いつもと変わらない朝のいつもと少し様子の違う電車内。

後続列車の遅れを待ってから発車致します、と
お急ぎの中大変申し訳ございません、と
機械的に事務的に且つ申し訳なさそうな口調のアナウンスが流れてからもうじき3分程になる。

わたしが乗る列車は停止したまま、
からだをいくつも開きながらぽつりぽつりと乗客を乗り入れながら
大遅延している後続列車の到着を今か今かと待ち構えている。

ステンレス棒に手をかけながら、ぼんやりと自分の時計、正確にはその長針を見つめていると
ふと何人もの人間が急に駆け込んできた、ような感覚が自身を襲った。

普段ならこの時刻この場所に存在していないはずの
列車を見た人間が慌てて乗り込んできたのだろう、と思って車両内に視線を送った。
けれど人がかけこんできた様子も無く、ただただ静かな車内が視界に映った。

そこで、わたしは揺れているのが電車ではなく
自分自身だったのだと気が付いた。

そうか、めまいだ。

小さくため息を吐いて、触れていた程度のステンレス棒に体重を預けて瞼をぎゅっと閉じた。
昨日はいつもより遅くまで起きてたしな。もうちょっと早く寝ればよかった。
このままやり過ごせば、めまい独特のあの脳の浮遊感はどこかに消えてしまうだろう。
そう冷静に考えたわたしは、眉間に皺を寄せながら
『がんばれ自分』『やり過ごせ自分』と自身にエールを送った。

今朝、家を出てくる時は本日の星占い1位の称号に浮かれていたのにな、とため息を吐いた。
そうだ今日は1位だったんだ、例え歯磨き粉を服にべったりつけようとも、
焼きたてのパンを床に落とそうとも、机の角に小指をぶつけようとも。

そこまで思い返して、今日のどこが1位なんだろうかと 本日何回目かのため息を吐いた。



「なまえくん?」


ふと後ろから名前を呼ばれたわたしは
パッとは振り向く、ことは出来なかったので、
ゆっくりとその声の主の方に視線を送った。

御剣さん、とその声の主の名前を呼んだものの
ステンレス棒に体を預け、顔を真っ青にして眉間に皺を寄せて吐き捨てるように呟いた様は
彼から見たらひどいものだったろうと思う。
まるでホラー映画のワンシーンだ、一瞬で彼の眉間に刻まれたその皺が全てを物語っている。


「どうした、具合が悪いのか?」

「…めまいが…でもきっとすぐ治ります」

「…駅には救護室があったと思うのだが」

「そこまでじゃない…です、…すぐ治ると思います」

「そうか、その…私に寄りかかっても構わないが」


さすがにそれは、と思いながら その言葉に顔を上げると
「辛いのだろう?」と困ったような顔で問いかけられた。

その端正な顔を見つめながら、ニ・三度瞬きをして
じゃあ、とお言葉に甘えて目の前のひらひらに顔を埋めた。
と同時に、頭上から「な……!」という声が聞こえた。
恐らくそこに行くと思わなかったのだろう。

それなら場所を変えよう と、顔だけもぞもぞと移動させようとすると
「も、もう、そのままで結構だ!」と頭ごと押さえ込まれてしまった。

そういえば何故彼が電車に乗っているのだろう。
何というか、彼は電車に乗るようなイメージがない
というか自家用車があるのだからわざわざ電車を利用する必要も無いはずだ。
まあきっと何かの理由があるのだろう。

そしてその理由について自分なりに考えていると、
鳴りを潜めかけていためまいがまた勢力を伸ばし始めたので
考えるのを強制的にシャットダウンして、彼の胸にさらに顔を埋めた。

電車が遅延してわたしがめまいを起こした結果、
彼がいつも胸元に蓄えているひらひら、
名前は分からないけれどそのひらひらはとても肌触りが良いということがわかった。

そしてひらひらから香る洗剤の匂いと御剣さんの匂いがした。
御剣さんの匂い、と言うとなんだか変態みたいだ。

1/12の日常

ふと今朝の星占いのことを思い返したわたしは
なんだかんだでやっぱり今日は1位だな、と思ったのだった


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