「そんなに好きなら試合見に来ればいいじゃん」


お昼休みに珍しく購買で高尾と遭遇したのでそのまま話し込んでいると、
バスケの話題になったところで、はたと気付いたように高尾がそんな言葉を発した。

名案じゃね?とでも言いたそうな若干ドヤ顔の高尾は
その意味を咀嚼して眉間に皺を寄せる私を見下ろしながら、
購買で買ったばかりのパンの袋をゆらゆらと揺らしている。
私は目の前で揺れるパンの袋を見つめながらぼんやりと言葉を返した。


「試合かぁ」

「そうそう、試合中のアイツもカッケーぜ?」

「そうなんだ」

「…試合中のアイツのシュートもカッケーぜ?」

「ああ!そっか!」

「やっぱソコなのかよ…」

「そりゃそうだよ!」


「でもさ、その大好きなシュートを打つのが緑間だろ?緑間を見てポワーンとするわけだろ?」

「見てるのは確かに緑間…の方向だけど、その本人が好きってのじゃないよ」

「ホンットにさ、あんな恋心マックスの目線送っといて本人には興味ゼロとかねえだろ」

「あのプレイへは恋心マックスですけど」

「…そのプレイをしている緑間へは?」

「だからないって!てか私は緑間が女子でも絶対同じことしてたし!
キミ、ちょっとそっちの方面にこだわりすぎだから」

「だってオレの恋愛センサーが反応してんだもん…」

「そのセンサー壊れてるんじゃないの」

「壊れてねーよ!ってかこのセンサーの精度はお前が一番分かんだろ?中学の時とか」

「それは分かるけど、マジメにさ高校に入ってからちょっと壊れてるっぽい」

「マジなトーンで言われると自信失くすからやめろよ…。
でもマジ惚れだったらいきなり名字呼び捨てはナイんじゃね?ってのはちょっとある」

「ほら、センサーぐらついてんじゃん。
ていうか高尾がそう呼んでたからいいのかなって思ってたんだけど、
緑間って呼び捨てしたら嫌がるタイプ?」

「何も言われてないならいいんじゃね?男からは基本的に呼び捨てだし」

「それならいいけど」


そんな会話をしていると、購買のおばちゃんが私たちに向かって声をかけた。
「休み時間、残り10分切ってるよー」と。
その声で反射的に時計を見て、そして高尾と顔を見合わせて、慌てて走り出した。


「オレまだ食べてねぇし次移動だし!!」

「私もまだ食べてないし次体育だし全く着替えてないし!!」


自らの危機的状況を叫び合いながら勢いよく階段を駆け抜け、
そのままお互い振り返ることもなく各々のクラスへと飛び込んでいった。

ジャージに着替えたクラスメイトがまばらに残る教室で
一人慌てて制服に手をかける。どうやら友達は先に行ってしまったようだ。

それにしても、高校に入っても相変わらず高尾は人間模様が気になるらしい。
むしろちょっとパワーアップしてる気がする。精度はちょっと微妙になってるみたいだけど。

そんなことを頭の隅で考えながらスカートのホックに手をかけた。


* * *

その数時間後。今日の居残り練も終わり、
本日のキラキラしたプレーをぼんやりと思い出しながら
部室前の廊下で高尾と緑間が着替え終わるのを待っていると、
ワイシャツを乱雑に着た高尾が部室から慌てて飛び出してきた。

「ちょっと教室にノート取り行ってくる!」と
叫びながら暗い廊下に消えていった高尾を見送って
廊下にしゃがみ込みながら再び今日のキラキラの余韻に浸っていると、
制服に着替え終わった緑間がのっそりと部室から出てきた。

何気なしに緑間がいる方へ視線を上げてみたものの、
どう頑張ってもシャツの腹部辺りまでしか確認できない。
どんだけ身長高いんだ、と思いながら首を限界まで上に向けてみると、
私の方を見下ろしている緑間の顔が見えた。若干だけど眉間に皺が寄っている。

うす暗闇の中でそんなことを確認していると
ちょっとこの状態でこの角度は無理だと首が訴えてきたので、ゆっくりと首を下に向けた。
今の一瞬でめちゃくちゃ首が凝ってしまった。
あーあー、と言いながら首の辺りをマッサージしていると
遥か遥か上空から大きなため息が聞こえてきた。


