風邪を引いた。
いつもの目覚ましが聞こえない、頭も働かない、身体もあんま動かない。
ぼんやりと確実な変化に気付いて、そう確信した。

気付けば母親が部屋にやってきて、私のおでこを触っていた。
渡された体温計を受け取る。母親の後ろに見える時計が8時丁度を知らせていた。
普段ならもう学校の近くを歩いている時間だ。

学校に連絡している母親の声を遠くに聞きながら、布団に潜り込んだ。
そうか、私は風邪を引いたんだ。昨日はちょっと寒かったからかな。

夕方まで出かけなければいけない用事がある、と
溶かした粉ポカリを持ってきた母親が心配そうな顔でこちらを見ながら言う。
渡されたポカリをぐびぐび飲みながらこくこくと頷いて、母親を送り出した。


その後の記憶は定かではないけれど、
次に目覚めた時、タイミングよくお腹がぐるるると鳴った。

時計を見るともうお昼過ぎだった。お昼休みも終わって、午後の授業が始まったところだ。
あ、そういえば今日は購買で月一限定プリンが出る日だったっけ。はー、食べたかったな。

床に放り投げていた携帯の受信ランプが点灯していたのに気付いて手に取ると、
メールマガジンとクラスメイトからのメールを何通か受信していた
その中の一通には、限定プリンが机の上にちょこんと置かれている画像が添付されていた。

買えたんだー!いいなあ!と思いながら
いつの間にか枕元に置いてあった少し冷えたおかゆを食べながら適当に返事を返した。
あ、授業中に送っちゃったけど、鳴らないよね?大丈夫だよねオフにしてるよね、きっと。

少しだけ不安になりながら、先ほど脇に挟んでいた体温計を確認する。
ちょっと下がったかな。元々そんなに熱が出てたわけじゃないけど。
横に置いてあった風邪薬をポカリで流し込んで、もぞもぞと布団に潜り込んだ。


次に目が覚めた時は、周りは真っ暗だった。
水滴の付いたスポーツドリンクが枕元に置いてあるのを見て、親が帰宅しているのを知った。

寝ている間にかなり汗をかいたようで、身体がスースーする。
暗い部屋の中でスポーツドリンクを飲んでいると、枕元で携帯が光っている事に気が付いた。
拾い上げて確認すると、何通ものメールが届いていた。
その中で一番多い送信者の名前を見て、私は「あ」と小さく声を上げた。


『From 高尾

 Sub  今日居残りするってさー』


『From 高尾

 Sub  どったの?』


『From 高尾

 Sub お前のクラスの奴に聞いたわ

    風邪ってマジ?大丈夫?』


最初のメールは一日の授業が終わりそうな頃に、
次のメールはいつもの居残り練が始まってしばらく経ったであろう頃、
そして最後のメールが来たのは居残りも半ば、今から10分前のことだった。

ああ忘れてた、…って私のクラスの人に聞いた?もしかして同じクラスのバスケ部の男子に?
でもあの男子が今の時間まで残ってるの見たことない。もしかしてメールして聞いたのかな。
なんだか申し訳ないことをしたな、今日は一言メールを送っておけばよかったな。

ん?でも、なんて?
ふと浮かんだ言葉があまりにも尤もすぎて、そのまま動作が止まる。

『学校休んじゃったから、今日は見に行けないかも』とかそういう?
なんか変だな、私が彼らにそんなメールを送るのは。

居残り練をする日やしない日は高尾がメールで教えてくれるのはすごくありがたいし、
最初の頃は行ってもいないことが何度もあったから、その気遣いや優しさは本当に有り難い。

でもそこで何をするでもなく、邪魔しに行って見させてもらってるだけの私が
今日は行けないと連絡するのはおかしい気がする。それは誰への気遣いでも優しさでもない。
こんな報告を受けても、高尾達は「り、了解…?」とかの不思議な反応しか出来ないと思う。

あの場における私ってなんなんだ?彼らと私における正しい立場が、距離感が分からない。
高尾なんかとは普段は友達だけれど、あの場に於いては私はただの部外者であって
ただの熱狂的なファンであって、異質で邪魔な存在だ。
こういう時はどういうアクションを起こすべきだったんだろう。
それとも起こさなくてよかったのか。わからない、全然わかんない。

まだ完全ではない頭の中でぐるぐるといろいろと考えていたら、
わけが分からなくって頭が痛くなってきた。
ずっと寝ていた今日の自分にはちょっと難しすぎる。頭がくらくらする。

とりあえず目の前のメールを返そうと、
いつの間にか暗くなっていた携帯に再び明かりを点らせて、高尾への返事をする。


『To 高尾

 Sub 風邪引いたっぽい

   寝たらだいぶ良くなったよ』


『From 高尾

 Sub 大丈夫?明日は来れそう?

