今日も一日の授業が終わって、周りのクラスメイトたちが部活に行ったり
そのまま教室に残って何かしていたりはたまた普通に帰ろうとしている中、
私がいつものように時間潰しの図書室へと向かうと
そこには何やらいつもと違う雰囲気が漂っていた。


「…ん?」


普段私は放課後からとある時間帯までを図書室とその隣の部屋で過ごしている。
とある時間帯とは緑間が居残り練習をし始めたであろう時間のことだ。

けれど図書室は日が暮れ切った頃に閉室時間を迎えてしまう。
その時間は部活時間の長いバスケ部はまだ部活の途中だったり
部活が終わっていたとしても大勢の部員が体育館の辺りに居たりする。

そんな、緑間が居残りを始めるにはどうにも早すぎる時間に
時間を潰す場所がなくなり他に居残れる場所もなく途方に暮れていた私に
「仕方ないわね、内緒よ」と微笑んでくれた司書さんの温情で、
普段の閉室時間からは司書さんがいる部屋にお邪魔させてもらっている。

のだけど、今日は何やら図書室の様子がおかしい。
いつだって静かなはずのその場所から、
ガガガだとかドドドドだとか何かの機械が動く音が聞こえてくるし、
普段は入ってすぐのところに置いてあるワゴンだとか小さな本棚だとか
こまごましたものものが廊下に出ている。

あれ?と首を傾げていると、図書室の扉に白い紙が一枚貼ってあることに気が付いた。
『本日は工事のため閉室します。』 あ、これ司書さんの字だ。
そういえば、いつだったか図書室のなにかを工事するらしいよって誰かが言ってた気がする。
あー、今日だったんだ。工事って何の工事なんだろう?
日にちかかるのかな、ていうか今日どうしよう。


「…うーん」

しばらく張り紙の前で立ち尽くし色々と考えてみたけれど、
他に時間を潰す方法も特に思い浮かばなかったので
いつもの過程をすっ飛ばして体育館に向かってみる事にした。


ふらふらと体育館の傍までやってくると、廊下をうろつく高尾を見つけた。
後ろから肩を叩きながら「おーっす、高尾ー」と声をかけると、
高尾は驚いた顔をして私の顔を見た後、反射的に窓の外へと視線を送った。
まだ太陽が落ち始める様子もなく、いたって普通の放課後の時間である。
大方、何で私がこんな時間にこんなとこにいるんだ?って思ってるんだろうな。


「あれ!?どしたん?」

「今日図書室が工事してて、なんか時間を持て余しちゃってさ」

「図書室?そういや朝に担任がそんなこと言ってたっけな。
そんなら部活から見てけば?今日ほぼ基礎練だしつまんねーと思うけど」

「いいの?」

「でもマジキツイからあんま構えないと思うわ」

「ありがと、大丈夫だよ」


そう言いながらグッと親指を立てて口角を上げると、
高尾は「お前のジェスチャー男前かよ」と笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
その感触に違和感を覚えたので、「わたし人間なんですけど」と睨みつけながら呟くと
高尾は「あ、わかった?今ちょっと動物撫でる感覚だったわ」とへらっと笑った後、
入り口付近にたまっているギャラリーを器用にかき分けながら体育館へと戻って行った。

荒らされた頭頂部を撫でつけながら、
高尾が吸い込まれていった体育館の入り口へと視線を送る。
この人たちってみんなバスケ部を見に来てるのかな。
部員でもなさそうだし制服だしキャッキャしてる女子の割合高いし、そうなんだろうな。

毎日こんななのかな…バスケ部の人気ってすごいんだな。
などと思いながらギャラリーの最後尾で立ち尽くしていると、
私の目の前にいた女子の集団が体育館の時計を確認したかと思うと
「あ、やだ時間だー」「また明日こよーね」「今日もかっこよかったー」「ねー」
などと呟きながらぞろぞろっと帰って行った。
1、2、…5人くらい?雰囲気的に上の学年の人たちかな。
口振りからして今の人たちは毎日見に来てるのかな、すごいなあ。
って私も似たようなことしてるじゃん。今の人達と私ってお仲間なのかも。

さっきの人たちに勝手に親近感を覚えながら
目の前の空いたスペースをのろのろと詰めていくと、ギャラリーの先頭へと飛び出した。
わ、ほぼ先頭じゃん。うまいこと陣取ってたんだなあの人たち。


