「…この、タオルだが」

「あ、使ってくれてるんだ」


本日の練習を切り上げたらしい緑間が、険しい顔でモゴモゴと口ごもりながら話しかけてきた。
その手には私があげた例のタオルが握られていた。

プレゼントしておいてなんだけど、普通に使ってくれてると思わなかったのと
まさか緑間の方からタオルの話を振ってくるとは思わなかったので反射的にそう返すと、
緑間に「当たり前だ」とどこか不愉快そうに眉間に皺を寄せられてしまった。
そこまで恩知らずの人間ではないと言いたいのかもしれない。


「これは、なかなか良いタオルなのだよ」

「本当?」

「ああ、よく汗を吸うし肌触りも悪くない。何度か洗濯したがまだへたる気配もない」

「それはよかった!」


「どこで買ったのだよ」

「ん?秘密」

「……」

「うそうそ、ウチの最寄駅のスポーツショップだよ。
新しく入荷したばかりのタオルだったかな」

「…今度行った時に探してみるのだよ」


普段、他人に良い感情を投げかけることの少ない緑間がこうもストレートにぶつけてくるとは。
ちょっと不安だったけど、あげてよかった。

自分のなんとなくの行為をあの緑間が好意的に反応してくれたことが嬉しくて、
「特殊な織り方だとかで肌触りが良くて汗もよく吸うって書いてあってね、
ていうかスポーツショップって初めて行ったけど面白いんだね、
色んなスポーツの道具がいっしょくたになってて、」などと
初めて行ったスポーツショップの出来事を鮮明に思い出しながら興奮気味に話していると、
そんな私にどういう感想を持ったのかはわからないけれど、緑間がふっと小さく笑った。


「あ」

「なんだ」

「緑間が普通に笑ったの、初めて見た」

「…笑ってなどいないのだよ」

「今、フッて」

「笑ってなどいないのだよ」

「いやいや笑ったって」


「もう、暗いから早く帰るのだよ」

「でも今日もう終わりでしょ、家まで送るよ」

「…それは男が言うセリフなのだよ」

「でもあれだよ、襲われたりしたら危ないよ」

「195センチの男を襲う輩がいると思うか」

「ほら、緑間って顔の造りが綺麗だから、なんかこう……うぅっ」

「言ってる自分でも吐き気を催すような気色の悪い想像をするな!」


緑間はため息を吐きながら「10分待て」と言い残し、部室へと消えていった。

緑間が顔を逸らしながら「うるさい」「早く帰れ」などと言う時は、
都合良く会話を終わらせる言葉として使っているだけであって、別に本心ではないらしい。

その台詞を初めて言われたのはほんの少し打ち解けてきた頃で
私はその言葉を素直に受け入れ、踵を返して体育館を出ていこうとした。
すると緑間が「そ、そういう事ではないのだよ!」と慌てだして、
それを見ていた高尾が酸欠になるくらい爆笑していたのを覚えている。

「マジでこんな時間に一人で帰らせようとするわけないから!」との高尾の言葉で
それが緑間なりの軽口なのだと分かった。
いつもと変わらないトーンで言うから分かんないよ、と最初は思っていたけど
しばらく接して、どういう時に言う言葉が緑間なりの軽口なのかが分かるようになった。


近頃、なんとなくだけど緑間とごく普通の関係をじわじわと築けているような気がしてる。
きっと緑間との普通ってこうなんだろうな。意外と最初からこんな感じだった気もするけど。

でもそれは出会いが出会いだったからかもしれない。
ピーピー鳴いてる産まれ立ての雛鳥に懐かれてしまって
どうもキツく接することが出来なかった感じ?とは高尾の弁だ。
しかも相手が女子だったから、とも言ってたっけ。
クラスでも女子への態度はそんなにキツくないみたいだし。
とはいっても"キツい台詞をズバズバ言わない"という程度の緑間比のようだけど。

高尾情報によるとどうやら妹がいるらしいし、その辺もあるのかな。
でも一人っ子なのかなって思ってたから、下に兄妹がいることにちょっと驚いた。
だけどそう言われてみれば、不思議なところで他人への許容量が多いのは
"お兄ちゃん"だからなのかもしれない。

でもやっぱり緑間は初めて会った頃よりもそれなりに心を開いてくれて
私も、緑間という同学年の男子のことをそれなりに理解したんだと思う。


「待たせたか」

「ん、お疲れ」


部室から出てきた緑間と共に玄関に向かう。
もうすぐ試合があるんだぜ!と意気込んでいた高尾は
家の用事とやらで部活を休んで帰ってしまったので、今日は緑間と二人だ。
帰りはいつも高尾が中心となって喋るから、高尾がいないとすごく静かでちょっとさびしい。

高尾とは中学こそ同じだったけど、お互いの家は中学を中心に真逆の方向にある。
ものすごく遠くはないけど近くもない。実際は私と緑間の家の方が近かったりする。
なので最終的な帰り時間は緑間と二人の方が長い。


