高校生活一年目の夏、私は夜の体育館に向かうことが日課になり始めていた。

特に部活に入っていない私は、教室や図書室で適当に時間を潰して
彼が居残りをしているであろう時間帯になった頃に体育館へと向かう。
どうやら毎日残っているわけではないみたいで、
今のところは半々の確率で彼の居残りに遭遇している。

最初の数日は、私が体育館の入り口に突っ立っていると
他に残っている部員が視線をちらりと寄越したり
私に気付いて軽く手を振った高尾の傍に寄っては何か小声で問い詰めていたけれど
どうやら高尾が何か上手く言ってくれたらしく、
とある頃から長身で強面の先輩が「突っ立ってないで入ったらどうだ」とか
「今日はアイツらもう帰ったぞ」と声をかけてくれるようになった。

今では体育館に入ると「あ、来たのか」程度の視線が来たり来なかったり程度なもので
私の存在はすぐにスルーされるようになった。
ありがとう高尾。それに他の部員が優しい人たちで良かった。


この間、高尾に教えてもらって驚いたのはこの学校がバスケの超名門校だということだ。
入試の時にスポーツ推薦枠があるってことは知ってたけど、
自分には全く関係のない話だったから、スポーツで来る人もいるんだなぐらいの認識だった。

「まあ、だからこの学校に来たんだわ」なんて高尾は笑いながら言ってたけど、
比較的登校しやすく適当な学力だったから進学しただけの呑気な私とは違って、
その笑みの裏にこの学校を選んだ強い信念を感じた。

その高尾曰く色んな意味で死ぬほどキツイ、という部活が終わった後も
さらに個人で練習重ねる人は少なくない、らしい。
けれど私が行くような遅い時間まで体育館に残って練習しているのはほんの数人の上級生だ。
そこに時たま緑間と高尾の二名が加わっている。
二人ともいなくて、上級生の人たちに見送られながらとぼとぼ帰る日もある。

でもどうやら今日は二人とも居残り練習をしているみたいだ。
一人で黙々とシュート練習をする緑間と、一人で何かの練習をしている高尾を確認して
よかった今日はしてた、と胸を撫で下ろしながら体育館の隅に座り込んだ。

それにしても、二人とも一年生で唯一のレギュラーというだけでもとんでもないことなのに、
周りの上級生と同じように残ってまで練習をするというのは本当にすごいと思う。
私がここに顔を出し始めてから、緑間と高尾以外で一年生らしき人間を見たことない。
そこまでの努力が出来るからレギュラーとして選ばれているのかもしれない。

緑間は一人で黙々とシュートを打ち続けている。時間という概念もなくただ黙々と。
高尾はそんな緑間を気にかけてちょくちょく視線を送っている。
もちろん緑間は全く気付いていない。
緑間に負けじと練習をする高尾は、普段のお調子者も鳴りを潜めて真剣そのもので。
何か信念を感じる高尾の必死さに目を奪われ、息を飲む事もしばしばだ。

高尾は運動神経が良くって中学の時もバスケ部だったのは知っていたけど、
強豪校で1年スタメンレギュラーになるくらいの選手だとは思わなかった。
裏でこんなに真剣に頑張っていたってこと、知らなかった。
お調子者だけど自分の芯はしっかりある人間だとは思ってたけどその芯はここにあったんだな。

膝を抱え込んで座りながらいつものようにぼうっとしながら見つめていると、
汗だくの高尾がTシャツの襟で顔を拭いながらこっちに近づいてきた。
何かの拍子に先輩が体育館からいなくなったりすると
自分の練習の頃合いを見てこんな風に高尾が話しかけてきたりする。


