お昼休みの半ば、自販機に飲み物を買いに行った。
無人の自販機の前でぼーっと立ち尽くしながら
何にしようかなと指先をふらふらさせていると、後ろに何かの気配を感じた。

自販機のガラス越しに後ろを見やるとどこか見慣れた長身が映っていた。
くるりと振り向くと、思った通り私の真後ろに緑間が立っていた。
今日もまた何やらおかしな物品を小脇に抱えている。なんだこれ?東京タワー?

緑間はテーピングした左手で眼鏡のつるを押さえながら
右手で我が都のシンボルの東京タワー、のフィギュアを抱えながらこちらを見下ろしていた。
私が「緑間だ」と言葉を発すると、一文字で結んでいた頭上の口がふと緩み、
そして私を見据えながら、はあ、と小さな息を漏らした。


「やっと、見つけたのだよ」

「あれ?私に用事?」

「そうだ。今日からしばらく部活は休みなのだよ」

「あー、テスト前だもんね」

「その事を伝えに来たのだよ」

「了解、わざわざありがとね」

「ああ」


はいよ、と手を振りながらその大きな背中と東京タワーを見送った。
こうやって校内で見るとその背の高さに改めて驚く。教室入る時とかぶつからないのかな。

ウチの学校はスポーツが強い生徒の勧誘にも熱心らしくて
校内を歩いていると背が高くてそれらしい生徒を結構見かける。
緑間レベルの高さの人はそんなに多くないけど、
私の後ろの席の男子もバレー部の推薦組で180後半とからしい。
強いイコール高身長ってことではないんだろうけど、
やっぱり背の高い人が何かと有利なスポーツってのは多いんだ思う。
でも校内で出会い頭にああいう人がにゅっと出てくるとかなりビビる。
突然目の前に壁が設置されたみたいな感じで、この数か月でもう何度か追突しかけてる。


飲み物を片手に教室に戻ると、クラスメイトの女子が近付いてきて
「すごく背の高い眼鏡の男子がアンタの事を探しにきたよー」と声をかけてきた。
うちのクラスまで来たのか、と思いながら「今、会って来たよ」と返した。

はー、そうか。今日からテスト期間か。
でもただ突撃訪問しているだけの相手に連絡しに来てくれるなんて真面目だな。
あれは性格なのかな、メールじゃなくて実際に来て、って、ああ。
そういえば緑間のアドレス知らないや。だからわざわざ探しに来たのか。

あ、そういえば高尾は一緒じゃなかったけどどうしたんだろう。珍しいな。
まあ友達と言ってもなんでもかんでもワンセットなわけじゃないか、と思いながら
何気なく窓の外に視線を落とすと、運動部の生徒が何人かで荷物を運ばされていた。
ウチのクラスの運動部も数人見えるから、多分下級生が駆り出されてやらされてるんだろう。

そういえばテスト期間の間にOBだかがウチの体育館を借りて何かするとか聞いたなあ。
ああいうのってすぐ運動部が借り出されるよなぁ、大変だなぁと思っていると、
その生徒の中で高尾が何か大きな荷物を運びながら、隣の生徒と笑い合っていた。

あれ。運動部の下級生で高尾もいて、となるとどうして緑間はいないんだろう。
調子が悪いとか?いやさっき普通にピンピンしてたよな。
用事があったとか、いやいやすっごい優雅にてくてく歩いてた。変なの。

あえて、行かなかったとか。
以前高尾からチラッと聞いた、緑間の唯我独尊的なワガママ体質とやらが頭に浮かんだ。
気が乗らないと自分はやらないって言い出すわ
しかもなまじ飛び抜けた才能があるもんだからそのワガママが許されるわ、だっけ?
同じクラスのバスケ部男子が緑間を語った時の若干の腫れ物感もそれなのかな。
この間の断固拒否っぷりはともかく、一対一で接してる分にはそんな感じしないんだけどなあ。

* * *


今日も一日の授業が終わり、みんながいつもと違う雰囲気を出しながら帰り始める。
テスト前だからか、どことなくピリピリしてる人とふわふわしてる人が混在してる。
教室の入り口で、カラオケ行こうよ!ってにやにやしながら
友達にじりじりと迫ってる女子は間違いなくふわふわ組だ。

でもその気持ち分からなくもないなーと思いながら横目で通り過ぎた私はと言えば、
なんとなく習慣になってしまった行為を止められず、何故か図書館へと向かっていた。
これもある意味ふわふわ組なのかもしれない。


いつもはどちらかといえば閑散としている図書室は、勉強する人々で静かに賑わっていた。

普段は根っからの本好き達がぽつぽつといるだけの長机たちは
勉強をするためにやってきた生徒達で埋まっていた。
いつもはカウンターの中で座っている図書委員の先輩も
見慣れない教科書を開いてノートと睨めっこしている。
私も進級したらあの教科書使うのかな。…なんか難しそうだな。

普段は図書委員が座っている場所には司書さんが座っていた。
テスト期間だから委員のお仕事もお休みなんだな。

何かの本を借りるらしい生徒とカウンターを挟んで
談笑をしていた司書さんが、私に気づいて優しく微笑んだ。
今日も来たのね、なんて言うような穏やかで大人な表情で。
大人、大人かぁ。私はいつどんな大人になるんだろう。
あんな風にきちんとした大人になれるのかな。

