「これ、結構遅くなっちゃったんだけど」

「…あぁ、ぼくも老けたなぁ」


私が差し出した小さな誕生日ケーキを見て、なるほどくんは一瞬驚いた表情を見せた後、
そこに突き刺さっているローソクの数字に視線を移して、力なくため息を吐いた。

数字が書かれた二本の大きなローソクは、なるほどくんの新しい年齢を教えてくれている。
さすがに三十何本も挿すのはいろんな意味でいかがなものかと思い
もっと分かりやすくてシンプルなものを用意してきたんだけど、
逆にこのシンプルさがなるほどくんにはダメージだったようだ。
着火剤を袋の中から探している私の横で、
なるほどくんは哀愁を漂わせながらローソクの数字と睨めっこをしている。


「まあまあ、そりゃあ私も歳をとるわけですよ」

「まだ若いじゃないか…」

「いやいや、なるほどくん、だって……、…ほら、まだ」

「お世辞を言おうと思ったなら最後までやり遂げてくれないかな…」


どうやら私のへたくそなお世辞が新たなダメージを生んだらしく、
なるほどくんは真っ青なその背中をアルマジロのように丸めながら、
「このところスッキリ起きられなくなってきてさ…、嫌でも歳を感じてるよ」
などと切なそうに呟いている。


「…あの、ごめん、来年はちゃんとローソク挿すから、三十数本」

「何の儀式だよ、ぼくの事務所を燃やすつもりか」

「なるほどくんが一瞬で吹き消してくれるから大丈夫だよ」

「…そのなるほどって、ぼくのことじゃないだろうな」


「他にどのなるほどがいると…、
…あれ、マッチどこいったかな、ここってライターとか無いよね」

「無いよ、誰も吸わないし」

「だよね。―――あ、あった!」

ケーキ屋さんで貰ってきた白い紙袋に色んなものを詰めてきたせいで、
目的のものが紙の底の底に紛れ込んでしまっていたみたいだ。
紙袋の底からマッチを拾い上げて一安心していると、
ふいになるほどくんが真面目な声色を発した。


「ありがとう」

「ん?」

「たまにはこうして感謝の気持ちを言葉にすべきかなって思って」

「珍しいね、なるほどくんにしては」

「自分でもそう思うよ」


「それじゃあ、私も、ありがとう」

「どういたしまして」


今更ながら、互いに互いへの感謝の気持ちを確認した後、
私は、ケーキに押し込んだローソクへ火を乗り移らせていく。

今更だから感謝の気持ちが素直に湧き上がるんだろうな、と思いながら、
"3"の頂にマッチを近付ける。
そう感じることが出来るくらい、私はなるほどくんと、
それはずっと隣に居たわけじゃないけれど、たくさんの月日を過ごしてきたんだ。
なんだか、とても不思議な気分だ。次の数字にマッチを近づけながらぼんやりと考える。

少し感傷的になりながら、役目を終えたマッチの火を消す。
机の上では、なるほどくんの年齢が、ケーキの上でキラキラとじりじりと照らされていた。
うん、いい感じだ。

そんな風に私が火を操っている間に、
なるほどくんは部屋中のブラインドを下ろしてきたらしい。
真昼間だから外からの日差しは完全に防げてはいないけれど、
それでも誕生日ケーキの雰囲気を盛り上げるには十分な、
ぼんやりとした暗さが部屋を包み込んでいた。
今日の主役はやる気が十分なようでよろしい。なんて本当の誕生日はとっくに過ぎてるけど。

少し暗がりの中、火の灯るケーキを持ち上げて、
唐突に今日の主役となった、なるほどくんの前にずずいっと差し出した。


「はい、どうぞ、…これからもよろしくおねがいします」

「こちらこそ、ってなんだか新年の挨拶みたいになってきたな」

「うん、なんかね」


「ここまで来たら、見捨てないでくれよ」

「ん? あ、うん」

「…そこは、スッキリ答えて欲しかったな」

「そこはお互いさまかなって思って」

「そっか、そうだね」


「でも、これだけ長い付き合いになったら、
ちょっとやそっとじゃ見捨てられないよ」

「そうかな、……いや、そうだね」


おそらく、今この瞬間のなるほどくんの頭の中に、
ちょっとやそっとじゃ見捨てられなくなってしまったほどの長い年月を
共にしてきた人たちの顔や名前がぐるぐるっと巡り巡ったんだと思う。
視線を宙に彷徨わせたかと思うと、穏やかに微笑み、少しして苦笑いを零した。


「私もその中にいい感じに入ってるといいんだけどな」

「それはほら、お互い様だろ」

「そこはスッキリ答えて欲しかったなぁ」

「答えてる方だと思うけどなあ…」


思い浮かべた時に微笑まれるような付き合いの方か、苦笑いをされる方の付き合いか、
それとも、また違う何かを感じていてくれるのか。
最後のは単なる自分の何年越しかの願望だけれど、でも、願望じゃないと嬉しい。

でも、例えどんな付き合いだとしても、私となるほどくんは
これからもずっとこんな感じでやっていくんだろうな、と
ゆらゆらと火を灯しているその何気ない数字に視線を落とし、小さく笑った。


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