「おじゃましまー……なに作ってるの」


私がいつものように501号室に入ると、
キッチンにいた乾は大量の食材を従えながらミキサーと見つめ合っていた。
ふと、そのミキサーに視線を移すとその中では紫色の奇妙な液体がぐるぐると回っていた。

そのまま一時停止していると、そんな私を見た乾は少し楽しそうな声を出しながら顔を上げた。

「俺特製のジュースだ」

「……劇薬か何か?」

「別に変なものではない、栄養のつくドリンクだ」

「いや、魔女の鍋の中身みたいな色してるんだけど」

「まあ見た目は良くないかもしれないけれど、体には良いよ」


「…あのね、小一時間前くらいから風に乗って何か不可解な香りがしてたの。
そんでこの部屋入った時にその匂いが強くなったなって、首かしげてたんだ。
…ああもう!!やっぱり乾か!また変なの作って!」

「ふむ…、今回は酢も入れていないし、
作っている時の臭いも大分抑えたつもりだったが…、
やはりまだ改良の余地があるな、そうだな撹拌する前に…」

「作業続行しない!」

「ああ、座っていてくれ、もうすぐ完成する」


あぁこれは何を言っても作業を止めないパターンだな、とがっくりと肩を落として
脱力しながらキッチンの壁に寄りかかって、
目の前で進行していく儀式を薄目で見つめる。

それにしても一体何なんだろうか、乾のこの汁物への情熱は。

いつもと変わらず淡々としてるけど、声のトーンがいつもより少しだけ弾んでる。
私にはよく分からないけど楽しいんだろうなあ、と思いながら視線を彷徨わせていると、
ふと三角コーナーに積まれた残骸たちと目が合い、そのまま無言で視線を逸らした。


「…ねえ、それって見た目はアレだけど美味しい、とかそういうの?」

「いや、…味はまだ試作段階だ、だが効果はある」

「試作段階?」

「ああ」

「…お茶を濁さずにイエスかノーで言うと?」

「…ノー、かな」

「………」


「さて、試飲してくれるかい」

「この流れでそれを言うの…」

「細かい事は気にするな、さあグイッと行ってくれ」

「ヤダ!!だって三角コーナーに魚の頭があるもん!アレ絶対入ってるもん生で」

「鋭いな」

「そこは、…そこは否定してほしかった」

「別に嘘をつく必要はないからな」


「乾くん、危険なものは他人に飲ませる前にまず自分で飲んでみようよ」

「別に危険なものではない、効果は確実にあるものだ」

「効果に至るまでの過程が明らかに危険だと思う」

「…しかし、これは自分用というよりは君用に試行錯誤しているものだからな
出来れば君に飲んで味を確かめてほしい」

「ちょっ…なんで私用にそんな劇薬を作ってるの…」


「君の栄養面を心配しているんだ、サプリメントを摂取するよりもこちらの方がいい
生野菜や果実、その他にも身体に良い食材が入った万能ジュースだ」

「なんなの、その心のこもった嫌がらせは…」

「嫌がらせとは心外だな」

「元気になってあわよくば倒れろ!みたいな」

「そんな事は考えていないが」

「その液体がそう言ってる」

「言っていないよ」


そう言いながら、ジョッキに並々注がれた毒々しい紫色の"じゅうす"を持った乾が
じりじりと近付いてくるので、私もそれにならってじりじりと後退する。

その速度で部屋の中で抗戦していると、いつの間にか部屋の角に追い詰められていた。
これ以上は進行できないと、背中にぶつかった壁が教えてくれてる。
自分でも後ろを見て、壁を見て、そして振り返ると目の前にはジョッキ、見上げると乾。

どうかな、飲んでくれないかな、と
どこか不安そうなどこか期待に満ちた表情で、ジョッキを差し出す乾と見つめ合う。


ひく、と口角が引きつる。飲みたくない、絶対に飲みたくない。
逃げるように視線を部屋の隅へと落とすと、ふいに一つの切り札が頭に浮かんだ。

勢いよく顔を上げて、目の前の逆光眼鏡に指を突き付け、
「…501号室の住民がまた変な物を作ってるって管理人さんに密告するよ」と言うと、
それを受けた乾は「…それを言われると弱いな」と言い、私の予想通りに眉を下げた。