「この廊下は運動部が使うから清潔とは言い難い、だから座り込むな」

「んー」

「聞いているのか」


「…そう言えば、やっぱり一般的に君付けの方がいいのかな」

「……何の話だ」

「普通に緑間の事を呼び捨てしてたけど、君付けで呼んだ方がいいのかなって」

「くだらん、別に好きに呼べば良いのだよ」


「緑間、緑間君、真ちゃん、真…、緑間の下の名前ってなに?」

「…真太郎だが、高尾のような呼び方はやめろ」

「好きに呼んで良いって言ったくせに…。
もうこの呼び方で慣れちゃってるから、緑間のままでいい?」

「好きにしろ」

「はーい」

「…全く、どうでもいいことに時間を割くな。
いい加減立て、制服が汚れてしまうのだよ」


呆れたように緑間が右手を差し出したので、その手に自分の手を重ねて立ち上がった。

緑間の手と触れ合った自分の手をなんとなく見つめていると、
それに気付いた緑間が少し気まずそうに咳払いをした。


「…手ならきちんと洗っているのだよ」

「え?いや、緑間の手って大きいなと思って」

「女子と男子で差があるのは当たり前なのだよ」

「でもこの差はすごいよ」

「オレは男でも背が高い方だから余計にそう感じるのだろう」

「高い方ってレベルじゃないような…。身長ってどれぐらい?」

「195だ」

「うはぁ…」

「バスケの選手ならこれぐらいあって当たり前なのだよ」

「そうなんだ?」

「ああ」


「そういや、いつも片手に包帯してるけど何かあるの?」

「これはテーピングだ。爪を保護しているのだよ」

「爪を保護?」

「ボールへの爪のかかり具合でオレのシュートが決まる、と言っても過言ではないからな」

「そっか、それは保護しなきゃだね」

「ああ」


「でもどうして片方だけ?」

「オレは左利きだからだ」

「へー、そうなんだ」

「あぁ」


「そう言えば、しんたろうって良い名前だよね」

「、そうか」

「うちの町内にいる同じ名前のワンコもすごく賢い子でね」

「…………」


極限まで眉間に皺を寄せた緑間が私を見下ろして立ち尽くしていると
後方から「何言いだすかと思えば犬かよ!」と声が聞こえてきた。

教室に行っていた高尾が戻って来たらしく、
先ほどの緑間と同じくらい珍妙な顔をしながらノート片手にこちらへ近づいてきた。


「おかえり、早いね」

「だって真ちゃんにちょい待っててーつったら、
オレがお前を待たねばならん理由を述べるのだよ、とか言うんだぜ?」

「当たり前なのだよ。
それに課題の追加有無がかかるテストで
お前がどのような点を取ろうともオレには関係ない」

「慈悲の心はねぇのかよ!!」

「お前への慈悲の心などないのだよ」


そんな二人の会話を苦笑いで聞きながら、
なんだかナチュラルに緑間の言動が不一致している気がしたので
今のほんの数分の出来事を頭の中で巻き戻していた。

高尾を置いていく素振りなんて無かったよな。
ちらっと緑間を見上げると、軽く疑問符を浮かべた表情で見下ろされたので、
「いや、なんでもない」と小さく零しつつ視線を逸らした。
それとなく感じてはいたけど、なかなか分かりにくい性格をしているらしい。
天邪鬼とはちょっと違うかな。なんて例えればいいんだろう。

でもワザとらしく部室を飛び出して出て行ったのに
帰りはのんびりと歩いて戻ってきたところから見ると
既に高尾は緑間の分かりにくい性格を把握しているんだろう。

気付かれないように再び緑間をちらっと見上げると、
周囲で騒ぐ高尾を完全に無視しながら無表情でゆっくりと歩いていた。
どうやら分かりにくい上に心臓も強いらしい。
というより単純にシャットアウトする力が強いのかもしれない。

職員室まで聞こえるんじゃないかと思うくらいの高尾の声のボリュームに
苦情のチョップを見舞いながら、その部分はちょっと羨ましいなあと思うのだった。


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