   お前がいないとなんか寂しいわ
   だけど休みって知らなかったから
   真ちゃんすっげーソワソワしてたのがまじウケる!Ψ(`∀´)Ψ』


「んん…?」


あの緑間がソワソワしてるところなんて全くもって想像できない。
どういうことだろう、と考え始めたけれど答えはすぐに出てきた。
これはアレだ、キューピッド高尾がもっとも得意としている心理戦だ。

高尾が誰かと誰かをくっつけようとする時って
互いを意識させるために、限りなく嘘に近い誇張表現をしてゆっさゆっさと揺さぶることが多い。
確かにそれが一番やりやすくて分かりやすいんだろうけど、
それを何年も見てきた私にそれが通用すると思ったのか。甘いよ高尾。

というか仮にそういう意味で言っているわけじゃないにしても、そうか。ぐらいにしか思わない。
そして緑間もそういう感情や感覚には相当疎いらしく、
からかわれたり揺さぶられても常に疑問符が頭に浮いているようだし、
高尾が必死に打てども打てども、私たちは頑張る高尾をぼうっと見ているだけだ。
当事者が言うのもなんだけど、高尾は早いところ区切りをつけて
新たな男女をキューピッドしに行った方がいいと思う。

それにしても寂しい、ってクラスも違うし学校生活では関わる事なんてほとんどないのに。
逆に私が居ない方が自由快適に練習出来て万々歳だと思うけど。
ていうか邪魔しに行ってるって自覚してるなら、行くなよって感じだけど。
それでも行っちゃうんだから、私ってどうしようもないな。

携帯を握りしめながら、鬱々とぼんやり考えていると徐々に瞼が下りてきた。
己の欲ばっかな自分に嫌悪しながら、ゆっくりと意識を手放した。


ふと、手元がチカチカと光っているのに気が付いた。
携帯の時刻を見るに、どうやら私はあれから数十分程うとうとしていたらしい。


『From 高尾
 Sub 今日の居残り錬終了〜

    真ちゃんが、昨日は冷えてたからなって言ってた
    今日はゆっくり休めよなー!お大事に!』


ほんの数分前に受信していたメールを目でなぞる。
本当に高尾はこういう気遣いが出来る、良い奴だ。

ありがとう、高尾も暖かくして帰りなよ。
反射的に頭に浮かんだ文を打ち返そうと携帯に指を近付けた瞬間、またメールが来た。
追撃メールか?と思って送り主を見たら知らないアドレスだった。
誰かアド変したのかなとメールを開くと、全く想像していなかった文面が目に飛び込んだ。


『From ○○○@〜

 Sub 緑間だ

   高尾からアドレスを聞いたのだよ。
   大丈夫か、暖かくするように。』


緑間って、あの緑間?
まさか緑間からメールが届くとは思わなかった。
話すイメージ通りの内容というか、何と言うか学校の先生みたいな文章だ。

緑間らしいと言えば緑間らしいけど、どことなく距離感が掴めないんだろうなとも思った。
そういう私も緑間に対する距離感がよく掴めないので当たり障りのない返事を返しておいた。


役目の終わった携帯をベッドサイドに放り投げて、仰向けになる。
学校、行きたいな。天井を見つめながらぼんやりと思う。

とりあえずご飯食べよう。そんで薬飲んで、二人が言うように暖かくして、たくさん寝よう。
そしたらきっと明日は学校に行ける。友達や二人に会える。
単調な言葉たちがふつふつと浮かんで思考へと繋がり、感情へと移行する。

よし、とりあえずはご飯だ。
私は起き上がって、先ほどからくーくーと鳴りっ放しのお腹を押さえながら台所へと向かった。


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