「せっかくの修学旅行なのに…」


夜の自由時間も終わりに差し掛かった午後9時50分、わたしは口を尖らせながら
ふかふかの赤絨毯が敷き詰められた廊下をスリッパでぱたぱたと走っていた。

夜の自由時間ギリギリに先生に言い渡された係の仕事がやっと終わったのだ。
みんなと一緒にトランプしたかったのに、せっかくの修学旅行なのに、
まくら投げとかさ、コイバナとかさ あ、コイバナは昨日やったっけ。

似通った景色の中、部屋番号を頭で繰り返しながら
いくつかの扉を通り越し、自分の部屋にたどり着いた。

この係が一番楽そうだったのになー、とぶつくさ文句を言いながら部屋に入ると、
先ほどまで整然と並んでいた入口のスリッパが全て消えていた。
ん?と首をかしげながら襖を開けると、
先ほどまで部屋の中で思い思い過ごしていたみんながいなくなっていた。


「あれっ」


畳いっぱいに敷かれた人数分の布団はそのままだし、
誰かが布団の上に横になったであろう形跡もそのまま。
それに、みんなの荷物もちゃんと残ってる。
だけどその形跡を残した人々が忽然と消えてしまっていた。

もしかしてかくれんぼ?と思って押入れやトイレを見たけど、やっぱり誰もいなかった。
どうしたんだろう、みんなでどこかに出かけちゃったのかな。

この不可解な状況に、???と首をかしげながら
沢山並んだ布団の上をころころと回転していると、ふいに部屋の扉が開く音が聞こえた。

あ、誰か帰ってきた。
足をぱたぱたさせながら襖の方を見つめていると、
この部屋に来るはずのない目つきの悪い男が 襖の開く音と共に姿を現した。



「えっ!?」

「……」


「はっ、え、日吉? ど、どしたの」

「…この部屋の女子が俺らの部屋占領してんだよ」

「あ、なんだ、みんなそっちに行ってるんだ」


「うるさくてかなわない、何なんだあいつら…」

「回収に行こうか?」

「いい、枕投げするとか言ってうるさくなるところに女子がやってきたんだ
うるさいのがあっちに固まるなら丁度いい」


そっか、そうだよね。
この学校はお坊ちゃまやお嬢様だらけだけれど、やっぱりみんな14歳なのだ。
なんとも魅力的なお誘いを受けたみんなは、
きっとワクワクしながらこの部屋を飛び出していったに違いない。

あんな部屋じゃ本もろくに読めやしない…、と
苦虫を噛み潰すように呟く日吉の手には何冊か本が握られていた。
修学旅行にそんなに何冊もの本を持ってくるのは日吉ぐらいだろうなあ、と思いながら
じゃあ私もそっちに行こうかなあ、と声を上げると、日吉の眉間の皺がもっと深くなった。

「…なんでだよ」

「なんでと言われても…、みんなそっちの部屋に行ってるんだったら―――」


そう返しながら、何気なく部屋を見渡すと、
テーブルの上に何か白い紙が置いてある事に気が付いた。
さっきまではこんな紙なんて無かったよなと思いながら
這い這いしてそのテーブルに近付くと、
それは同室のみんなから私へと宛てられたメッセージで、
その紙には「ちょっと男子の部屋に行ってくるね!後からおいで!!」と書かれていた。


「あ」

「なんだよ」

「私宛の書置きがあった、…後からおいでって」

「行くのか」

「…ていうか、日吉はあっちに帰らないの?」

「ああ」

「んー、じゃあ行くのやめようかな、このまま日吉を女子部屋に一人にしていくのは可哀想だし、
…それにこれから外に出るのはちょっと危険だと思うんだよね」

「危険?」

「さっき先生たちの部屋に行った時、もう少ししたら見回り始めるって言ってたから」

「…チッ、じゃあ俺もバレるか」

「チェックは部屋の消灯確認と声かけだけって言ってたから、部屋を真っ暗にしてたら大丈夫じゃない?」

「なら、大丈夫か」


「でも空になってるってわかってても女子部屋にやってくる度胸はすごいよ」

「誰も居なかったらただの空き部屋だろ」

「同じ状況でも私は男子部屋に行く勇気はないよ…、
ていうか他の男子部屋は?鳳くんとかテニス部の友達は近くじゃないの?」

「鳳は階が違うし、階段もエレベーターも先生の部屋の前を通らなきゃいけない」

「あ、鳳くんたちは他の階なんだ」

「あぁ」


「でも日吉がいなくなったら同室の人が慌てるでしょ、誰かに言伝してきた?」

「出てくるとは言ったけど、俺一人いなくても誰も本気で慌てないだろ」

「なにそれ」

「別に変な意味じゃない、みんな浮ついてるから」

「ああ、確かに」


逆に修学旅行で浮つかない日吉がどうなのだろう。
手元で握られている本もなにやら複雑怪奇なタイトルばかりだ。

学校の時と変わらないいつも通りの日吉は、お風呂から上がってそんなに時間が経ってないようで
いつもはストレートでしなやかな栗色の髪の毛は少しだけふわふわしている。
これはちょっと珍しいなぁと思いながら、その髪の下に鎮座している日吉の鋭い目に視線を下ろし、
いつも通りの鋭い目に、…あれ? いつものキツイ眼差しが少しだけとろんとしている。


