今日も図書館に彼は現れる。

たくさんの人為で織り成される無音がしんと響き渡るこの図書館に
彼はいつものように何冊かの本を片手に現れ、私もいつものように彼を目で追う。


この時間が私と彼の唯一の接点だけど
接点といっても同じ空間にいるってだけだし、
朝の風紀委員の風紀チェックも接点といえば接点だけど、
あまりチェックに引っかからない人間としては
あれを接点と呼ぶには少し厳しいものがある。

仮に引っかかるような格好をした所で真田君に怒鳴られるのがオチだ。
あれはとても恐い。


彼が当たり前のようにカウンターに近づいて本を返す、その動作を目視するたびに
どうして私は図書委員にならなかったのかと後悔でいっぱいになる。

なっていたら、もしも図書委員になっていたら、
毎度毎度色んなめくるめく彼とのやりとりと想像をするものの
最終的にはため息で現実に戻ってきてしまう、だって現実はそうじゃない。

なんで私、生物委員になったんだろう。
確かに生物は好きだけど、それはそれで満足はしているんだけど、
でも他のどの項目よりも群を抜いて後悔してる一点でもある。


カウンターに背を向け、本棚の群に歩み始める彼を確認して、
見つめているのがばれない様に、慌てて手元の小説に視線を落とす。

最初の頃は、ガンガン見つめていたために一度視線が合ってしまった事がある。
軽くむせたフリをしてなんとかやり過ごしたけれど、
しばらく心臓のバクバクが止まらなくて生きた心地がしなかった。


(あ、今月の新作図書にミステリー小説いくつか出てたよ)と心の中で声をかける。
もちろんそんな一方的な素人テレパシーが届くわけもなく、
彼はいつものように【ミステリー小説】の札がかかった棚の間にすっと入っていった。

彼が視界から消えた事を確認してから、
むくりと頭を上げて彼が今居るであろう棚の辺りをぼんやりと見つめる。


好きになった頃には接点が消滅していた。
隣のクラス同士だった去年が接点の最盛期だったと思う。
体育も彼のクラスと合同で行っていたし、
先生に頼まれて一時的に生徒会のお手伝いもどきをしていた時は
男女テニス部に資料やらを持っていった事も何度かあった。

私の事は知っていてくれるとは思う、名前までは知らなくても、きっと多分。
あの頃はそんな事一切気にしていなかったのに。あの頃に戻りたい。


3年になって彼はA組へ私はI組に、遥か遥か遠くに離れてしまった。
彼と同じ風紀委員はおろか彼と接する事が出来る図書委員にもならず、
先生が生徒会のお手伝いを頼んでくる事も、もうない。

彼のクラスに親しい友人もいないし、
言い方は悪いけど友人をダシに近くへ接近、なんてこともできない。

さらに悲しいかな、親しい友人は私のいるI組付近にほぼ固まっているために
彼のいるA組どころか彼がいる方面に行く機会すら皆無で、
仮にいたとしても、A組方面へのクラス間移動だけで
短い休み時間の大半を消費してしまうに違いないけども、
けれど今よりは少し違った気がする、多分、きっと。


カバンからちらりと見えている教科書の端、
私の名前の横に表示されてるクラス表記のIが視界に入って、
無意識に唇をぐっと噛み締めた。何でこんなに遠いんだろう、なんで、こんなに。


パラリ、と次のページをめくって、そして視線を本から外した。
ニスでコーティングされた机の木目の一点をぼんやりと見つめながら、
どうしようもなくため息をついた。だって、本当にどうしようもない。

今の私と彼に接点なんてない、強いて挙げるとすれば今この時間だけなのだ、本当に。
この時間の存在はすごく嬉しい一方ですごく苦しい。

同じ空間にいるのに、同じ空間にいるだけなんだ。
どうやって親しくなればいい?声をかける?どうやって?何を?
ミステリー小説好きなんですか?なんでそんなの知ってるのって思われる?
去年隣のクラスでしたよね?それがどうかしたの?
ねえ、何がきっかけになるの?何が、何が、
ああもうなんで私あの時図書委員にならなかったんだろう。


ぐるぐる木目をぐるぐる心理で見つめる、どんどん気持ちが落ち込んでいく。

はぁ、と途方にくれたため息をついたと同時に、
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼が棚の間からすっと姿を現した。
お話したい、近くに行きたい、何で彼はあんなに澄んだ空気をまとっているんだろう。

本を二冊程、手に抱えた彼は長い足でてくてくと歩んでカウンターに向かい、
図書委員の男子が白くて小さい紙を彼に手渡す。
それを受け取った彼は身体を曲げて、貸し出し記録に文字を綴っている。


そんな彼の背中をじっと見つめる

苦しくてせつなくて、どうしようもなくて顔が歪む。
心臓がぎゅってなって、切なくてくるしくて、
彼を見ていると呼吸の仕方を忘れてしまいそうで、このまま息絶えてしまいそうで
なぜ私はここで彼の背中を見ているだけなんだろう、

こんなに好きなのに どうして私は動けない?


図書委員に会釈をして出入り口に向かう彼を確認しながら、
彼が来るたび進まなくなる小説、の数ページ前にしおりを挟んだ。

彼が来るたびに開いて彼がいる間だけさも読書をしているかのように
まあ正直手持ち無沙汰気味にページをめくっているだけの
この本の内容なんて何一つ頭に入らなくって、
進むも何も最初から同じ場所で止まっている。

この推理小説の中では被害者はずっと血を流し、目撃者はずっと悲鳴を上げたままだ。
一ヶ月も前からこの推理小説の時は止まっている。犯人はまだまだ捕まりそうにない。

これは以前彼が読書家の生徒代表として、
何人かの生徒と共に図書新聞でオススメしていた推理小説だ。
迫る貸し出し期限も含めて、このままじゃいけないとは思うのだけれど
私の時も小説の時も動く気配は、無い。


私がなんで、と悲観するものは全て既に決められている現実ばかりで
それに対して駄々を捏ねているだけだと分かっていても、
口から出るのは疑問符ばかりで

声をかけないのも見送るのも全て今日の自分がきちんと選択したものなのに、
今日も新たな現実を得ようとしない自分の全ての選択に後悔をする

けれど、いつもと違う選択肢を選ぼうと試みても
すぐに裾を引っ張って諦めるのも自分自身で、
進みたいと思っていても、私の全精神が停止を呼びかけている。
なんてひどい矛盾だ。


そんな事ばかり繰り返して、その状況に甘んじてるなんて、
もしかして実はそんなに好きじゃないんじゃないの?なんて
自分にカマをかけた瞬間、自身から四方八方に浴びせられる罵声。
、わかってる、わかってるよ自分が。一番 自分の気持ち、わかってる。 なのに、


扉の向こうに消えていく彼の背中を見送って、私は今日もまた後悔をする。

ああ、今日ももう接点が消えていく


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