今日も図書室はテスト勉強をする生徒で賑わっている。

せっかくだから今日は机で勉強しようと思ってやってきたんだけど
もう席が埋まっていたので仕方なくいつもの場所に移動することにした。
放課後になってからすぐ来るぐらいの勢いじゃないとテスト前はダメなのかもしれない。
今日は教室で友達と話し込んじゃったのが敗因だと思われる。
明日からは素直に家に帰って勉強しよう…。

教科書をパラパラと捲りながら窓の縁に体重をかけていると、ふと窓の外が視界に入った。
今日も同じようにわらわらと帰宅していく生徒たちをぼんやり見下ろした。

今日はまだ帰ってないのか、それとももうとっくに帰ったのか。
後者かな、と思いながら髪をかき上げて化学の教科書に目を落とす。
この辺りは大丈夫かな。あっそうだ、あの問題意味不明だったんだよね。どのページだっけ、


「…いつもこんな所でこうしているのか?」

「ん?」


突然聞こえた人の声に反応して顔を上げると、先ほどまでなんとなく探していたその人がいた。
その人は何かの本を手に持ちながら、少し驚いた表情で私を見つめていた。


「…緑間、どしたのこんな所で」

「それはこっちのセリフなのだよ」

「あはは、確かに。ていうか今日はもう帰ったのかと思ってた」

「帰るつもりだったが本の返却日が迫っていたからな」

「あー、そうなんだ」


「…先ほどの質問だが、いつもこんな場所でこうしているのか」

「うん?そうだよ」

「……とりあえず、危ないから窓の縁に乗るのは止めるのだよ」

「あいあい」


窓の縁からひょいと下りて、じゃあ床に座ろうかなと地面を見下ろしていると
ふと目の前の人間が微動だにしていないことに気が付いたので、何気なしに顔を上げると
何かを考えているのか、緑間はほんの少しだけ目を細めながら私のことをじっと見下ろしていた。



「…どしたの」

「部活の間は何処で何をしているのかと、思っていたからな」

「ああ、ここでいつも本読んだりぼんやりしてるよ。
あと司書の先生とお話したりしてる」

「そうか」

「うん」

「しかし、勉強なら机でやる方がいいだろう」

「私もそう思うんだけど、あっち空いてなかったからここでしようかなって」

「そうか」


相変わらずだけど緑間との会話は淡々と終わるな、と思いながら床に腰を下ろした。
散乱していた教科書を手元に集めながら緑間の方を見上げると
なんというか予想通りに無表情で突っ立っていたので、その手元を指差した。


「緑間はそれ返したら帰るの?」

「……いや、お前は?」

「ちょっとここで勉強していこうかなって感じ」

「…そうか」


緑間はそうぽつりと呟いて、立っていたその場に腰を下ろそうとした。
その瞬間、彼はハッと周りを見渡して何かに驚いたような表情をしたかと思うと
何やら納得したようなため息を吐きながらゆっくりと床に座った。


「そこで読むの?というかテスト勉強は?」

「オレは全てにおいて人事を尽くしている。もちろん勉学においてもだ」

「あぁなるほど、緑間くんは成績がよろしいのですね…」


「……図書室の清掃はオレのクラスが担当になっているのだよ」

「? そうなんだ、ウチは音楽室だよ」

「そして今日の掃除でこの区画を任されたのはオレだった、のだが
今朝のおは朝占いでオレの蟹座は6位、『掃除は念入りが吉』と出ていた。
…しかしまさかこういう事とはな、本当に恐ろしい占いなのだよ」


手元の本に視線を落としたまま、参ったとでもいうような大きなため息を吐いている。
先ほどの瞬間に、緑間的には神の采配とでも言うべき出来事が起こっていたらしい。
なんて、緑間の反応からなんか仰々しい言い方になってしまったけど
簡単に言えば今朝のテレビの占いが当たったということらしい。へえ、緑間って蟹座なんだ。


