その日、図書室に行くと司書の先生が私を見つけるなりほっとしたような顔で近付いてきた。
「最近来ないから心配してたの、でも学校には来てるみたいだからどうしたのかなって。
何かあったの?…そう、何でもないのね。それならいいの」と安心したように微笑んだ。

司書さんは、私が久しぶりに図書室に来たことをとても喜んでいる。
『お前の習慣はとっくにこっちの習慣になってんだよ』
高尾の言葉を思い出して、ぎゅっと胸が切なくなった。ああそうか、こういうことなんだ。
私の何気ない習慣が、いつの間にか誰かの意識に組み込まれていたんだ。
緑間の練習が高尾に組み込まれて、そして私が組み込まれていったように。

ポケットの中で振動がしたので確認すると、高尾からのメールが来ていた。
『連絡するの忘れてたわ!今日、真ちゃん居残りするからな!!!!!!』
さっき聞いたよ、と思いながらも、いろんな感情が次々湧き上がってきて涙腺が緩んでしまう。

いつからだろう。自分なんて、と考えるようになったのは。
あまりにも人間離れした技術に圧倒されて、自分の格はとても下なのだと
価値がない存在なのだと無意識の内にそう思うようになっていたのかもしれない。
最初から壁なんて無かった。壁を作っていたのは、私だった。


本棚と本棚の間をすり抜けて、馴染みの場所へと辿り着く。
ここに来るのはいつ振りだろう。そんなに経っていないはずだけど、なんだか懐かしく感じる。
じっと見つめていると、今までここで過ごしていた自分の姿がぼんやりと見えたような気がした。
きっと私はこれからもこの場所でたくさんの時間を過ごしていくんだろう。
手元で握りしめていた携帯に視線を落とし、しばらくぼうっと佇んで、
パッと顔を上げてこの空間をゆっくりと見渡しながら小さく微笑む。

さて、今日はここで何をしようかな。

* * *

夜、体育館に顔を出すと、その場にいた人たちが私の姿を見てほっとしたような表情をした。
高尾の表現はいつだって大げさだからきっと誇張して伝えてるんだろうと思っていたけど、
急に姿を見せなくなったから先輩達も気にしている、というのは本当のことだったようだ。
そう思うと、途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

体を小さくしながら、体育館の壁に沿っていつもの場所に移動すると、
壁側にはちょこちょこと物が置いてあるのにこの場所だけは不自然なまで空間があった。
なんでだろうと思ったけれど、すぐその理由に気が付いた。

彼らは空けててくれてたんだ、私の場所を。私が来なくなってもずっと。
微かに体が震える。視界がじんわりと滲んでしまう。私、こんなに涙腺弱かったかな。

少しだけ潤んでしまった瞳を乾かすように大きく大きく目を開いて、天井を見上げた。


いつからか、ここに来るのが当たり前になってた。
けどそれが揺らいで、どうしようもなくなって、でもそんな私を高尾と緑間が迎えに来てくれた。
この場にいてもいいのだと、そう言って迎えに来てくれた。
だけど実際この場に来るまでは少しだけ不安だった。
でも彼らの表情を見て、この場所を見て、私はここに居てもいいんだと、素直に思えた。


天井から視線を下ろして、地べたのまま周囲をゆっくりと見渡す。
個々に練習をこなしている、高尾と緑間と数人の先輩たち。
その中でやっぱり緑間だけがキラキラと輝いて見える。

今日も緑間のシュートは変わらず美しくて、圧倒的で、ずるいくらいに格好良い。
なんでこんなに格好良いんだろう。なんで、こんなに惹かれてしまうんだろう。
姿勢が崩れているのにも気付かないほど、ずっとずっとその姿を見つめていた。


* * *

その夜、登録されてから一度もやりとりのなかったアドレスからメールが来た。

『明日も練習するつもりだ。明日は冷え込みが厳しいから防寒対策を忘れるな。』

淡々とした文面なのに、緑間の感情がまっすぐに伝わってくる。
なんでだろう、すごく、すごく嬉しい。
緑間からこんなメールが来たことも、この文章に隠された緑間の考えが分かってしまうことも。

風邪を引いた時は学校の先生みたいに事務的で平面的な文章だと思ったのにな。
そう思いながら履歴を遡って、あの時のメールを掘り返した。

『大丈夫か、暖かくするように。』
一度は見たはずなのに、緑間の感情がまっすぐに飛び込んできて、一瞬、息が詰まった。
心配、してたんだ。そうだよね、次の日も暖かくして来いってわざわざ言いに来たんだもんね。
今になって思えば、緑間の言動は最初から一貫していたような気がする。
懐いてきた雛鳥のことを、私のことを、なんだかんだでずっと気にかけていた。

緑間の事を考えるとふつふつと湧き上がる、この感情を何と例えればいいんだろう。
しばらく視線を彷徨わせた後、その時に来ていた高尾のメールもぼんやりと見返していると、
その中のひとつの言葉に目が離せなくなった。

『お前がいないと寂しい』

既にあの時、高尾は私にそう送ってくれていたんだ。
緑間と高尾はとっくに私のことを大切な仲間だと認識してくれていた。
なのに私は自分で勝手に壁を作って、彼らの呼び掛けから勝手に遠ざかっていた。
ほんと馬鹿だな、私。何で気付けなかったかなあ。

あの時は普通のメールにしか見えなかったのにな。
何も気付かなかった過去の自分に呆れながら、携帯に額を押し付けて、そしてぎゅっと握りしめた。


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