さっきまで一部しか見えなかった視界ががらりと広がり、体育館の全景が見えた。
こんな風に体育館を、バスケ部を見るのはなんだかとても新鮮に感じる。
体育館内でいくつかの群れに分かれてそれぞれ違うことをやっている。
トレーニングをしていたり、ボールを使いながら練習していたり。
でも部員たちの表情を見ると相当にキツい部活なのだということが伝わってくる。
先輩の恐ろしい怒号が飛び交ってるから余計にそう感じるのかもしれない。

でもこうやって基礎的な体力や技術を身に着けていくんだろうな。
私はいつも既に部活が終わった後の彼らしか見たことなかったけど、
あれはこのような練習をこなした後の彼らだったとは思いもしなかった。
そりゃあ、あの時間帯に上級生以外の姿を見るわけがない。
でもそれならあの場で上級生に混じって
何時間も練習をし続ける緑間と高尾って一体何者なんだろう。

ああそうか、レギュラーか。
それこそが強豪校のスタンディングメンバーを張れる理由なのか。


ぼんやりと納得しながら、めざましく動き回る大勢の部員たちを見つめていると
とある群れの中、見慣れない部員たちに紛れて見慣れた大きな背中を見つけた。
特に緑間は今までずっと見ていたからなのか、背中を見ただけで誰だかすぐにわかった。
その隣にいる少し背の低い黒髪はたぶん高尾。さっき見たシャツの色だし、きっとそう。
知らない人たちの中に知っている人を見つけるとちょっとほっとするのは何でだろう。

それにしても、緑間はとんでもなく背が高い人種なんだと思っていたけど
バスケ部の中だとちょいちょい埋もれるんだな。195センチだっけ。
緑間が言ってた通り、バスケ選手となると本当にあの身長が当たり前なのかもしれない。

高尾の事を少し背の低いだなんて形容したけども、一般男子の中ではそれなりに高めの方だ。
でも緑間たちと並んでいるのを遠目に見ると小さい人種に見えてしまうから不思議なものだ。
考えてみると、高尾ですら普通に見上げる一般身長の女子である私が
緑間を見上げることがいかに難しいことなのかがよく分かる。

緑間ときちんと目と目を合わせて会話とか絶対に無理だ。この前みたいに首がおかしくなる。
本気で緑間と目を合わせようとするとなにかこう、首が不安定な亀のようになるか
上目遣いを通り越して白目になると思うので、
きっとこれからもきちんと目と目を合わせて会話することはないと思う。
緑間視点で考えるとすごく怖いと思う。間違いなく恐怖でしかない。
そもそも緑間って女子と会話とかするのかな。いや、するか。……するのか?わかんないや。
たぶん私がクラスメイトだったら殆ど会話しなかっただろうな。
大人しいけど大きいし、目つきも悪いし、会話も端的だから慣れないと怖いし。


壁に寄りかかりながら緑間と高尾が属する群れをぼんやりと眺めていると
高尾が緑間に何かちょっかいを出して、緑間に怒られているのが見えた。何してるんだ高尾は。
それでもめげずに緑間にちょっかいを出していた高尾が
何かごにょごにょ言いながらこっちを指差した瞬間、突然緑間がこちらを見た。

唐突に緑間と目が合った、けれど数秒もするとフイと逸らされてしまった。
それに対して高尾が何かを言っていたところに、先輩の怒号がそのやりとりを切り裂いた。
あまりにも刺々しい声色とその物騒な発言内容に思わず身を竦めると、
渦中の高尾も大きく身を竦めながら「スミマセン!」と返していた。

こっ…、こわ!怖すぎ!ちょっと恐怖統治すぎるよ、バスケ部!
ていうか今二人とも私の方見たよね?…ていうか明らかに高尾は私の方に指差したよね?

あれ?もしかしてもしかしなくても、高尾が緑間に私の存在を話して、
それで緑間がこっち見て、さらに高尾がまた何か言って、それが先輩の目に留まって…。
これって、私がこんな時間にこんなところでふらふらしてて
さらに高尾に「来たよー」とか言ったからだよね?間違いなくそうだよね?

