今日も緑間、と高尾の居残り練習が終わった。
人気も無く薄暗い体育館前の廊下で私は壁に寄りかかっていた。

高尾が職員室へ用事を足しに行っているので今は緑間と二人で高尾の帰りを待っている。
まだかなと思いながら、暗い廊下の先を見通したけど誰の人影も気配も無かった。
仕方ないので何気なく隣の緑間を見上げてみたけれど
緑間は相変わらずの無表情で佇んでいた。そして私の視線に気付いた緑間が私を見下ろした。
けれど特にする会話もないので視線を逸らして欠伸を噛み殺した。


あれはいつの記憶だったか、とにかく最初の頃だ。
なんとなく緑間の支度が終わるのを待って、
部室から出てきた緑間の後ろをなんとなく着いていって、
そうそう、その日の練習風景をぼんやりと思い出しながらぷらぷらと歩いてたら
私の無意識のストーカー具合に痺れを切らした緑間が、
校門の辺りで立ち止まって私に告げたのだ。『後ろを歩くくらいなら前か横を歩け』と。

ものすごい珍妙な顔をしながら私にそう言うものだから、
渋々あの日は横を歩いて帰ったのだった。

今思うと私の事について何かしらの苦言を零したのはこれだけだったな。
練習を見ている事に関しては苦情とかそういうような事は一度も言われたことない。
私としては本当に本当に有り難いことなんだけれど、
多分私がそういう行動を取っている事に関して特に発言する気もないのだろう。
なんだお前はとか、またお前かとか、は思っているんだろうけど。


そんなことを思いながら誰の気配も感じない廊下に再び視線を送る。遅いな高尾。

そう言えばこんな状況になったのはいつからだったっけ。
確か、放課後練習の後はいつも緑間と一緒に帰ってるらしい高尾が
時間が時間だから家の近くまで送っていくと毎回言うものだから毎回断って、
でも結局は高尾に押し負けて毎回一緒に帰る事になって。

そんなやりとりが続いているうちに
練習後は高尾と緑間と三人で一緒に帰る、という習慣がいつの間にやら出来ていた。


「うーん」

「………」

「高尾、遅いねー」

「そうだな」


「…………ふぁあ」

「…眠いのか」

「…ん?ああ、今日体育でめちゃくちゃ走ったからね。もうくたくたで」

「そうか」


「そっちのクラスってもう走った?」

「いや、まだだ」

「そうなんだ。あ、そういやウチのクラスが最初だったんだっけ。
もうウワサで聞いたかもしれないけど
体育で走るやつ、男子は半周プラスでさらに運動部は1周プラスだって」

「………」

「大変だね、男子の運動部員」


そう言いながら同情めいた視線を上げると、
予想通り初耳だったらしい緑間が静かに眉間に皺を寄せているのが見えた。
地味にすごく嫌がっているその表情に思わず噴き出してしまった。
なんだその地味な表情変化。意外と面白い反応するんだな。
笑う私へ不審そうな視線を送ってくる緑間に小さく何度か謝っていると、
遠くから人の足音が聞こえてきた。来たか、と私と緑間はその音の方に視線を送る。

曲がり角から現れた高尾らしき黒い人影を確認して私と緑間が動き出すと、
その黒い人影は大きく手を振って「悪い、先生と話し込んじゃったわ!」と声を上げた。
駆け足で寄ってくる高尾に、手をひらひらさせて「おかえりー」と返す私とは対照的に、
緑間は何も言わず無表情で高尾を一瞬見やり、そしてそのまま歩き出した。
高尾は一歩先行く緑間を追いかけて「悪かったってば、真ちゃん!」と言いながら
どこか慣れたようにその肩をバシバシと叩いている。

仲が良いかはともかくやっぱり二人の相性は悪くないんだろうなと
二つの後ろ姿を見ながらぼんやり思っていると、
ふと思い出したかのように高尾が「あ!そうそう!」と大声を上げた。


「オレ、超重要な情報貰ってきたんだぜ!
なあ真ちゃん、明日の体育がマジでヤバいって知ってる?」

「運動部の男子は一周半プラスなのだろう」

「うえぇえ!?えっ、真ちゃんなんで知ってんの!?」


緑間の言葉に本気で驚いたらしい高尾は、マジかよ…!オレよりも先に…!?と慄いた後、
「真ちゃんがオレより先に情報を持っているなんて…」と膝から崩れ落ちた。
緑間はそれを見下ろしながら少し誇らしげに「当たり前だ」と声を張った。

そのショートコントを見ながら、色々な意味の笑いに襲われていると、
斜め前の緑間が私の方を微かにチラチラと気にしているのが分かった。
え?ああ、なるほど。『言うな』ってことかな。了解了解。
ちらりと緑間を見上げ、右手を動かしかけたところで私は一瞬思案した。

緑間に向けて動かしかけたその手は床に転がっている高尾の方へと差し出し、
そしてもう片方の手で緑間の背中を、ぽんぽんと軽く叩いた。


「ほら帰ろ帰ろ、二人は明日に備えないと」

「オレ今、体育の先生から直で聞いたんだぜ!?」

「はいはい」

「お前はわかんないのかよ!この、オレのこの感情が!」

「わかんない」

「わかれよ!」


相変わらず無茶なことを言う、と思いながら高尾の隣を颯爽と歩く緑間をちらりと見上げる。
さっきまでの意識的なそれとは違って、無と例えるのが相応しい背中だ。
どうやら私のアクションで意図が通じたらしい。
本当は親指でも立てようかと思ったけど、高尾って後ろに目があるのかってくらい目ざといし
気付かれてしまいそうで。でもこれももしかしたら気付かれてるんじゃないかな。

そう思いながら緑間の隣で延々とくだをまく高尾に視線を送って、そして小さく頷いた。
真ちゃんに情報収集で負けるとかショック過ぎるからオレ明日学校休む!とか叫んでるので、
どうやら気付いてはいないらしい。良かった良かった。
そして緑間は、そうかズル休みだと体育の先生に伝えておこう、と淡々と返している。

だけど、やっぱり仲も良いのかもしれない。
不思議な掛け合い漫才を後ろから見つめながら、私は目を細めて頷いた。


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