ぼんやりと、見えない未来を思案しながらいつもの場所へと向かった。
いくつかの棚を掻き分けて、人気の少ない薄暗い雰囲気の棚と棚の間にすっと入り込む。


この学校は古いだけあって近隣の学校の中では飛び抜けて蔵書の数が多いんだって。
確か、司書さんがそう言ってた。
だからか、普通の生徒なら在学中に興味を示すことなどないであろう
この地区の古い資料や古い本も沢山並んでいる。
それを踏まえて選んだこの場所にはめったに人は来ないし、
窓を開ければ意外と風が通るから埃っぽさもない。

閉室時間になって司書さんが声をかけに来るまで、
この窓の縁に腰をかけて外を見たり本を読んだり携帯をいじったり
気まぐれに教科書を開いてみたりしている。
一人でぼんやりする時間って意外といいんだなって最近になって思うようになってきた。

いつもの窓の縁に腰をかけて、鞄の中の教科書をごそごそと漁る。
古文からやろうかなーって古文の教科書置いてきちゃった。生物、生物やろう。
テスト範囲は一体どこだったっけ。ええとわかんないですねー。
あ、これやる気どっか行ってるなー。

やる気が出かけちゃってるなら仕方ないや、と開き直って
元々視野に入ってなかった教科書から顔を逸らして窓の外へと視線を移した。
この窓からは玄関から校門へと続く道のりが見えるので、
たまにぼんやりと生徒を観察したりしている。

同じ制服を着た人たちが玄関から校門に、校門から街に散らばっていく。
テスト前だからかこの時間にしてはいつもより帰宅する人が多いように感じる。
運動部っぽい体つきの人たちもぱらぱらと帰宅しているのが分かる。
やっぱりテスト前だから他の運動部も部活ないんだな。


「あ、緑間だ」


ふいに視界に入ってきた見慣れた人物に声が零れた。
頬杖をつきながら緑間の歩みを目で追う。

やっぱり緑間のあの高さはとても目立つ。腕に抱えた東京タワーもあって余計に目立つ。
なんだかんだで性根の生真面目さが滲み出ている彼は
きっと真っ直ぐお家に帰ってきっちりしっかり試験勉強に取り組むのだろう。


「真面目だのう…」


こうやって上から眺めていると、彼がいくら目立つといっても学生の群集の一人に過ぎない。
誰がどんな技能を持っていてどんな人物でどんな思考をしているかなんて分かりやしない。

盤の上の駒を見下ろすような感覚になる。
誰がどういう人間か、一人一人を拾い上げて知ろうという気にはなれない。
だけど私は知ってしまった、同じ高さに立って同じ目線で彼の事を知ってしまった。


「…彼の事?」


違う、彼の技術をだ。
あの飛び抜けた技量ももちろんだけれど、誰よりもストイックに練習に打ち込む姿を見ていると
努力が出来ることも実力のひとつなのだと、まざまざと思い知らされる。

そんなことをぼうっと考えている内にいつの間にか視界から緑間が消えていた。
帰っちゃったか、と視線を彷徨わせていると、玄関から高尾らしき男子が出てくるのが見えた。
いや間違いなく高尾だ。他の男子とふざけてじゃれあいながら歩いているからすぐに分かる。
きっとあれは家にまっすぐ帰ってお勉強どころか、
部活もないし時間もあるからどっかに寄ってこーぜ!なパターンに違いない。

でも高尾は要領がいいからきっと上手いことやるんだろうな。
ああやって見るとただのお調子者に見えるけど、
色々なことがきちんと見えていて、根は結構シビアというか冷静な方だと思う。
実際かなりのお調子者ではあるんだけど、
良くも悪くも芯の通った性格を軽口で紛らわせているところがある。
というのが長年近くで見てきた私の見解だ。

まあ悪いヤツではないし、なんか友達としての波長も合うし、
何より一緒にバカやっててすごく楽しい。ザ・男子!って感じ。
ああいうキャラの男子がいるクラスって盛り上がるんだよね。
高尾がいるクラスは賑やかで楽しいんだろうな。


「…背、伸びたよね」

高尾の後ろ姿を見下ろしながら、改めて認識する。
やっぱり中学の頃と比べると少し大人っぽくなっている気がする。
顔つきもそうだけど体つきも随分としっかりとしてきたと思う。
単純に成長期なのか、それとも強豪のバスケ部で揉まれてるからなのか。どっちもなのかな。

緑間も中学の時はもうちょっと可愛らしかったのかな?身長とか顔つきとか。
でも中学の時からあんなに凄かったのかな。って、凄かったんだっけ。
シュートを打っているあの人物が中学バスケで頂点に居たと言うのは納得できるけど、
普段の緑間が、いつも変な物品を持ってて愛想の無いあの人間が
中学バスケで頂点に居たと言われるとなんか違うんだよなあ。どうもしっくりこない。


そんなことを考えている内に高尾も視界からいなくなっていた。
「あ、」と小さく音を発しながら、いくつもの見知らぬ生徒の頭へ視線を彷徨わせ、
しばらくしてから思い出したように膝の上の教科書に視線を落とした。

…今日は私も帰ろうかな。
小さく息を吐きながら、開きっぱなしにしていた教科書をぱたんと閉じて立ち上がった。


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