あー、寝坊した。
と言っても遅刻レベルまで寝過ごしたわけじゃないからそこまで焦ることもないんだけど、
どことなくぼんやりしながら、まばらな秀徳生の群れの中で両脚を交互に動かす。

周りにいるのがいつも大雑把に一緒に登校している人達じゃないというだけで、
いつもの風景とは見え方がどことなく違うような気がする。

斜め前に歩いてるの、隣のクラスの子っぽいなあ。
そんなことを思いながらそのまま視線を遠くへ送ると、
少し先の群れの中にひとつもふたつも飛び抜けた頭が見えた。
あの人めちゃくちゃ大っきいな。って、あれ緑間じゃない?

この道で?と一瞬不思議に思ったけど、よくよく考えたら
帰り道がある程度同じになるってことは、登校する道もある程度重なるってことか。
ポケットに入れてた携帯をちらっと見て今の時刻を確認する。
緑間ってすごく早く学校に着いてそうな感じするけど、
おは朝の占いを見てから出てくるって言ってたし、必然的にこの時間帯になるんだろうな。

朝に緑間を見たのは初めてだな、声かけようかなと思いながら
目線を保ったまま歩いていると何故だか緑間が遠くなってゆく。
どうしたんだろう?早歩きでもしてるのかと思ったけど、急いで歩いてるようには見えない。

あ、分かった。足の長さが違うのか。
私が普通に歩くのと緑間が普通に歩くのでは進む距離が全然違うんだ。
なんて心の中で手を打っている間にも、緑間の頭は少しずつ小さくなっていく。
ほんと早いな!と思いながら、消えゆくその後ろ頭にめがけて歩くスピードを少し上げていった。


結局追いつけたのは校門を潜り抜けた後で、もはや声をかける気力もなかったので
目と鼻の先にいる緑間の学ランの腰の辺りをがしっと捉えた。
私のちょっとした早歩きなんかじゃ緑間との距離は到底縮まらなくて、
最後の方はもう競歩並のスピードになりながら、ようやくここまで追いつけた。

そして私のこのアクションでその人はぴたりと立ち止まった。
こちらを見下ろし肩で大きく息をしている私を確認して、やや怪訝そうな顔をした。


「…どうしたのだよ」

「はぁ……、後ろ姿…見かけたから…、声かけようと思って…、おはよ…」

「ああ」


「朝から体力使った…、って手に持ってるの何?サボテン?」

「そうだ、今日の蟹座のラッキーアイテムなのだよ」

「………、もしかして、それっておは朝占い関係?」

「もちろんなのだよ」

「ああ!やっとつながった!いつも持ってるのってその日のラッキーアイテム!?」

「それ以外に何があると言うのだ」

「東京タワーとかサメのぬいぐるみとかも?」

「ああ、それがラッキーアイテムの時もあったな」


そういうことか!今まで微妙に謎に包まれていた緑間の一部分がスッと晴れていった。
あれって何かしらの道具なのかと思ってたけど、単純にその日のラッキーアイテムだったんだ。
高尾がラッキーアイテムって名目で緑間釣り出来たのもそういうわけだったのか。


「今日は蟹座、何位だったの?」

「…一位なのだよ」

「すごいじゃん!でも一位なのにサボテンいるの?」

「当たり前なのだよ、一位だからといって気を抜くことはない」


緑間らしいなぁ、と小さく笑いながら玄関に足を踏み入れた。
一位でこの様子だったら、十二位の時はどうなるんだろう。
でもなんとなく予想が付くかもしれないなと思いつつ、手を上げて緑間に別れを告げた。


「それじゃ、私は下駄箱あっちだから。またね」

「ああ」


それにしても、朝から緑間に遭遇するとは思ってなかったな。
今日ぐらいの分数を寝過ごしたらあの道で緑間を見れるのか。
下駄箱から内履きを取り出しながらぼんやりと頭を働かせる。
ていうかあれってラッキーアイテムだったんだ。
内履きのつま先を床にとんとん叩きつけながら「なるほどねぇ」と小さく呟いた。

教室に向かおうと通路に出ると、少し先のところに緑間が立っているのが見えた。
ここで高尾でも待つのかな?と思っていると、緑間がこちらに視線を送ってきた。
高尾が来たのかな、と後ろを振り返ったけれどそれらしき男子生徒はいなくて
ん?と思いながら前を向くと、相変わらず緑間はこちらの方をじっと見つめていて。

えっもしかして私?な、なんだ?
緑間から原因不明の注目を浴びてやや挙動不審になりながらも
その前を通り過ぎようと、したところで緑間が動き出した。
何故か緑間は私の隣に並んで歩いている。なんで私の真横にいるんだろう。
大量のはてなマークを放出していると「どうした」と緑間が呟いた。
その不思議そうな表情で私はようやく事態を察した。ああ、私の事を待ってたのか。

なんでもない、そう零しながら自分の足元へと視線を落とした。
そっか、待っててくれたんだ。
あまり快く思われていないと感じていたから、わざわざ待っててくれた事にちょっと驚いた。
生真面目だから、追いかけてきた相手への礼儀として待っててくれてたのかもしれない。

一緒に階段を上がる。ちらっと横を見たけどやっぱり顔までは見えなくて、
そのまま見上げながら階段をのぼっていたら、バランスを崩しかけてすっ転びそうになって
何をしているんだお前は的な目で見られてしまった。今のは笑って流してほしかった。


「ではな」

「あ、うん。またね」


階段を上り切ったところで緑間はそう言ってスタスタと自分の教室へと向かって行った。
緑間、と高尾のクラスってあそこなんだ。ほんっと私のクラスからは遠いなあ。
普段の学校生活で全くといって見かけないのも納得の距離だ。
あ、てか私の出席番号的に今日なんかの授業で当てられるんじゃない?やだなー。

教室の入り口にいた知らない女子に「あ、緑間くんおはよ」と声をかけられ
「ああ」と返しているその背中の横を通り過ぎながら、軽くため息を吐いた。


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