後ろから聞こえる「怖いね…」「ねー…」と言う女子の会話を聞きながら
私は一人で冷や汗をだらだらと流していた。
二人ともごめん、本当にごめん!もう邪魔はしないです!
心の中で必死に叫びつつ、慌ててこの人だかりから離れた。


体育館の床が見えるか見えないかぐらいの位置まで下がって、大きく息を吐いた。
ちらっと体育館の方を振り返ると、
私がいた僅かなスペースはすぐに詰められていてギャラリーの列が少しだけ前に進んでいた。


「はぁー…」

やってしまった。何をしに来たんだろう私は。
先ほどの恐ろしい怒声と必死に謝る高尾の声が頭の中でぐるぐる回る。
天井を見上げながらもう一度息を吐く。今ので絶対に寿命縮まった気がする。

後ろの方まで下がると密度が減ったからか、さっきの場所より空気が少し澄んでいる気がする。
体育系特有の掛け声を耳の先で聞き流しながら
人垣の間から微かに見える体育館の床をぼんやりと見つめる。
これだけ大人数の掛け声となると高尾や緑間の個の声は確認できない。


突然、後ろの方で何かが倒れ込むような音がしたので反射的に振り向いた。
私の数メートル後ろ、体育館廊下と外とをつなぐ出入り口の辺りに
バスケ部と思わしき生徒がゼイゼイ言いながら仰向けになっているのが見えた。

周りの部員に大丈夫かーと声をかけられると、も、無理っすと、息も絶え絶えに返していた。
傍から見ている私でも彼の体力の限界であることが見て取れる。
ひどく辛そうに体を上下に大きく動かしている。

この人は放っておいて大丈夫なのかとおろおろしながら見ていると、
他の部員が「そこ通路ジャマなるぞー」と言いながら彼をどこかへ引きずって行ってしまった。

なに、なんなのこの空間…。これが普通の光景なの?
さっきからカルチャーショックメーターが爆発しそう。
バスケ部ってどこもこんなにハードな世界なの?それともウチのバスケ部だけが異常なの?

一人で戦々恐々としていると、体育館の方で何かの掛け声がかかったのが分かった。
それに続いて大勢の部員の返事も。どうやら何かしらの指示がかかったらしい。
何かやるのかなと思いながら体育館を振り返ろうとしたところ、
私の視界の端、体育館廊下の窓から十数人の部員が体育館から外へ出ていくのが見えた。
その中には緑間の姿と高尾らしき人の姿も見える。ランニングとかかな。


人口密度の減った体育館をなんとなく見学していたけれど、
なんだか喉が渇いてきたので外の水飲み場へと向かった。

夏は終わりだとかもう秋だとか言っていてもまだ昼間は日差しはジリジリとしていて、
じっとしているだけでもじわじわと体力が削られていく。
あっつい。この日差しはまだ余裕で夏だよ。
直接的な温度が僅かに和らいだとはいえ、こんな中をランニングだなんて単純に苦行だと思う。
この状況下では体力を付けるというよりも精神力を鍛える目的が強いのかもしれない。

水飲み場に寄りかかりながら空を見上げると、白い魚がゆったりと泳いでいた。
そうか、雲はもう秋なのか。まだこんなに暑いのに君は秋だって言うのか。
頭の上をゆっくりと通り過ぎていくさかなに心の中で声をかけながら、
そのまましばらくの間、空にかかる大きなうろこをぼんやりと見上げていた。


ふと何かの視線を感じたのでその方向に顔を向けると、
少し離れた場所から緑間がこちらを見ていた。

ランニングが終わったらしい緑間の周りには
空を見上げてぜいぜいと息をしている高尾や、膝をついて辛そうにしている部員がいた。
地べたに転がっているのは恐らく私と同じクラスの男子だ。

私が見ている事に気が付いたらしい緑間が視線をふいと逸らした。
なんだろうと思いながら見つめていると、先輩が周りを見渡しながら大声を出した。
「へばってんじゃねー」「もう一周行くぞ」、先輩のその指示に対して
緑間と高尾を含む部員たちは大きな返事をし、また走ってどこかに行ってしまった。


「え」

思わず声が出た。部員たちの疲弊っぷりから見るに
一周っていうのは学校周り一周とかそんな生易しいルートじゃないんだろう。
強豪校ってみんなこんなものなのだろうか。手持ちの情報が少なすぎて判断が出来ない。
誰もいなくなったその空間を見つめながら、私は静かにオーバーヒートしていた。

