「っしゅん!」


「あれ。緑間、風邪?」

「もしかしてお前のがうつったんじゃねえの?」

「え、うそ」

「馬鹿な、今更うつるわけがなッ……くしゅんっ!」

「真ちゃんのくしゃみって可愛いのな」

「…黙れ高尾」


「緑間、カイロいる?貼るやつ」

「……」


風邪が流行るような季節はまだまだ先なんだけど、
この間、風邪を引いてから私は念のためにあったかグッズをいくつか持ち歩いてる。
鞄からひとつ取り出して見せると、緑間は私の手の中の赤い物体をじっと見つめた。
何かと葛藤しているのか、赤い鼻を小さくすすりながら眉間に皺をぐっと寄せている。

ここで素直に欲しいと言えないのが良くも悪くも緑間だよな、と思っていると
高尾が緑間の背中をバシンと叩いてケラケラと笑った。


「もらっとけよー真ちゃん、この時期に風邪引くとかシャレなんねえぜ?」

「私もう一個持ってるし、家にもまだ山ほどあるから大丈夫だよ」

「…それならば、貰うのだよ」

「はい、どうぞ」

「…ああ」


やはり寒かったのか、緑間は身を縮こませながらカイロの外袋をカサカサと剥いでいる。
シール部分をぺりぺりと剥がしている姿がなんかリスみたいだなと思いながら見ていると、
横にいた高尾が「体調管理も人事の内だろ?」と緑間に声をかけた。
それを受けて、手をもぞもぞと背中に手を回していた緑間がピタリと動きを止めた。


「…お前に言われるまでもない、
だが今日の蟹座は10位、凡ミスに注意。
その…、冬用の衣類を着てきたつもりだったが夏用の肌着を着てきたのだよ…」

「…あちゃー」

「そら寒いわな…」

「風の通りが尋常でないのだよ…」


「私のマフラー貸そっか?」

「いい、自分のがある」

「オレのマフラー貸そっか?」

「お前の汚いマフラーなんぞいらん」

「だからオレのは買ったばっかだって!!」


コントのような見事な流れに地団駄を踏む高尾を見て笑っていると、
緑間がもう一度小さくくしゃみをした。
これだけくしゃみが続くってなるとホントに風邪引いちゃいそう。大丈夫かな。


「カイロもういっこいる?」

「いや、大丈夫だ」

「遠慮しなくていいのに」

「…別に遠慮はしていないのだよ」

「つーかマジ大丈夫かよ、今の時期にエース様がダウンしたら困んだけど。
……しゃーねーな、オレたちでひとハダ脱ぐか」

「了解」


「なんだ一体何をす…、ッ!?」


高尾が首元のボーダーのマフラーをほどいたのを見て私も自分のマフラーを首から取る。
そして我々の突然の奇行に戸惑っているその人に向かって飛びかかった。
私は緑間の足から腰に自分のマフラーを、高尾は腰から肩にかけて巻きつけていく。

鼻を赤くした緑間が強襲にうろたえている僅かな間に、
その足から肩まで二つのマフラーがぐるぐると巻きつけられた。
特に打ち合わせもしなかったけど、かなりいい感じに出来上がったと思う。


「…いいね」

「ああ…、いいな」

「何ひとつ良くないのだよ」


「なんか柄のせいかラッピングって感じがするな」

「じゃあ、マフラーの端でちょうちょ結びにしようか」

「おい、人の話を聞け!」


手足を縛りつけられてモゴモゴと動く緑間の抵抗も空しく、
私と高尾はマフラーの端と端を合わせて小さなリボンを作り上げた。

「胸元に伝票でもくっ付けたら荷物として送れそうな出来だね、
めちゃくちゃ荷物睨んでるけど」と呟くと、
高尾も「そうだな、荷物すっげー睨んでっけど」と満足そうに呟いた。


「でもナマモノでこのデカさだったらマグロとか?」

「でも真ちゃん縦にもデカいからカジキ?」

「…ミドリマグロ?」

「ブハッ…!」


などと二人で盛り上がっていると目の前のラッピングマグロが小刻みに揺れ始めた。
何事かと思いそらを見上げると、そこには怒りの形相で我々を見下ろしている緑間がいた。


「あー、えーと」

「お前ら…いい加減に…」

「うっし!もうこの話題終わりな!
あ、そういや真ちゃん木村さんのチョー爆笑バナシ聞いたー?」

「………言いたいことは山のようにあるが、まずは終わったのならコレをほどけ」

「それはダメだわ真ちゃんが風邪引かないようにだもん。オレらのマフラー暖かいっしょー?」

「っしょー?」

「……、確かに風は通らなくなったが、歩きにくいのだよ」


そう言いながらモゾモゾと歩く緑間が転ばないように
念のため真隣に付くと、その反対側に高尾も移動した。

マフラー巻きにされている2メートル近い物体と、そのサイドを固める人間。
ちょっと宇宙人を捕獲してる図みたいだな、と心の中で思っていると
高尾が「なんかコレって宇宙人捕まえてるみたいじゃね!?」と楽しそうに言った。

それを聞いた緑間が低い声で「後で覚えていろ…」と吐き捨てたけれど、
高尾は物ともせず「んでさっきの木村さんの爆笑話ってのがさー」と話し始めた。
緑間も先輩の名前が出てきたからか、どこか不服そうな顔をしながらも
おとなしくマフラーに巻かれたまま高尾の話に耳を傾けている。

前から思ってたけど、この高尾の油断ならないコミュニケーションスキル的なものって
完全に素でやってるんだろうか。それともある程度考えながらやってるんだろうか。
昔は素だと思っていたけど、最近はそうじゃないのかなと思うことも多々ある。
それなりに長い付き合いだけど、高尾の根っこのところがモヤモヤして見えない時がある。
でもそれって誰しもある程度そうなのかな。よくわかんないや。

でもやっぱり緑間みたいなちょっとややこしい性質の人には
高尾みたいな性格が合うんだろうな、と、このちょっと面白い光景を見ながら思った。


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