「そう言えば、おは朝占いって前も何か言ってたけど」

「ああ、オレの一日はおは朝占いで決まると言っても過言ではないのだよ」

「占い好きなんだね」

「好きとかそういう次元の話ではない。…恐ろしいほどに当たるのだよ」

「そういや友達もおは朝の占いはなんか当たるって言うなあ。
私はもう学校に向かってる時間帯だから見れないけど…」

「おは朝占いを見ずによく日常生活が送れるな」

「そこまでなのかおは朝…、そんなに当たるの?」

「当たらない日はない」

「それは…何と言うか、すごい偶然だね」

「…偶然ではなく、そういう運命なのだよ」

「ほ、ほお」


緑間は手元の本に視線を落とし真剣そうな顔で、ふうとため息を漏らしている。
依然としてよく分からないけれど、緑間がそこまで力強く信じているのなら
きっと、恐らくはそういうことなのだろう。たぶん。

でも運命かぁ。私があのシュートに惹かれたのも運命だったのかな。
普通に学校生活を送っていたらめぐり合っていなかったであろう私たちが
今ここでこうして会話していることも、私と緑間の運命に描かれているのか。

ちらりと緑間を見やると、片手で本を持ちながらその中に連なる文字を集中して読んでいた。
あれだけ手が大きいとあのサイズの本も片手で持てるのか…。
しばし自分の手を見つめた後、私も同じように手元の教科書に意識を移した。


* * *


「…分からないところがあるなら、聞いてやらんこともないのだよ」


眼鏡のつるを押さえながら緑間が小さく呟いた。
え?と首をかしげると、「その唸り声が気に障るのだよ」と眉を顰められてしまった。
どうやら無意識の内にうんうんと唸っていたらしい。そりゃ読書の邪魔だ。


「あーごめん、化学なんだけどわかる?」

「見せてみろ」

「ここなんだけど」

「ここは、習った公式で考えればすぐに答えが出るはずだが」

「どれがどの公式で法則なんだかわかんなくて、今回覚える公式と法則多すぎる…」

「…ハァ」

「スミマセンやっぱいいです、自力で頑張ります」

「貸せ」


教科書を引っ張って回収しようとしたら、それ以上の力で教科書とついでにペンを奪われた。
破れるがな!と非難の視線を送ろうと顔を上げると、
涼しい顔をした緑間がまっすぐに私を見下ろしていて、「直接書き込むが良いか?」と呟いた。
よくわからず生返事を返すと、緑間は私の教科書にすらすらと文字を走らせていった。

私の教科書の上で動く緑間のペン先をぼーっと見つめていると、
ふいに教科書とペンが返って来た。ん?ていうか何してたんだろう。
返って来た教科書を見てみると、問題ごとにポイントや解き方が書き足されていた。

なんだこれは…!すっごくわかりやすい…。
メモの意味を読み砕けば答えへの道筋が見えてくる…。
はー、そっか。この問題ってこの公式でこう考えれば良かったんだ。
教科書に噛り付いて緑間メモと問題を照らし合わせていると
「これらを押さえておけば心配ないだろう」と緑間は軽く息を吐いた。

すごい、すごいよ、この人…!
感動に震えながら尊敬の眼差しで緑間を見つめると、
なんだこのぐらいで、とでも言いたげな怪訝な表情をされてしまった。

緑間って人に勉強を教えられないタイプっぽいと思ってたけど違うんだな。
分からない人に対して、見れば解けるだろうこんなものって言い捨てるような感じの。
いやそんな感じのことは言われたな、うん。
でも教えてくれるんだ。前からなんとなくは感じていたけど、意外と優しいところあるんだな。

緑間のイメージと言うか、予想に反してきちんと教えてくれるので
調子に乗って他の教科の問題も聞いてみたらこれまた意外と普通に乗ってくれて教えてくれた。
その教え方が本当に端的で、けれどとても分かりやすいのだ。