数秒か数十秒か、そのまま指を突き付けていると
乾の手元のジョッキの中で大きな泡が弾け、コポッと小さな音を立てた。

すると、緊張の糸が切れたのか、強張っていた乾の表情が緩んだ。
ふいにため息を吐いたかと思うと「それなら仕方がないな…」と呟いた。

そして、くるりと背を向けてキッチンに戻っていったかと思うと
持っていた紫汁のジョッキをテーブルの上に置いて、
冷蔵庫からまた違うジョッキを取り出し、私の前に持ってきた。


それは淡い緑色をした何かのジュースだった。
キレイな色をしてるけど、きっとコレも何かヤバいのが入ってるに違いない。

再び警戒しながらじっと見つめていると、乾はそんな私を見て小さく笑い
そんなものじゃないよ、と優しい声で言った。



「ほうれん草にリンゴにバナナ、
その他は一般的な野菜と果物が入った、ごく普通のジュースだ」

「……これは?」

「これも、君用だ」

「…魚、入ってない?」

「入っていないよ」


はい、と差し出され、そのまま受け取った私が
恐る恐る、それはもう恐る恐ると口を付けてみると
予想に反して見た目通りの、果物の甘みと野菜の風味が口の中で優しく広がった。
後味もスッキリしてるし、変なものが混入された形跡は感じられない。

テイスティングと言う名の毒見を一通り終え、
しばし目の前のキレイな薄緑色を見つめ、もう一度そのジョッキに口を付けた。
緑色をしているけど青臭さはないし甘い。普通の野菜ジュースみたいだ。

ジョッキの三分の一を減らしたところで、ふと顔を上げると
どこか嬉しそうな表情で私を見下ろしていた乾と目が合った。


「一ついい?」

「ん?」


「なんで最初からこっちを出してくれなかったの」

「より効果がある方を飲んで欲しいという親心かな」

「それは崖から突き落とす系の親心だよね」

「まあ、被験者は多い方が助かるからね」

「いま被験者って言ったぞこの人…」


「そのジュースはどうかな、美味しいかい?」

「ん。」

「それは良かった、
…さて、君がお気に召さなかった方は、改良を加えて何かの時に使うとするか」

「…それはどういう時に?」

「ん?仲間内で罰ゲームをする時とかに、かな」

「やっぱり罰ゲームに出すような代物だったんだ…」

「最初からそういう代物を作ろうと思っているわけじゃないんだけど、
栄養価を求めると、どうしても味がね」

「だから、乾は極端なんだって」


「ああ、そうだ、今日は俺の家でご飯を食べないか?
余った材料が沢山あるからそれで何か作ろうと思っているんだが、
…大量の食材とミキサーがあると、やはり少しウズウズしてしまうな」

「今日は私が作る」

「そうかい?」

「作る」

乾にヤバいスイッチが入る前に、有無を言わさずに声を上げた。
今日このまま乾に食事を任せたら食材が可哀想なことになる可能性が高い。
すわった目で乾の方を見ながら、ジュースをごくりと飲んだ。

乾の料理音痴とやらは、ある程度は矯正されてきたようだけど、
未だにその根源がどうにも疼いてしまう時があるようで
ふと、栄養の暴力と言う名のアレンジに走ってしまい、
普段の立場が逆転し、私にこっぴどく叱られることも少なくはない。

無論、せっかくの材料が無駄になってしまうので、
乾のそういうスイッチがうずうずしている時は
最初から作らせないのが吉である。


「今日は、大丈夫そうな気がするんだが」

「しない」

「…そうか」


どこか残念そうにミキサーを片づけ始める乾と、
その後ろのテーブルに置かれた紫色の物体をぼんやりと見つめる。

乾って世話焼きかと思えば自身にも危ういところがあって、
大丈夫かなと心配しているとやっぱり根っこはしっかりしてるし、
はたまたこちらの意見を尊重してくれてると思いきや、ヤバい物を飲ませようとする。

型に嵌ってるようで、嵌っていないようで、やっぱり嵌ってる。よく分からないやつだ。

まあ、でもなんだかんだ みんなそんなものか、と思いながら
残っていたジュースを一気に飲み干した私は
空になったジョッキを持って、シンクで洗い物を始めた乾の傍へ ゆっくりと近付いていった。


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