「痛っ」


ざわざわとみんなの声が飛び交う朝一番のホームルーム終了後、
私が突発的に発した小さな音はすぐに周りの音声に掻き消された。


痛みを感じた部分に意識を向けると、右手の人差し指に縦一本の線が入っていた。
犯人も犯行の瞬間も見ていたので間違いない。これは傷害罪でタイホである。
犯人の特徴は、薄茶色で痩せ型、恐らく業界用語でA4というサイズに該当するであろう。
その内容は学校から生徒達の親宛に向けられている所謂"お知らせ"というものらしく、
さらに生徒視点から着眼すると、別に連絡しなくても支障が無さそうな事柄が綴られている。

調査を終えた私は、つい先ほど前の席から送られてきて
今現在私の机の上にぺらんと乗っている犯人、わら半紙を睨み付けた。

学校では毎日毎日、前から後ろに色々なものが色々な時間にリレーされている。
そして、何も意識せずにごく普通にリレーに参加していた私は
突如薄い刃となって襲い掛かってきた紙に指先を切りつけられたのだった。
これは通り魔と言うべきか。なんたることだ。


紙で指を切るとどうしてこんなに痛むんだろう、と眉をひそめながら
血が滲むか滲まないかの瀬戸際で争っている右手の人差し指に視線を落とした。

じりじりとした痛みが指先を支配する。
のた打ち回るほどではないけど無視はできない痛み。けれど出血はしていない。
いっそ血が出た方が怪我した側の意識としても対応しやすいのにと思いながら、
鞄の中に眠らせていた、つい先週雑貨屋で買ったばかりの絆創膏に手を伸ばした。


絆創膏は傷を保護するために作られたもので、こういう時にこそ使うものだと分かっていても
いざ使うとなると何だか勿体無くなってしまうのは可愛らしいデザインで選んだ私が悪いのか。

デザイン性を取った私の負けか、と思いながら
指先にくるくると巻いていくと、隣から ぽそりと声がした。


「ああぁ、なんという…そんな巻き方をするなんて…」

「…聞こえてますけど」


隣の席をじろりと見ると、隣の席からちらりと見られた。

そのまましばらく見つめ(睨み)合っていると、
痺れを切らしたらしい彼が咳払いをしてから私の右手を指差した。

言いたい事は分かっている。
巻くと言ったけれども、実際は指先でごちゃごちゃと団子状になっている、
可愛らしかったデザインの原型すら留めていない絆創膏のことを言いたいのだろう。

哀れな絆創膏に同情を、そして私の不器用さに呆れているに違いない。
そうやって器用さんはぶきっちょさんを追い詰めるんだ、くそう。
これが格差社会だと私は思っている。
ちなみに柳生君の隣の席になってから一日一回はそう思っている。


「もう少し上手な巻き方があるのではないかと、私は思うのですが」

「指先に巻くのは大変なんです」

「それは分かります、ですが…、
貸してください、私がやりましょう」

「もう巻きました」


「そんなものを巻いたとは言いません、
私の絆創膏を…ほら、右手を出してください」

「いーいーでーすー、傷口が隠れていればいいんです」


「一つ言っておきますが、その巻き方のまま放っておいたら
すぐに捲れ上がって傷口が露になりますよ」

「なりません」

「なります」

「なりません」


「なり…」

「ません」


「ああもう!なると言っているでしょう!ですからお貸しなさい!」

「あーもー!なりません!これでいいの!」


ギャーギャーと小学生のように騒ぎ立てていると、
戦争の強制終了と授業の強制開始を告げるチャイムが鳴り、二人の動きはピタリと止まった。
しばらく睨みあってから、柳生君は眼鏡のブリッジを指で押さえて一つ大きな息を吐いた。

「…私の言うとおりにすれば良かったと、後で後悔するのは貴方ですよ」

「柳生君、それ悪役の台詞だよ」

「………」

私の中では戦犯扱いとなっている先ほどのプリントを机の中に押し込みながら、
隣のおせっかい完璧主義者を再び横目で睨む、と同時に
教室内に教卓の元に吸い込まれるように教師が入ってきた。


「柳生君のせいで余計ぐちゃぐちゃになった」

「それは元々です」

その後も教室内の他の会話に溶け込むようにぼそぼそと会話は続いたものの、
一つ二つと教室内の声は消えていき、私と柳生君の二つの声も姿を消し、
先ほどの大戦争など何も無かったかのように
静まり返った教室で教師は授業の始まりを告げ、
じりじりと疼くこの指先だけが先ほどの戦争を物語っていた。



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