「…日吉、寝る?」

「は?何でだよ」

「だって眠そうだよ」

「、別に」

「ねえ、そっちのはじっこのところ
私が使う予定だった布団だから寝ていいよ、まだ使ってないし私は他の布団で寝るから」

「……、ああ」


やっぱり眠かったのか大人しくふらふらと奥の布団に向かっていく日吉を横目で見ながら、
私はのろのろと立ち上がって部屋の電灯スイッチに向かう。
そしてもぞもぞと布団に潜り込んでいる日吉の物音を確認しながら、私は部屋のスイッチをオフにする。

パチ、という音と共に部屋は真っ暗になった。
くるりと振り返って真っ暗闇の部屋の中をじいっと見渡すけれど、よくは見えない。
けれどこの空間の中であの日吉若が大人しく布団に丸まっているのだ。
普段なら有り得ないことだらけな上に、こんなハプニングまで起きてしまうんだから
みんなが修学旅行に浮ついてしまっても仕方がないと思う。

私はどの布団にしようかな、部屋の中をしばらくうろうろして、
別にそこまで悩むことでもないかと思い、一つの布団にぼふっと倒れ込むと真横からぽつりと声が聞こえた。


「…なんで隣に来るんだよ」

「えっ!?」

声のした方向を見る、けれど部屋が暗くてよく見えない。
だけど横に何か人間的なものを感じる。
どうやらうろうろしている間に日吉の真横に来てしまったらしい。


「ごめんごめん、距離感がよくわからなくて 移動するね」


西の方角から日吉の声が聞こえたので東の方角の布団へとごろんごろんと移動すると
布団一つ離れた場所から、日吉がぼそぼそと声を発した。


「嫌だとは言ってない、ただこんな広い部屋でわざわざ隣同士で寝るのかって言っただけだ」

「うん?だから離れたけど、もういっこ離れた方がいい?」

「だから嫌だとは言ってないだろ」

「…?」


東の方角へもうひとつぶん日吉から離れようとした私は
西の方角へごろんと転がった、つまり日吉の真横に戻った。


「日吉の言っている意味はこれで合ってる?」

「……」

「おーい」

「うるさいな、自分で考えろよ」

「えーと、…よし」

「おい、なんでまたそっちに行こうとしてんだ」


言葉と共に首根っこをむんずと掴まれて、私はぐえっと鳴いた。

この暗闇でよくもここまで的確に掴めるな、と振り返ると
私の首根っこを掴んでいる腕の先に日吉の顔が見え、かちりと視線が合った。

どうやら目が慣れたらしく、暗闇に覆われていたはずの部屋は
いつの間にか薄暗い空間に切り替わっていた。
どおりで日吉が私を掴めて私が日吉を確認出来るわけだ。

「読解力なさすぎだろお前」

「なんで隣に来るんだ、って言われたら普通」

「嫌だとは言ってないだろ」


「…あ、もしかして、日吉って怖がり?」

「はぁ?……さっき持ってきた本を全部音読してやろうか?」

「い、いや 結構です」

「別にわざわざ離れて寝る必要もないだろ」


じゃあわざわざ隣同士で寝る必要もないんじゃ、
と買い言葉のように言いかけたけど、やめた。

そうだよね、折角の修学旅行なんだし、
日吉だって楽しくてイレギュラーな方がいいに決まってる。
まくら投げとかみんなで騒ぎまくるのは苦手なんだろうけど、
こんな特別な行事なんだから誰かと一緒に居たいって気持ちは少なからずあるんだろう。

だけど普段の日吉だったらこんなことは絶対に言わないしやらない。
なんだ、やっぱり日吉も修学旅行に浮ついてるんじゃないか。


「えっへっへ」

「なんだその気持ち悪い笑いは」

「なんでもなーい」


それから、すっかり目が冴えてしまった私と日吉は
広い部屋の中ふたりぼっちで天井を見上げながら、くだらない会話をいくつか交わした。
ユーマの存在についてとか明日の自由行動どこに行くかとか、そんな話をたくさんした。

話題も尽きてきた頃、やっぱり修学旅行って楽しいね、と私が呟くと
天邪鬼な日吉はその事実を認めたくないのか、
どこか他人事のように、そうかもな、と小さく呟いた。
けれどその声色はその楽しさを隠しきれていなくて、
そんな日吉の無駄な努力に私は笑ってしまった。



誰よりも分かりにくくて、誰よりも分かりやすい君

そしてこの数時間後、朝一番にこっそり帰ってきたみんなに恐ろしく問い詰められる事を
今の私と日吉は知る由もない


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