最初は緑間と二人きりになると無言の重圧を感じる事もあったけど、
今は特に会話が無くてもなにも感じない。きっとお互い色々と慣れたんだと思う。

人間的には変なやつかもしれないけど、悪いやつではないしこの頃は扱い方にも慣れてきた。

たまに思い出したようにぽつりと会話をして、すぐに終わって、また会話もなく歩く。
でもこんな風に言葉少なに歩く帰り道はそんなに嫌いじゃない。


* * *


普段なら高尾と別れるいつもの信号を通り過ぎた頃、珍しく緑間から話題を振ってきた。


「思っていたのだが」

「ん?」


「お前の親は何も言わないのか」

「何を?」

「週に何度もこんな時間に帰宅する事に」

「うん、バスケ部見てるって言ってるし」

「それならいいのだが」


「なんかもうさ、そういう部活みたい」

「何がだ」

「バスケ部を観察する部?部員は一名」

「ああ」


「追い出されると思ってたけど、本当にみんな、先輩も優しいから」

「お前は、本当に飽きないのだな」

「うん、好きだから」

「…そうか。もうどれぐらいか」

「どれぐらいだろう、夏の手前ぐらい?」

「物好きだな」

「そうかな、変わり者度だったら緑間の普段の生活の方がぶっちぎりだと思うけど」

「オレは至って普通なのだよ」


「…その右手に持ってるのは?」

「今日のラッキーアイテム、薬局のゾウ、の手乗りサイズなのだよ」

「……そっか」


いつもの電柱が見えてきた。この道から私たちの進路は右と左に別れる。

けれどいつからか緑間は私の家の方角に曲がって付いてきてくれるようになった。
そして今日も当たり前のように私の家の方角へ曲がろうした緑間を、右手で制した。


「今日は私が緑間するね」

「…意味がわからないのだよ」

「だから、今日は私が緑間を送るよ」


そう言って親指を立てながら緑間を見上げると、
緑間は困惑しているのか微かな唸り声を出しながら私を見下ろした。
まずオレの名前を動詞にするな、と吐き捨てた後、
さっきの話か、と少し困ったような声を出しながら小さくため息を吐いた。


「…だからそれはいいと言ったろう」

「試合が近いんでしょ?少しでも早く家に帰って体を休めた方が」

「お前を送る程度、大した時間にもならないのだよ」

「だって最初は家の近所までだったけど、もう今は普通に家まで送ってくれるし」

「それは、…陽が落ちるのが早くなってきたからなのだよ」

「…この時間帯は季節関係なく暗いと思う」

「……、オレも言っている時にそう思ったのだよ」


「………」

「………」


「じゃあ折衷案で、ここで解散ってことで」

「待て、それはダメなのだよ」

「な、なんで」


「……その、変質者が、お前の家の近くで出たと」

「あー、あの話か。でも結構前の話だよ」

「だが犯人はまだ捕まっていない。用心に越したことはないのだよ」

「犯人て…、それだったら緑間もその筋のマニアとかに狙われるかもしれないしさぁ」

「馬鹿な事を言うな、そもそも夜道では大抵の人間はオレのシルエットでまず逃げる」

「ヤバい、想像したらめっちゃウケる」


「つまりオレがお前を家まで送る理由はいくつか存在するが
オレがお前に送られる理由は一つとして存在しないのだよ」

「なんか釈然としないなあ…」

「いいからさっさと歩くのだよ、オレを早く家に帰したいのだろう」

「え、ちょっ待って早い!歩くの早い!」

「別に早くなどない。これがオレの普段のスピードなのだよ」

「……てことは、いつもは合わせて歩いてくれてたの?」

「…、そんなことはないのだよ」

「あるのだよ!うわ、ありがとう!」

「真似をするな!」


「……あー、そうだよね、ごめんね。ありがと緑間」

「そんなことに礼を言う暇があったら足を動かすのだよ、置いていくぞ」

「だから速い!てかさっきより速い!」


そう言えばいつだったかの登校時、普通の速度で追っかけてたらどんどん離されていったんだっけ。
そんなことを思い出しながら、ジョギングなレベルで歩き出した緑間の後ろを慌てて着いていく。
けれど気付けばいつもの速さ、つまりは私の歩幅に調節した速さで歩いてくれている。

緑間がそうやってくれているのが当たり前すぎて気が付かなかったけど、
いつもさりげなく私に気を遣ってくれてたんだろうな。


途中まで駆け足で来たからか、いつもよりかなり早く家に着いた。

家の扉の前で、緑間が帰るのをじっと待っていると、
「オレはお前が家に入るまでここにいる」と睨みをきかせながら言うので
しばらく睨み合っていると、ふいに緑間が小さいくしゃみをしたので
私は慌ててカバンの中からカイロを取り出し、そのカイロを緑間へスローインしつつ
「じゃあまた明日!」と叫びながら我が家へと滑り込んだ。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -