時刻は夕闇。少し開けた窓から涼しい風と帰宅を始めた運動部の生徒の声が聞こえてくる。
そんな図書室のいつもの隠れ場所で本を読んでいると突然メールを受信した。
画面を確認すると、この時間帯には珍しい送り主の名前が表示されていた。

ん?高尾?今は部活の時間じゃないの?首を傾げながらメールを開く。


『真ちゃんが、おは朝占いが悪かったから居残りしないで帰るって!
オレも帰るから一緒に帰らねー?』


その内容を見て反射的に窓の外を確認する。外は薄暗いけどまだ真っ暗じゃない。
画面に視線を戻して、メール画面の上に表示されてる時間を見て「へえ」と声を上げた。
本来バスケ部ってこれぐらいの時間に終わるんだ。って私、本格的にストーカーみたいだな。

それにしても、この時間に居残りしないメールが来るのは珍しい。
いつもは朝イチとかお昼休みとか、遅くても一日最後の授業中ぐらいまでには来るのに。
だけどおは朝占いが悪かったからってどういうことなんだろう。何かの隠語なのかな。

『じゃ一緒に帰ろっかな。今からそっち行くよ』と送ると、
一分もしない内に『そんなら玄関で待ち合わせでー』と返信が来た。
心の中でりょーかいと返しながらさっきまで読んでいた本を鞄の中に突っ込んだ。

最初の頃は緑間と高尾が居残りをせずにとっくに帰っている日もあって
申し訳なさそうに苦笑いする先輩達に見送られながら帰路につくことも珍しくなかった。
だけどある頃から居残りをしない日は高尾が一言連絡を入れてくれるようになった。
遅くに帰って行く私を先輩方がすごく心配してた、みたいなことを言ってた気がする。

バスケ部の先輩は優しい人が多いと思う。
高尾と緑間にそう言ったら相槌に詰まってフクザツな顔をしていたけど、
変な時間に部外者の私がじっと見ていても良い意味で無いものとして扱ってくれるし
ふとした時に「夜は少し冷えるな、大丈夫か?」などと声をかけてくれたり、気を遣ってくれる。
本当は、「邪魔だから帰ってくれ」などと言われるものだと思っていたから
ここまで普通に受け入れられていることに対して、
本当にいいのかなとちょっと挙動不審になることもある。
きっと先輩たちへは高尾が何かうまく言ってくれたんだと思うけど。

部活中は険しい顔で下級生を叱咤してていたり、恐ろしい怒号を飛ばしていたりしたけど
やっぱりこの部活の先輩たちは根が真面目で優しい人ばかりだと思う。
どこの部活にも入っていない私にとっては入学してから初めての先輩があの人たちだ。
何人かの先輩の顔を思い浮かべながら、なんかこの学校選んで良かったなって思った。


どことなく浮かれた気分で図書室のカウンターを横切ろうとしたら、
「あら、今日はもう帰っちゃうの?」とカウンターの奥にいた司書さんが声をかけてきた。

今日は居残りしないみたいなんです、と告げると司書さんは少し残念そうな表情をした後、
「イチゴ味のお菓子を買ってきたのだけれど…これは今度ね」と言いながら微笑んだ。


普段ならあと三十分もすると、閉室時間を迎えた図書室でヒミツの時間が始まる。
と言っても返却された本の点検や、委員会で使うプリントをまとめたりするのが主で、
私にやらせてもらえる範囲で色々な雑務をお手伝いしている。

最初は、週に何日も居座っているのだからと真面目にお手伝いしてたんだけど、
段々と司書さんが「お菓子あるよ?」「お茶飲まない?」「これ美味しいのよ〜」
「今流行ってるっていうアレってどういう意味?」などと様々なジャブを繰り出してきて、
気付けばお手伝いをした後はプチお茶会をするようになっていた。

夜の校舎でこっそりとこんな事をしているってのは私はすごく楽しいんだけど
他の先生が入ってきそうになって司書さんの指示で机の下に隠れることもあるから
司書さんに、本当にここにいて大丈夫なのかと聞いたことがあるんだけど
大人な微笑みを浮かべながら「大丈夫よ」と返されて、
よくわからないけどその圧倒的な安心感に飲み込まれてそのままうやむやになっている。
でも司書さんがそう言うのなら大丈夫なのだろう。たぶん。


イチゴに後ろ髪を引かれつつ玄関へと向かうと、緑間と高尾がいるのが見えた。
こういう時は緑間がいてくれると目印としてわかりやすくてとてもよろしい。
こっちに気付いた高尾が手を振ったので、手を振り返しながら小走りで近付いた。


「よお、突然で悪かったな」

「ううん、部活お疲れ」

「マジごめんなー、部活終わった途端に緑間がもう帰るとか言ってさ。
今日終わんの早かったし用事でもあんのかと思ったら
用事はないけど占いが悪いから今日は帰るー、とか言って」

「そうだったんだ」

「最初から残らないつもりだったら、ヒトコト言ってくれりゃこいつに連絡したのに」

「オレは最初からそのつもりだったが」

「それは言ってくれなきゃわかんねーから!」

「今朝言ったはずだが?今日の蟹座は4位だがオーバーワークは厳禁なのだと」

「そうそう!だから日直の仕事代われっつってねー、まあやってやったけど?
…と思えば部活は出るし、基準がわかんねーっての!」

「部活はオーバーワークの内には入らないのだよ」

「でも居残りはオーバーなワークだから、今日はお帰りってわけ」


「なんか…高尾も大変だね」

「わっかる!?」

「…なんとなく」

「ホント真ちゃんったらさー、」

「…………」

「っておーーい!待て待て!ほんっとそういうトコ自由だよな!
んじゃオレらの下駄箱こっちだからまた後で!」

「はいはーい」


盛り上がる私たちを無視して下駄箱の方に進みだした緑間を高尾が慌てて追いかけて行った。
あ、高尾のクラスの下駄箱ってそっちなんだ、と思いながら二人の後ろ姿を見送って
高尾達が向かった方向とは真逆にある自分の下駄箱に向かった。

離れた場所から聞こえる高尾の声を耳先で聞き流しながら、自分の下駄箱で靴を入れ替える。
靴の爪先を地面に叩きつけながら玄関の扉へと向かうと、反対側から二人がやってきた。

やっぱりこうやって人に紛れると緑間の背の高さが際立つなあ。
私からしたら高尾だってかなり背の高い男子なんだけど、
緑間はなんかもう違う次元の人間って感じ。


「なー、どっか寄って帰んね?」

「いいねー」

「断る」

「この流れでフツーぶった切るかよ…」

「オレは帰るのだよ、お前ら二人で行け」

「ほら普段だったらこの三人でどっか寄るとかないじゃん?
折角だしさー、なぁ真ちゃーん」

「言われてみれば、この三人で帰る時って遅いから寄り道なんて出来ないしね」

「そーそー!あっ、マジバ、マジバ行かね?!
期間限定でキムチチゲバーガーが出たらしいんだけど、もっオレ超食べたくて!!」

「チ、ゲ…?キムチのバーガーじゃなくてチゲのバーガー…?
ちょっとその絵が想像できないんだけど」

「ドロドロの赤い液体に浮かぶバーガーか?
想像しただけで寒気がするのだよ…。二度とオレの前でその話をするな」

「ひっでえ!キムチチゲに罪はねえだろ!」

「液状の食べ物をバーガーで合わせることは罪だと思う」

「全くもって同意なのだよ」

「うるせえ!オレは食べたいんだっての!」


「ならばお前一人で行け。どちらにせよオレは帰る、なぜなら今日の蟹座は」

「はいはい、ワークがダメなんでしょ?寄り道はワークじゃないから!
ラッキーアイテムもたくさん持ってきたんだし大丈夫だって」

「だが、」

「緑間、飲み物ぐらいなら私がおごるよ」

「ほらぁ、女子におごられるとか中々ないぜ?」

「…それぐらい自分で出せるのだよ!」

「オレには容赦なく奢らせるのに…、
まあいいや真ちゃんが行くって言ってくれるんなら」

「行くとは言っていないのだよ」


「決定ー!じゃあマジバでいいよな?」

「いいよ」

「行くのなら二人で行け。オレは帰るのだよ」

「……あーもー!!たまにはいいじゃん!
真ちゃんだってフツーに買い食いするしワークじゃないじゃん!
それに最下位とかならまだしも今日4位だろ!?
つーか!細かい事をうだうだと嫌がる男とか見苦しいっての!!」

「………高尾」

「おお、すっごい睨みつけてる…」


「それにさ、ラッキーアイテムでマジバのレシートとか来たらどうすんのー?
今のうちにゲットしときゃ後々ラクだと思うんだけど」

「…それは、確かにそうだが」

「しかもそれが期間限定商品のレシートとかだったら?
真ちゃんすぐ用意出来るの?今日ゲットしとこうよ!」

「……仕方がないな、付いていってやるのだよ」

「うっし、決ーまりっ!」


断固として拒否する緑間の意思の強さもなかなかのものだったけれど、
私欲の為に他人を丸め込もうとする高尾の勢いと達者過ぎる口車には勝てなかったらしい。
いやー、やっぱりすごい。何年も傍で見て来たけどこの技は一生私には真似できないと思う。

きっむちっ、きっむちっ、きっむちっちげっ、と楽しそうに歌いながら先頭を切って歩く高尾と
眉をひそめながらも、仕方ないと言わんばかりに高尾の後ろを付いていく緑間。

いつもこんな感じで一緒に過ごしてるんだろうな…と目を細めながら
頭の中でマジバのメニューをおぼろげに思い出す。何にしよっかな、なんか甘いの食べたいな。


「私、シェイク飲もうかな」

「おー、いいねー」

「緑間は何にする?300円くらいまでだったら奢ってあげるよ」

「…だから、オレは自分で出せると言っているのだよ」

「えー、奢ってもらえばー?真ちゃん、何事も経験だぜ!」

「そんな不名誉な経験などいらん」

「バニラもいいけど、やっぱり今日はイチゴだなー」

「オレはキムチチゲバーガーと、
あとー……あっ、おい!信号!点滅点滅!」

「え、走る?」

「別に急ぐ必要などないのだよ」

「走るだろ!キムチが逃げる!」

「マジ?えー、じゃあ走ろう」

「キムチは逃げないのだよ」


点滅する青信号を横目に、ぎゃあぎゃあ言いながら三人で白線の上を走り抜けながら、
もしも二人とクラスメイトだったらこんな感じだったなのかな、と思った。
そしたら毎日楽しいだろうな。…いや、ちょっと大変かな。


高尾念願のキムチチゲバーガーは米粉のバンズに豆腐がベースのパティが鎮座し、
レタスの代わりには茹でたしんなり白菜、そして本格キムチが挟まれていて
そこに辛口のキムチソースがかかったもので、お好みで辛さ追加のソースも付いていた。
緑間はその真っ赤なバーガーに理解不能とでもいうような冷めた視線を送っていたが、
高尾はとても幸せそうに食べていた。

…ちょっとおいしそうだったので私も今度試してみようと思った。


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