「他に分からない箇所はあるか」

「あ、じゃあ数学!数学は!?」

「教科書はあるのか」

「ある、あるある!あります!」


* * *

床で散乱しているいくつかの教科書を従えながら私はスーパー講師の元で勉強に励んでいた。
私の臨時講師となった緑間は、先ほどよりも近い距離で本を読んでいる。
じっと見つめていると、分からない場所があるのかとすぐに顔を上げてくれるので
本に集中しているというよりは、私の勉強を見るついでに本で時間を潰しているんだろうな。

家庭教師ってこんな感じなのかも。緑間ってそういうバイト向いてそう。

顔に教科書を近付けながらも、自然と目線は緑間の方に向かっていた。
そういえば、同じ目線に緑間の顔があるのは初めてのことかもしれない。
いつもは遥か上空に鎮座してるから見えないし、
首と目へのダメージがものすごい事になるから見ようとも思わなかった。

へえ、緑間ってこんな顔してたんだ。
ま、まつ毛バッサバサしてる…、ってか今気付いたけどかなり美形の部類?
髪もサラッサラだし…何使ってるんだろう、めちゃくちゃトリートメントとかしてるのかな。

こんなに麗しい顔してたらモテそうな気もするけど、モテてそうなオーラは感じない。
なんだろう、滲み出る威圧感が女子を遠ざけるのか?
それともここまで巨大だとそういう対象から外れちゃうのか。
いくら高身長がモテるって言われてもある程度の上限があるんだろうしなあ。

でもこうやって同じ目線にあると、この仏頂面と傲慢そうな口調にも不思議と威圧感はない。
横にぽつんと置かれている、やたらとファンシーなサメのぬいぐるみのせいかもしれない。

なんとなく、ちゃんとした教育を受けましたって雰囲気醸してるし案外お坊ちゃまなのかも。
なんかバイオリンとかしてそう。


「…………、」


体育館でいつも見ているあの背中と、目の前のこの男子を重ね合わせてみようと
視界の中で統合しようとしてみる、けど、やっぱりエラーが起こる。
どうしてもイコールで結ぶことが出来ない。何でなんだろう。

けれど緑間の周りには見えそうで見えない膜が張っているのが分かる。
他者と一線を置く緑間自身の膜なのか、それともこれが緑間とあの人の絶対的な隔たりなのか。

なんなのだろう。
そっと手を伸ばして、その頬に触れた。


「っ、な、なんなのだよいきなり!」

「え?あ、ああ」


どうやら無意識に緑間の頬っぺたを触っていたらしい。
ものすごい勢いで私から離れて行って、赤らんだ頬を押さえながらわなわなと震えている。
生娘のような緑間の反応にちょっと吹き出しそうになりながら、ゴメンゴメンと謝った。

緑間と私の間には実質的な膜なんて無くって、難なく触れることができた。
現実で考えればごくごく当たり前の事なのに私はなぜかとても驚いていた。
これが緑間ではなくあの彼だったら違ったのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えて視線を目の前へと移すと
顔を赤らめた緑間が、今の行動の弁明を求めるように強い眼差しを私へと向けていた。


「あの、えーと。肌がキレイだったから、つい」

「つい、じゃないのだよ!」

「み、緑間、声大きいよ…」

「…お、お前が変なことをするからだろう!」

「ご、ごめんって…」


勉強をする気が無いのなら帰るのだよ!と立ち上がって帰ろうとする緑間をなんとか宥めて、
日が落ちるまで勉強を見てもらった。


帰り道、無表情で私の隣を歩く緑間はやっぱり緑間でしかなくて、
そのままぼんやりと見つめていたら、ふいに先ほどのプンスカ状態を思い出してしまい
今の無表情とのあまりに落差に心の中で少し笑ってしまった。
緑間の事をからかいたがる高尾の心理が、ちょっとだけ分かったような気がした。


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