睡魔との闘いでもある国語の授業が終わってすぐの休み時間、
飲み物を買いに行った私がバナナオレを片手にクラスに戻ってくると
先ほどまで何ともなかった私の机にとある異変が生じていた。

私がそれに気が付いて眉を顰めると、
その異変はどうしたのとでも言うような表情できょとんとこちらを見つめた。

「…なにしてるの仁王」

「んー、なにもしとらん」

「…いや、邪魔なんだけど」

「お前さんの席が一番ぽかぽかしとる」

「お前は猫か」

「猫は喋れんじゃろー」

「そういう話じゃなくてね、
ほらどいて、次の授業の予習するんだってば」

「聞こえーん」

「…どいて」

「行かーん」

「ど、い、て!」

「なーに言っとるかわからーん」


「…あのですねー、どいていただけないでしょうか」

「ここは暖かくて気持ちがいいのう、良い場所を見つけたナリ」

「屋上行ったらもっとぽかぽかしてて暖かいんじゃないかな」

「サボるのはよくないぜよ」

「………(サボり魔が何を言う)」

「何か言ったか?」

「いえ、何も言ってないですよ
ていうか私ね、次の数学絶対当たるんだ
だからどいて、どいて下さい!」


「お前さんはバナナオレ好きなんか?」

「……ええ、まあオレ系は基本的に好きですけど、
残念ながら今はそういう話はしてないんですよ
仁王くんにその場所を明け渡してもらえないかってお話なんですよ」

「お前さんも大変じゃのう」


机にべたりと寝そべりながら私を見上げて
他人事のような表情で同情めいた声色を発する仁王と、
仁王を睨み付けながらバナナオレを握りつぶしかねない勢いの私。
どう見ても私が加害者で悪者だ、これは一体どういう事なのだ。

焦りながら時計をちらりと見る、まだ、まだ大丈夫だ。
感情的に話しては奴の思うつぼだ、あと余計に加害者っぽく見える。

頭の中でぐるぐると巡る数学式と数学教師の顔を思考の隅に追いやり、
一つ深いため息を吐いて冷静を装いながら仁王に声をかけた。


「ねえ仁王聞いてもらえるかな、
なんかね、私の机を占領してる人がいるんだ」

「そんなヤツがおるんか、ヤな奴じゃのう」

「うん、すっごい困ってて」

「それは許せんのう、後でそいつを成敗してやるナリ」

「本当?今すぐお願い!髪が白くてプリとかナリとか言ってる人なんだけど」

「そんなヤツおったかの」

「うんいるね、私の目の前に」

「おらんぜよ」


「………」

「………プリ」

「あっのねえ!!マッキーでその頭黒く塗りつぶすよ!私マッキー持ってるよ!」

「お前さんはやさしーからそんなことできん」

「でーきーまーすー!」

「できん」

「しーまーしーたー!今しました!
私の頭の中で仁王雅治の頭の一部がマッキーで塗りつぶされました!」

「お前さんは本当にやさしー子じゃのう」

「したから、本当にしたから、今もう真っ黒だからね
でも家に帰って鏡見たらちょっとまだらになってたりするからね
もう謝っても許さないからね」

「それは怖いナリねぇ」

「ていうかもうそこ日陰になりかけてるけど!
仁王の望むぽかぽかは消滅しかけてるけど!」

「どかん、絶対にどかん」


「なんでそんなとこだけ犬のように強固な精神なの…」

「犬も喋れんじゃろー」

「だからそういう話ではなくてね、でも全体的には狐っぽいよ仁王は」

「狐か…、お前さんにしては中々の例えナリ」

「はい、しろーい狐さん、お揚げあげるからどっか行こうね」

「…それ、ただの革の筆箱ぜよ」

「お揚げだよー、ほらおいしーよー」

「…馬鹿にしとるんか」

「全力でしてるけど」

「ひどいのう…」


仁王はちらっと時計に視線を送って、仕方ないぜよと言いながら肩をすくめた。

そして勝手に私の机をごそごそと漁ったかと思うと、
数学の教科書を取り出し、どこかのページに適当にペンを走らせ
今日のしょば代だに、と私に教科書を押し付けた。

欠伸をしながら席からゆっくり立ち上がったかと思うと、
その突然の謎行動にハテナマークを頭に浮かべていた私の横をすっと通り過ぎ、
そのままふらふらと教室から出て行ってしまった。

「えっ、ちょっと仁王、もう授業始まる…!」

そんな私の声が彼に届いたのか届かなかったのかはわからないけれど、
サボりは良くないと言っていたサボり魔は当たり前のように次の授業をサボタージュし、
そのサボりギツネに散々振り回され、飲み物なんて買いに行くんじゃなかったと絶望していた私が
教師の指示で数学の教科書を開くと、そこには今日習うページの全ての答えが書かれていた。

なんなのだアイツは、嫌なヤツなのか良いヤツなのか全くわからない。


それからというもの、日差しが暖かい日の休み時間は
ととと、と私の席の傍に寄って来てはこちらをじいっと見つめるようになった。

3回に1回は私自身がそのじとーっとした瞳に屈して席を明け渡し、
もう3回に1回は彼自身が何かしらの袖の下を使うようになった。

そして今日も私は日陰のひんやりとした仁王の席に腰掛け、抹茶オレを飲みながら
日なたの自分の席で幸せそうに暖まる白いキツネを見つめるのだ。


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