私の家に毎度毎度不法侵入を繰り返す男の子がいる。
彼の名前は一柳弓彦、年齢は17。その年齢で検事をしているという。

夕ご飯を食べに来たり、大量の本を持ってきたかと思えば一人で勉強会を始めたり、
帰宅時に部屋の電気がついていると思ったら何故かベッドで寝こけていたりする。
奴は私の家を食堂だとか図書館だとか仮眠室だとかの施設と勘違いしているようにも思う。

ただ単に遊びに来ているのか、便利な家だと思われているのか、
それともさりげなく住み着かれているのか。さっぱりわからない。

夜になると帰っていくので、自分の家はちゃんとあるらしい。
なのに何故か彼は私の家に居付いている。
一度だけ、自分の家に居辛い理由でもあるのかと聞いた事がある。
けれど、途端に口をつぐんでしまったのでそれ以来なんとなくつっこめないでいる。


そのまま彼の不法侵入をなんとなく放置していたある日、
これ俺の!と、作りたてほやほやだと言う我が家の合鍵を嬉しそうに見せて来てくれた。
もし彼に尻尾がついていたなら、褒めて褒めて!と言わんばかりにブンブン揺れていたと思う。
そして、これがこの無邪気な青年じゃなかったら私は問答無用で警察に通報していたと思う。

呆れ顔でその鍵を奪い取ろうとしたら、こ、これ俺のだもん!俺がつくったやつだもん!
と、涙ながらに抵抗されてしまったので、なんかもう色々と諦めてしまった。
というか、何故あの状況で私が悪者になっていたのか今でもよくわからない。
勝手に人の家の合鍵を作るな。

でも彼が合鍵を持ち始めたおかげで、入ってきた時も出て行く時も
その鍵で自分の家の如くしっかりと施錠をしてくれるようになったので、
安全面と言うか、その点については まあいいと思う。

その代わり、家に帰ると奴が居た痕跡が残っていたり
帰ってきたら既に奴がいる、という状況に何度も出くわしている。
そんでもって あ、おかえりー、とか言われると どっちが家主だかわからなくなってしまう。
この子は本当にここを自分の家だと思っているんじゃなかろうか、とたまに本気で思う。

最初は弟みたいなものかな、と思っていたけれど、
段々、こいつはヒモか何かじゃないかと思い始めている。
この調子だと『なんか、ペット?』レベルにまで墜落する日もそう遠くない気がする。
まあ、どちらにしろ今のところ特に実害は無いので放っておいている。

そして今日も、彼はのっそりと我が家に現れる。


「おっす」


「ひっ …い、いつの間に入ってきたの」

「今ものすごいビクッてなってたなー」

「…そりゃなるよ」


今日は忍者のごとく、音や気配を消してこっっそりと侵入して来てくれたようだ。
そしてここ最近は侵入時に趣向を凝らしてくるから厄介だ。
おかげで身体と全身の毛が一瞬で逆立った。
手にしていた豆腐をパックごと握り潰すところだった。

そういえば前も忍者のごとく侵入してきた時に、
心臓に悪いからとこの手法は禁止させたはずだったのに、この子はもう忘れたのか。

忍者ダメって言わなかったっけ?とぎろりと睨むと、
ま、前のは伊賀流で、これは甲賀流だから…と涙目でわけのわからない言い訳をし始めた。
…ちょっと、本当にわけがわからない。彼の頭の中はどうなっているのだろうか。
つまりこれは流派ごと禁止しなかった私が悪いのか…。


彼が登場する前から開け放たれていた冷蔵庫がピーピーと鳴り始めたので、
豆腐を冷蔵庫に戻してから一旦閉めて、そしてもう一度開いた。

夕ご飯どうしようかなあ、奴が来たから今日も二人前だなあ、と
冷蔵庫内の食材とにらめっこをしていると、ずしんと右肩に圧がかかった。

右の方をちらっと見ると、私の右肩にアゴを乗せて
私と同じように冷蔵庫内とにらめっこをしている弓彦がいた。
私の肩はお前のアゴ置きではない。右肩が重い。


「さっきの豆腐は?」

「消費期限が5日前に切れてるやつ」

「しょーひ…、消費しなきゃいけない方の期限だから…、
早く食べなきゃダメな方だよな?」

「そう、それまでに消費して下さいの方の期限」

「つまり…、あの豆腐はもう食べられないやつってことだな!」

「うん、だから戻した。夕ご飯どうしようかな…」


うんうん唸っていると、スキンシップだかマッサージだかのつもりなのか
弓彦が自分のアゴでゴリゴリと私の肩周辺をほぐし始めた。犬かお前は。

肩凝ってるから解してくれてるのかなーとか思いつつ、
中々くすぐったくはあるけれど、特に払う理由もないので放置していると
しばらくした後、耳元で弓彦がぼそりと おむらいす、と呟いた。


「ん?何?」

「…何でもない」

「オムライス食べたい?」

「!」

「(…さっきのあれはオムライスのためのアプローチか)」

「で、でも俺が食べたいって思っただけだし、
お前が別に食べたくないなら…別にオムライスじゃなくても…」

「いいよ、材料もあるし。オムライスにしよっか」

「本当に!?ホントにいいのか?」

「うん、いいよ。じゃあ作るかな」


「やったー!よし、お前に任せた!俺テレビ見る!」

「………」

「なんだよその目!わ、割るよ、卵くらいは割るよ俺!」

「…いいよー、ヒモ彦くんはテレビでも見てるといいよー」

「あー、当てにしてない!当てにしてないだろー!
つーかヒモ彦ってなんだよ!俺弓彦だっての!」

「はいはい、当てにしてる、
当てにしてるからできるまでテレビ見てていいよ」

「なんだよー!ヒモって、その、アレだろ?
俺ちゃんと知ってるからな!俺、ちゃんと自分で働いてる!」

「うん、そうだね、よしよし じゃあ弓彦だ」

「俺は、最初から弓彦!」

「弓彦はかわいいなー」

「子供扱いするなってば! く、くそう、俺もう社会人なのに…
俺もう知らない!テレビ見る!卵の時になったらちゃんと声かけろよ!絶対だからな!」

「はいはい」


プンスカしながらテレビの前にずんずん進んでいく弓彦の後ろ姿をちらっと見送る。

テレビリモコンが見つからないらしく、テレビ周辺をうろうろと歩き回っている。
ちなみにリモコンは、弓彦の真後ろの机の上に普通に置いてある。後ろ、後ろだよ弓彦。
心の中で呟きながら、テレビの辺りを必死に捜索する弓彦の後姿を生暖かく見つめる。
多分この様子だとしばらくは気がつかないと思う。


検事という職業に就いているのに、勝手に合鍵作ったり勝手に侵入したりで
どう見ても住居侵入罪辺りの法律に抵触している彼だけども、
なんだかんだで彼は私の生活に溶け込んでいて、
こんなよくわからない関係も私は悪くないと思っている。

純粋で真っ直ぐで頑張り屋で可愛くてちょっと頭が弱い、
そんな一柳弓彦という青年を甘やかしているつもりだったけれど、
懐柔されているのはもしかしたら私の方なのかもしれない。

これが狙いなのか?と些かの疑問を抱きつつ、今日も私は二人前の夕ご飯に取り掛かる。


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