「もう大丈夫なのか」


次の日、学校の廊下をぼんやりと歩いているとふと目の前に大きな影が差した。
と思ったら緑間が私の前に立っていた。
本当に大きいなぁ、こんなに背が高かったら他の人よりもたくさん日光を浴びて
にょきにょき成長するんだろうな。いや、もう十二分に成長し尽した後か。


「うん、なんとか。メールありがとね」

「ああ」


「……」

「……」


「それじゃーまた」

「、今日も来るのか」


「…うん?そのつもりだけど」

「そうか」

「あ、今日ってダメな日?」

「そうではないが、……暖かい恰好で来るのだよ」

「ん?」

「とにかく、暖かい恰好で来るのだよ」

「わ、分かったけど、何かあるの?」


「ぶり返すと、大変なのだよ」

「ぶり…、あ、風邪のこと?」

「そうだ」

「ありがと、暖かくして行くよ」

「ああ」


そう言うと、緑間は険しい表情をしたまま私の前から去って行った。
再び日の光にぽかぽかと照らされ出した私は、ぼんやりとその不思議な後ろ姿を見送った。
なんだったんだろう。私を気遣っているのかと思ったけど、
緑間は終始、眉間に皺を寄せていて、そのちぐはぐさに謎が深まった。
今のは、なんだったんだろう。


放課後、言われたとおりに完全防備で体育館に行った際に
高尾にその話をしてみたところ、高尾が甲高い声で大笑いし始めた。

どうやらあれは緑間なりに精一杯、気を遣った会話だったらしい。
含みがあったわけでなく、他人へ親切なアクションを起こすことがどうも苦手らしい。
確かに緑間がああいう風に気遣ってきたのは初めてだったかもしれない。
言われてみれば、喋り方もどことなくぎこちなかった気がする。

高尾の馬鹿笑いで気付いた緑間が、高尾に目がけて超高速でボールを投げてきた。
それに応えた高尾とドッヂボールになりかけた所で先輩が入ってきて、二人してこってり絞られていた。
話題を提供した側の人間として、私も体育館の隅でひっそりと正座をして反省した。


そんなこんなで今日の居残り練習も終わり、いつもの帰り道をいつもの三人で歩く。
完全防備はしていてもやっぱり夜の風は冷たく感じる。
鼻をすすってマフラーに顔を埋めていると、高尾がひょいっと私の顔を覗き込んだ。


「オレのマフラー貸すよ?」

「え…いらないよ?」

「…そういう地味な拒絶って傷つくわ。
あー…、これ汚くねえよ?これ先週買ったばっかでさ」

「そうじゃなくて、中でたくさん着込んでるから大丈夫って意味」

「いいからいいから、風邪ぶり返したら大変だぜ」

「だからいいっ…ぐっ」


高尾は自分の首からしゅるしゅるとマフラーを外し、地味に拒むこっちの事などお構いなしに
私の首、というか顔にかけてマフラーをぐるぐると巻きだした。

目の下までぐるぐるとマフラーを巻かれたミイラな私を、
うっは!マジミイラ!ミイラ系女子!と爆笑しながら写メを撮ろうとする高尾を睨みつけると
狭まった視界の隅で、緑間が自販機の方へトコトコと向かっているのが見えた。

何か買うのかなとそちらの方へ顔を動かすと、
目の前の高尾が「やっべ!顔動いてんのにどこ見てるかわかんねー!」と馬鹿笑いしたので
顔中に巻かれたマフラーをほどきながら、高尾の頭を思いっきりひっぱたいてやった。

いて!と大げさにリアクションする高尾にため息を吐いていると、何かが視界に入ってきた。
驚きながらも焦点を合わせるとそれはおしるこの缶で、それを持っているのが緑間で、
そして、どうやらコレを私に押し付けているらしいことがが分かった。


「間違えて二本買ってしまった、お前にやるのだよ」

「私に?」

「へえーー、ほーーん?」

「黙れ高尾」


「……えーと」

「お前にやると、言っている」

「あ、りがとう。でも何故おしるこ」

「それ、真ちゃんが好きなんだわ」

「確かに、よく飲んでるなとは思ってた」

「あたたかい汁粉は体が温まるからな」


「真ちゃーんオレもー、しるこ以外で」

「勝手に買え」

「和成も寒ーい、コンポタのみたーい」

「自分で買え」

「ちくしょーやっぱ無理か、オレも買ってくるわー」


みんな飲んでるのにオレだけ仲間外れはイヤー、と口を尖らせつつ
財布片手に自販機に向かう高尾を、今度は緑間と見送りながら、私はぽつりと呟いた。


「ありがとね」

「…何がだ」

「色々と」

「フン」


おしるこの缶で手を温めながら隣の人を見上げると、
その人は涼しい顔をして遠くを見ながらおしるこを啜っていた。
そっけない反応の奥に隠れている緑間の意図がなんとなく見えたような気がして、
手元の缶に視線を落としながら小さく口角を上げた。

いろいろなもので不器用に武装しているけど、中身は普通にいい奴なんだろうな。
分かりにくいけど、高尾が言うようにツンデレってやつなのかもしれない。

…ちょっと分かりにくいけど。と思いながら私はプルタブに指をかけた。


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