昔なじみの仲間と飲みに飲んで、ようやく家路に着いた午前0時半過ぎ。

我が家の鍵を人差し指でぶんぶん振りまわりながら
ふらふらと千鳥足で我が城の正面入り口まで辿り着いた私は
何故か先ほどまで振り回していた方の鍵をポケットにしまって、
実家の鍵を取り出してガチャガチャとオートロックと戦っていたところを
コンビニ帰りの乾に拘束され501号室に連れて来られ、今に至る。


「はあ…、ベッドを使っていいから少し横になりなさい」

「んー?ここ、私の部屋じゃない!」

「ああ、俺の部屋だ。こんなはた迷惑な酔っ払いを放置するわけにはいかないだろう」

「そして乾がいる!」

「まあ、俺の部屋だからな」

「そして私は断じて酔っ払いではない!正常運転!ほら、ぶううんーあは、あははははは」

「…とりあえず水を飲んだ方がいいな、ほら 零すなよ」

「んー、うんー、みずー」


「どれぐらい飲んだんだ?」

「あんまり飲んでないような、飲んだような、あんまり記憶にないような」

「…恐らく、かなり飲んだんだな」

「飲んだかもしれないー」


「どこで飲んできたんだ?」

「あ!さっきね、駅前の薬局の前に猫がいた!ミケと名付けたんだけど」

「…ああ、その三毛猫だったら俺も見たことがある。
薬局の裏の家で飼っているらしい、ちなみに名前はマルだ」

「それでね、いつもと違う細い道入ったら知らないとこに出てびっくりでね、
ぐるぐる歩いていたら大きいすべり台のある公園があってね、
そのまま直進したらうちの裏に出たの!
これまたびっくりでもーダブルびっくりだったんですよ乾さん!」

「その道なら俺も通ったことがあるな、
その公園の次の交差点を右に曲がると小さな駄菓子屋がある。
…ハア、それにしてもこんな時間にそんな所をフラフラするもんじゃない。
何かあったら、どうするつもりだ」

「あとね、あとねー!」

「…、はいはい」

* * *


「……ん、」

いつの間にか寝ていたらしい、睡眠活動にひと段落した私の瞼がゆっくりと上がった。

ぼやあとした暗い視界の中、
見慣れないようでどこか見慣れた家具の配置が視界におぼろげに飛び込んできた。
そこではたと、己が乾の部屋にいることを思い出して
程なくして先ほどの自分の醜態もばっちり思い出して真っ青になった。

あまりの恥ずかしさに、声にならない声を出しながら身悶えていると
私の動きに反応したらしく、すぐ傍から声にならない誰かのくぐもった息が聞こえた。

どうやら私がいるベッドにもたれかかって寝ていた、らしい
そんな乾が覚醒したようで、ゆっくりとこちらを振り返った。
まどろんだ様子ながらも、少しずれた眼鏡を押し上げて
「…どうした?」と掠れた声で私に問いかけた。


「あ、あのう、すみませんでした…」

「酔いが醒めたか、…先ほどの記憶はあるのか?」

「はいあります、完全にあります…すみません…」

「気にしなくていい、面白いデータも採れたしな」

「あああぁ…… はぁ、部屋戻るね、ベッド占領してごめん」

「今更部屋に戻るのも面倒だろう、今日はもうそこで寝ていいから」

「いや戻る戻る、乾その体勢で朝まではキツイよ」

「別に俺は大丈…、ふぁあ…」

「ほら、身体痛くなるよ
カギ締めたら玄関のポスト入れとくからさ、
もうわたし退くからこっちで寝なよ」


「…そうだな、ベッドで寝るか」

「うん、そうし……ひゃあああ!」

「おやすみ…」


乾が折れたのを確認してベッドから降りようとした瞬間、乾が覆いかぶさってきた。
なに、なんだ、なんだ、なにが起こった。
そのでかい図体は、私の上に文字通りがばりと覆い被さってきたのだ。

ベッドから降りようとした私の動きもろとも吸収して、
その男はそのままベッドに雪崩れ込んだ。
起き上がろうにも、乾の全体重が私に圧し掛かっていて身動きひとつ取れない。

重い!重いから!と唯一動く口で抗議の声をあげながら
突拍子も無い行動を起こした男を見上げて、そして私は盛大なため息を吐いた。
その男はすうすうと大きな呼吸で大きな身体を揺らしていた。
ものの数秒で遥か遥か遠い夢の世界に旅立ってしまったようだ。
あの、乾くん、おやすみ3秒する前にベッド上の私を認識してほしかったです。

無駄にでかい図体に抱きつかれながら、首筋にかかる規則的な寝息を感じながら、
自分の部屋と同じ構造の全く違う部屋をしばらく見つめ、大きなため息を吐いた。


自身の腹部に違和感があったので、ふと視線を送って、私はそのまま固まった。
私のお腹に乾の腕が巻きついている。なんの冗談だろうか、乾くん。
とかなんとか考えている内に、腕だけじゃなく体全身で私にしがみつきにかかってきた。
若干息苦しいくらいの圧力で、ていうか苦し、いや、これ 苦しい まさか、ころす気か。

「イヌイ、く、苦しい」と潰れたカエルのような声で呟くと
乾が ううん、だとか声のような息を吐いたと思うと、少しだけ拘束の力を緩めてくれた。
以前しがみつかれたままだけど大分楽になった。

乾の反応に味を占めた私はもう一度「イヌイ、放して」と呟いた、
けれど乾はうんともすんともしなかった。
都合の悪いことは聞こえないのか!と、自分の頭でガツンと肩に殴りかかったけれど
乾は ううん、と小さく唸っただけだった。



すうすうと眠る乾を見上げて、もう一度私は大きなため息を吐く。
もしかして、もしかしなくても、今日はここでこのまま寝るしかないのか。
というか乾、眼鏡したままだけどいいのかな。
邪魔そうだけど、フレームとか曲がりそうだけど。それ、高そうだけど。いいのかな。

まあ、どう思案しようとも私は依然拘束されたままなので
眼鏡を外してあげようにも身動きが取れないのでどうしようもない。
なんかもう、この男は私を本気で抱き枕か何かと勘違いしているんだと思う。

しかしそんなことを頭でぐるぐると考えたところで
この乾サンドから逃げられないのは、分かりきっている。
全部明日にならなきゃ、乾が目覚めなきゃ何も進展しない。

もういい、諦めた、私も寝てしまおう。これは新種の毛布だ、うん毛布、毛布だ。
アルコールも抜けきって完全に目も冴え切ってしまっているけど、
ねろ寝ろねろ寝ろねるんだ、と自分に呪文をかけながら私は無理やり瞼を下ろした。

酔っ払って迷惑かけたことは明日、きちんと謝ろう。
そしてこの圧死未遂事件のことは明日、みっちり問い詰めてやろう。


「ばかイヌイめ」


今日はきっと眠れないだろうな、なんて考えていたのは最初だけで、
目を閉じれば意外にも心地よい乾の温もりと緩やかな心音に包まれながら、
私は乾と一緒に うとうとと夢の世界に旅立っていくのだった。


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