「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

このフレーズを入学して1週間で何度も何度も聞き、ひかりは耳にタコができそうだった。仁王雅治という男子テニス部の先輩がいるらしく、呼び出されてはその人と血の繋がりはあるのかと聞かれ続けているのである。

尋ねて来るのは大体が2.3年の女子の先輩で、ファンクラブの会員なのだそうだ。物理攻撃はまだ無いが、下心のある女子の笑みほど怖いものはない。

しかし、ひかりは入学まで雅治という仁王を聞いたことも見たことも無かった。珍しい苗字が一緒だからといって血が繋がっているわけではない。自分の人生に急に現れ華々しい新入生としての生活を間接的に阻害してくる"仁王雅治"に対してひかりは相当にイラついていた。



「1年生の仁王ひかりさんはいらっしゃいますか?」

ある日クラスの友達と仲良くお弁当をつついていると、メガネで茶髪の先輩に名前を呼ばれた。1年生のフロアに先輩が来る事はとても珍しく注目を集めている。ひかりが呑気にタコ型のウインナーを頬張っていると、隣の友達が興奮気味に肩を叩いた。

「ひかりちゃん、あれテニス部の柳生先輩だよ!」
「えぇテニス部……」
「はーいひかりはここでーす」

腕を上げさせられて、クラスメートからの好奇の目がひかりに集まった。しょうがないなと席を立ち柳生の元に向かうと、後を付いて来るように言って歩き始める。

周囲を気にして距離を取りながら柳生の後を追い、階段を登って着いたのは屋上であった。たしか生徒は入られなかった気がするが、入学式で言われた注意事項はとうに忘れてしまった。

「先輩、ここ入っちゃダメなんじゃなかったですっけ」
「屋上から転落でもされたら立海大付属の名に傷が付きますからねぇ」
「物騒な例えですね」

扉を開くと風に煽られた桜の花びらが舞ってひかりの制服に張り付いた。前髪についた分を柳生が払い、ふたりは給水タンクで風を避けるように座った。

「なんで屋上なんですか?」
「ここは俺の特等席じゃき」
「ん?」

急に特異な喋り方をしだした柳生は、みるみるうちに銀髪へと変わっていく。流れる様に変装を解いていく様をひかりは唖然としながら見ていた。結いた長い襟足が揺れる。

「見事じゃろ」
「仁王先輩、ですか?」
「当たり」

ひかりが明らかに嫌な顔をすると、仁王はにやりと笑いながらひかりの頬をつねった。

「これから、よう遊んじゃるけぇのう」
「先輩のファンに呼び出されて困ってるんですが…」
「そんなの知らん」

立ち入り禁止の屋上なので他の生徒に見られる心配は無いが、ひかりは隣に自分の学校生活を乱す張本人が居て落ち着かない。予鈴が鳴ると待っていましたとばかりにひかりは腰を上げた。

「帰らないんですか」
「もう少しゆっくりしてから」

スカートを直して給水タンクの影から出る。春風は先程より弱まっているようだ。

「じゃあ、またのう」
「もう会いませんよ」
「どうかわからんよ」

ひかりは仁王に浅く会釈をし、自分の教室へともどって行く。

「さて、連絡はいつ来るかのぅ」

ひかりが仁王の含み笑いを見ることはなかったし、わざわざタイミングをずらして帰ろうとしてくれていた事に気づいたのも5時間目が始まった後だった。



その件があってから女子からの呼び出しはきょくたんに減り、1週間経つ頃には全く無くなった。平穏な生活を取り戻しひかりは毎日楽しく学生生活を謳歌していたが、ひとつだけ気がかりな事があった。

柳生もとい仁王に呼び出された日、帰宅して制服を脱ぐ時にポケットに紙切れが入っていることに気がついた。LINEのIDと電話番号、最後に[すまんな]と一言添えてあった。

入れた人は仁王以外考えられないのだが、これは連絡をしろということなのか。最後の謝罪の一言は仁王ファンの先輩に呼び出されていた事に対してだろうが、それが止んだのは仁王のおかげなのだろうか。ならば感謝の意を自分も伝えたほうが良いのだろうか。

ひかりは自分のスマホを取り出してIDの検索をし、[ありがとうございました]と一言メッセージを送った。

すると、すぐに通知が一件。

[良い子じゃ]

まさか、とひかりが教室を出て窓から屋上を見上げると、給水タンクの影から銀髪が顔を出してニヤリと笑う。額には冷や汗が浮かび、通知の鳴るスマホを握ったまま動くことができなかった。

[遊んじゃるけえ、お楽しみに]


Q.仁王と苗字が一緒だったら
A.校内の仁王ファンに肉親かと迫られてうざいと思ってたら本人が面白がって寄ってきて気づいたら手玉に取られてる

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