていて、
今まで彼が居たところには、最初からずっとそこにいたような顔をして緑間が納まっていた。
その周りには、彼が居た名残りのようにキラキラしたものが舞っていた。


「……うん」


私はすっきりした表情で体を伸ばし、少し前から鳴っていた目覚ましを止めた。
そしてベッドから下りていつものように学校へ行く準備を始めた。


* * *


「おっはよー高尾」

「はよー、なんかオレに用事?」


「うん、あのね高尾の言うとおりだった。私、ずっと好きだったみたい」

「あ、何が?………え、まさか真ちゃんのこと?」

「そう」


「……は!?今更!?」

「なんか今朝、すとんと腑に落ちて」

「え!?マジ!?つか自覚するの遅すぎるだろ!
…え、なに、んじゃついに告るわけ?」

「…え?」

「えって、なんでお前が驚いてるんだよ」

「いや、そういうの考えてなかったから…」


「お前ってほんと根っからのストーカー体質なのな」

「………………。
まぁ今したとしても良い返事は返ってこないだろうし、いいよ今はそういうの」

「でも、そんなこと言ってたら友達止まりかもじゃねえの」

「…それは、まあ。そうなったらそれはそれで」

「お前なあー…。ま、進展したいって思った時にはオレに言ってくれれば?
歴戦のキューピット様の腕、見せてやるし?」


「…あーあ」

「なんだよ」

「最初から高尾の言ったとおりだったなって」

「だろ?」


ちょっとだけ、最初から高尾の言葉に耳を傾けていればよかったかなって思ったけど、
でもやっぱり、私はこの道のりで良かったんじゃないかと思う。

こんな過程だったから、友達だと言われた時は本当にうれしかった。
拒否はされていないと思ってたけど、ずっと私の一人相撲だと思っていたから。
だけど今になってわかるのは、あの時一緒に湧いて出てきた感情は
友達という言葉に触発されてぽろっと出てきてしまった恋愛感情だということ。
そしてそれを高尾にはバッチリ気付かれていたということだ。


「つーかオレは最初から分かってたから!真ちゃんに惚れてるって」

「…ええー」

「つっても、当分はこのままだろうな。
アイツは恋愛事にチョー鈍いし、お前はお前で好きの方法おかしいし」

「そうかなぁ」

「まあ、何かあったら高尾サマまでご相談くださいってな」


そう言うと、高尾は自分の教室へと向かって行った。
少しの間、その後ろ姿を見つめてから私も自分の教室へと戻った。

* * *


今日もいつものように体育館に向かおうと夜の校舎を歩いていると、
廊下の少し先で、煌々とした光と共に職員室から緑間が出てくるのが見えた。
緑間がこんな時間にここにいるのはちょっと珍しい。


「みどりまー、珍しいね」

「…お前か。監督と話をしていたところだ」

「そうなんだ。練習はこれから?」

「そうだ、高尾は先にやっているようだが」


「じゃあ一緒に行こうかな」

「ああ」


早足で私が隣に行くと、緑間はごく普通にこちらに歩幅を合わせて歩き始めた。
ああこういうところだな、と思いながら
本来なら合うはずのない互いの足並みを見つめ、そして私は緑間を見上げた。

とても高い位置にあるその顔は相変わらずの無表情で、
そして真っ直ぐに己が進む先だけを見据えている。
その変わらない表情を見ながら、私はこれからもこの人の後ろで
この人の隣でこうしていたいな、と思った。

じっと見つめていると、私の視線に気が付いた緑間が小さく咳ばらいをした。


「…練習はこれからだろう」

「あはは、そうだね、ごめん」


私がそう返すと、緑間の歩幅がやや大きく速くなった。
どうやら自分の言った言葉がちょっと恥ずかしかったみたいだ。
慌てて歩幅を合わせながらも、なんだか笑みがこぼれてしまう。

私、この気持ちに気付けてよかった。
あの日、緑間に会えてよかった。ノート、忘れてよかった。

友達止まりだっていい、そうじゃない方向性があればそれに越したことはないけど、
でも今はこのままでいい。だって先はまだまだ長い。

真っ暗闇の空っぽの校内、誰もいない静まり返った廊下。
今日も私は足取り軽やかに体育館に向かうのだ。
きっと、これからもずっと。

fin.


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