「なに?今日はオレに惚れちゃった感じ?」

「んー?見てたの分かった?」


「そりゃあんな熱視線送られちゃーねー、
これを受けながら練習こなせる真ちゃんすげえわ」

「ごめん、練習の邪魔をするつもりはなかったんだけど」

「ウソウソ、そっち見た時に珍しくオレの方を見てたからさ。
つうか黙って見てんならーとは言ったけど、お前ってマジで黙って見てんのな」

「だって、それはそうだよ」

「ホントに、物音ひとつ立てないでじーっと見てんだもん。
先輩達も最初は不思議がってたけど、お前が馴染んでんの見て何も言わなくなったし」

「馴染む?」

「壁と」

「ああ、そう…」

「マジで存在感ないし微動だにせず佇んでんだもん。
お前アレだよ、なんかそういう石像みたいな感じで」

「なにその地蔵系女子…私ホラーじゃん…」

「じっ、地蔵系!地蔵系女子とか!ヤッベ、ツボ入った……!」


「あー、改めて言われると私ほんっとストーカーだよね…」

「なんで?別にお前いてもイヤな気分しねーよ?
そうやって大人しく黙って見てる分ならなんとも思わねえし」

「…高尾は優しいねー」

「えー、今更ー?
つうか、緑間の練習ならともかくオレの練習なんか見ても面白くないだろー?」

「ううん、高尾もすごいんだなって思いながら見てたよ」

「…"もぉ"?
え、お前ってオレがバスケしてるとこ見たことなかったっけ?」

「体育のバスケでは見たことあったけど、
裏でもこうやって地道に頑張ってるのは知らなかったから」

「そっちかよ、…お前って結構わっかりにくい表現するのな。
ま、ここでやってくにはそれぐらいしなきゃだしな?
でも緑間信者のお前が同列で語ってくれたってのはちょっと嬉しいわ」

「…頑張ってるんだね」

「ん、まーな」


高尾とは今まで普通に仲良くはしていたけれど
こういう風に面と向かってそういう真面目な話をするのは初めてで、
なんだか少し気恥ずかしくなって視線を逸らしていると
高尾も視線を逸らしながら、恥ずかしそうに頭をぽりぽりと掻いていた。

その内に視線が戻って、おそるおそる互いに目を合わせると
どちらともなく苦笑いのような、ちょっと不思議な笑みがこぼれた。


「あー…っとヤベぇ!この空気は誤解されるだろ!ライクだよなオレたち!」

「何、なんなの急に声張り上げて」

「だってお前の好きな真ちゃんそこでシュート打ってるじゃん?
変なとこ抜粋して聞かれたら困んじゃん?
っつーわけで!オレたちってばーライクだからー!!」

「声でかいよ、てかなんで緑間の話に…」

「……うるさいのだよ、高尾!」


「お、届いた届いた」

「高尾ってほんと良い性格してるよ」

「今更?まぁ届いたんならいいわ。
つかアイツまだ練習するぜ?そろそろ帰った方がいいんでねえの?時間とか」

「ん?見れるだけ見てたいから」

「おーおー、すっげー殺し文句」

「………」

「ハイハイ睨むな睨むな。オレらが責任もって送ってってやるから好きなだけ見ていきな」

「大丈夫だよ。今までも一人で帰ってたし」

「それな、先輩達がすっげー心配してたんだよ。女子がこんな遅くに一人でって。
あとこれから居残りしない日はちゃんとメールするから、分かった?」

「うー、うん」


「そんじゃ、そろそろ先輩たち戻ってくるから、また練習クンに戻りますわ!」

「ん、ガンバ」


うっし!と顔をバシンと叩いて、高尾は体育館の真ん中に戻っていった。
高尾の背中を見送りつつ、目を細めて物思いに耽る。
Tシャツを着て汗だくになってバスケと向き合う高尾は
いつもの高尾と少し違ってカッコいい。ちょっと悔しいけど。

山を成していた膝を崩してなんとなくそらを見上げると、
遥か上に鎮座している天井が私をじっと見下ろしていた。

「…バスケかあ」

私の小さな声は、誰にも届かないまま体育館の空気にしゅるりと紛れて消えた。


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