「…高尾と仲が良いようだが」

「ん?中学が一緒だったんだ」


とある日の放課後。放課後といってもとっぷりと暮れてしまった夜の時間。
いつものように練習をする彼をいつものように熱烈傍観していた私に、
練習の合間にタオルを取りに来たその人がふいに話しかけてきた。

私の答えを聞いて、「それは知っている」とどこか興味なさげに呟きながら彼は汗を拭いた。
それ以外で一体どう答えろと、と思いながら彼の後ろに見えるゴールをぼんやり眺めていた。

しばらく彼の居残り練習に付きまとってなんとなく分かったのは
彼はシュートをしていない時も常にキラキラしてるスーパーマン、というわけではなく
オフモードのその人は、それなりに大人しくてそれなりに気難しそうな普通の男の子だった。
会話の言葉が最低限であるのと、どことなく気難しそうな表情と
とっつきにくそうな雰囲気を醸し出しているのは私限定の対応なのだろうと思っていたけど、
上級生や高尾とのやりとりを見る限り元からそういう人物のようだ。

そしてその高尾とのやりとりを見るに、不思議と高尾との相性は悪くないらしい。
高尾の構い癖が意外と良い方向に噛み合っているみたいだ。
それはどうなんだ?という言動が互いにあるけれど、
なんだかんだでいつも一緒に行動してるのを見る限りそれなりにウマが合うんだとは思う。
クラスも同じだって言ってたし。


「今日も残るのか」

「一応、そのつもり」


再び話しかけられたので、適当に言葉を返しながら声の主の方を見上げる。
今の私は読心術が使えるかもしれない。「全くもって不可解だ」。
多分だけど彼はそう言ってる、そういう表情で私を見下ろしている。
無表情だけど案外分かりやすい顔をするんだな、とかぼんやりと考えている間に
彼は踵を返してゴール下へと戻って行った。

その彼の動きを見て、反射的に私の背筋が不思議と伸びる。
もう私はその後ろ姿に視線を奪われている。
なんでだろう。ボールを持ってゴールポストに向かっている時の彼と、
そうでない時の彼は全く別の人間に見える。
「変わらないと思うけどなあ」って高尾は言うけど、むしろ私はその発言に首を捻る。
自分でもよく分からないけど、今の彼とさっき言葉を交わした彼は完全に別人なのだ。

そんな風に私がいくら説明しても
未だに高尾はリアルの緑間本人に恋をしていると勘違いしている節がある。
何を隠そうその目がそう言ってるんだー、って言うけど
そりゃあの技術に心底惚れこんでるんだからそれは当たり前だと思う。

スポーツ選手のプレイに惚れ込んで、その本人にもキュンキュンしてしまうとかいうのは
現実ではよくある感情の流れだとは思うけど、
現在の私に於いては全くもって適用化されていないので
その持て余したキューピッドの腕は余所で発揮してほしいところだ。


ただ私は、
シュートを打つ体制に入る彼の姿勢、身体の動き、しなり。
その彼の手から放たれたボールの軌道と、定められたかのように吸い込まれていくボール。
勢いよく擦れる音に波打つネット、ゆっくりと回転しながら床へ落ちるオレンジの球体。

彼が引き起こすそれらに、どうしようもなく心を揺さぶられているだけだ。
私の熱意は変態的なのかもしれないけど、彼の技術そのものが変異的なそれであるから
私のようなイチ凡人がこうなってしまうのも仕方ないんじゃないかと思う。

そもそも緑間本人に、なんて言われても反応のしようがない。
先ほども言ったように、ゴールに向かっている時の緑間と
そうでない時の緑間は私の中では全くの丸っきりの別人で、
彼がシュートをしている時以外は無意識に彼への執着スイッチがオフになるので
そうでない時の緑間には単なる同学年の男子、とかそれぐらいの感想しか持てない。
そもそも顔もよく見たことない。というか基本的に見える位置に無い。

そしてその緑間自身に私があまり好かれていない、ということはなんとなくわかっている。
あの無愛想な眼差しが「またコイツか」と雄弁に語ってくれるからだ。
まあどう捉えてもストーカーとか熱狂的なファンとかの部類ではあるし、仕方ないと思う。

そんな存在になってしまう程に、彼から放たれるシュートが好きだ。
いくら見ても飽きる事はない、多少慣れる事はあっても飽きる事なんて有り得ない。
日常の中、ふとした時に思い返しただけで
時間を忘れてぼうっと浸ってしまうくらい、どうしようもなく心を奪われているのだ。


私に背中を向けている、つまりゴールに向かい合っているあの人が
ボール籠からバスケットボールを一つ取り出す。それだけで胸の鼓動が高まってしまう。
その人はボールの感触を確かめるように両手で掴んで、
ゴールに視線を合わせて、膝をゆっくりと曲げて、

その先を知っている私はもう目が離せない。

あのボールも当たり前のようにゴールに入っていく。
格好良い。本当に、どうしようもなく好きだ、あのシュートが。

夜の体育館。明るく照らされた、広いこの場にいるのは数人の部員。
それを隅っこでぼんやりと呆けながら見つめる私。
今日も私の一日が、時間が過ぎていく。


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