そのまま固まっていると、遠くから生徒の掛け声が聞こえてきた。
グラウンドやコートで活動している他の部活の人たちなのだろう。
放課後はいつも図書室に籠っているから気付かなかったけど、
外にいると同じ学校の色んな人がいろんなことをやっているんだと感じる。
もーいっぽーん、の割れた野太い声は多分野球部だろうし、
パコーンって聞こえる小気味いい音はきっとテニス部だ。

屋外競技は屋外競技で夏場は本当に地獄だろうな、と思いながら
私はまた空を見上げて雲がゆっくりと流れていくのをぼんやりと見つめていた。


しばらくして、後方から水道の蛇口をひねる音が聞こえたので
何気なしに振り返るとそこには緑間がいた。
ランニング終わりの熱を冷やすためなのか、頭から水を被っていた。

あ、緑間だ。
そう思いながらぼうっと見つめていると
蛇口から頭を上げた緑間が勢いよく水飛沫を飛ばして、そして私の方向をちらりと見た。


「………、」

「いつもこういう練習してるんだね」

「そうだ」


そう答えながら眼鏡をかけた緑間の息は少しだけ上がっていた。
どんな時でも常に涼しそうな顔をしている緑間がどこか辛そうな表情をしていて
先ほどの倒れていたバスケ部員を思い出し、本当に厳しい部活なんだなと改めて感じた。
高尾が何度も口にしていた、バスケ部は死ぬほどキツイって言葉は何の比喩でもないんだろう。


「………」

「………」


緑間から視線を外して考え事をしていると、これ以上話すことはないと判断されたらしく
彼は無言で踵を返して、顔や髪に付着した水滴を腕で拭いながら体育館の方へ戻って行った。

それを見て私は無意識に「あ」と声を上げていた。
その声に反応して、緑間が立ち止まってゆっくりとこちらを振り返る。
何故呼び止めたのか自分でもよく分からない。少し離れた距離で見つめ合う。
少ししてから、「が、がん…ば?」と今の状況で一番ベストであろう台詞が口から出てきた。

でも最後の疑問符はいらなかったと自分でも思う。
それまで無表情でこちらを見ていた緑間の眉間に、少しだけ皺が入った。
私の疑問符を咀嚼しているのか、ほんの少し考え込んだ後に
「…あ、あぁ」などという、緑間らしくない曖昧な返事をして
ゆっくりと体育館の方へと戻って行った。

あの緑間に、ただでさえお疲れモードの緑間に
言葉のキャッチボールで気を遣わせてしまった…。なんかすごい落ち込む。
頭から出てきたセリフとそれを動かす口がうまく統合出来なかった。

今の相手が高尾だったら「ファイト」だとか「頑張れ」だとか
そんな感じの台詞がするっと出てきたと思う。
高尾と緑間への違いはなんだろう。友達か知り合いの違い?
それに緑間も、明るく「おうっ!」って受け取るタイプでもないだろうしな。
今のは、単なる知り合いバーサス単なる知り合いの静かな対決だったのかもしれない。

コミュニケーションの失敗をじわじわと感じながら、体育館をこっそりと覗く。

その中では、他の部員と試合形式の練習をまさに今始めようとしているところだった。
緑間は上級生の指示を仏頂面で聞いている。あれはまだ私の知っている緑間だ。
たった今、少しフクザツそうな顔をして体育館に入っていた知り合いの男子。

けれど味方からボールを受け取った瞬間、纏っていた空気が変わる。
それを感じた瞬間、身体がゾワッとする。
もう違う。シュート体勢に入ったあの人に普段の緑間はもう感じない。

よく分からないけれど何かのスイッチが切り替わってしまう。
やっぱりあの人と緑間は別人にしか思えない。
あの人がミドリマという人物なのはわかる。
けれど私の知っている緑間があの人だと言われると違和感が生じる。

本当に、どうしてなんだろう。
最初からクラスメイトだったり知り合いだったりしたら、こうはならなかったのだろうか。
そうやって中途半端に考えを張り巡らせながら首を傾げてみるけれど、
あのシュートが放たれる瞬間にはあっけなく全てを忘れて
私はただただ目の前の光景へと意識を奪われてしまうのだった。


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