ひとつのコミュニティに複数同じ苗字の人物がいる場合、その呼び分け方には様々な方法がある。中でも片方を苗字で、もう片方を名前で呼ぶのがシンプルで採用されがちである。

1年の春、真田弦一郎と真田ひかりが同じクラスになった際も呼び分けの問題が浮上したが、すぐに弦一郎のほうが真田と呼ばれるようになった。ひかりの方が気軽に呼びやすいのと、弦一郎を名前呼びするだけの勇気が皆に無かったのが理由だ。



しかし、当の真田は1度もひかりの事を名前で呼んだことが無い。

「なんで真田はひかりさんの事、名前で呼ばないの?」
「幸村までそんな事を言うか……失礼にあたるではないか」
「ふーん」

部活の要件があり、昼食を一緒に取っている真田に幸村が投げかけた。真田がひかりの事を目で追っている事くらいお見通しなのだが、全く進展が無いのでつまらないのだ。そのまま雑談を続けていると、幸村は真田の想い人が見あたらない事に気づく。

「あれ、ひかりさん教室にいないんだね?」
「昼休みは道場に素振りをしに行っている」
「なんでそんな事知ってるのー」
「………鍛錬を怠らない姿勢は評価できると思っている」
「もう真田ってば……」

幸村は軽くため息をつき、真田の腕を引いて教室を出た。幸村に逆らうと何かと恐ろしいので、真田は大人しく従う。

テニス部には縁遠い道場を覗くと、制服のまま腕まくりで素振りをしているひかりがいた。ひとりのようで、竹刀が空を切る音が道場に響く。

「幸村、何をするつもりだ」
「だって、いじらしいんだもん」

真田の背中を押し、道場の中に放り込む。バランスを取るために強く足をつくと、ドンと道場に音が響いた。集中していたひかりが振り返り、真田だと知って驚く。

「びっくりした、剣道部員かと思ったよ」
「すまん、幸村が」

後ろを向くともう幸村はそこにいない。してやられた、と思いながらもひかりと2人きりになる機会などまたとないのも事実である。

「あ、いや」
「どうしたの?弦一郎くん」
「あー、その、何だ」

好きな人を前にして精一杯の真田が捻り出した言葉は、なんとも真田らしい一言だった。


「一緒に素振りしても良いか」


数秒の沈黙の後、ひかりは弦一郎くんっぽいねと笑い、頬をを紅くする真田にも笑みがこぼれた。

「弦一郎くんって、型しっかりしてるんだね」
「毎朝やっているからな」
「え、私も朝早起きして素振りしてるよ!」



全てのやり取りを隠れて覗いていた幸村は、やれやれと苦笑い。

「もう真田ってば………でもまぁ、嬉しそうだからいっか、」

これは名前呼びになるのも時間の問題だなと思いながら、幸村は写真を数枚撮り今日の部活での小ネタを回収した。これを見た丸井や赤也が"真田が真田と付き合った"と騒いで副部長からゲンコツをくらったのは、また後の話である。

Q.真田と苗字が一緒だったら
A.真田は照れちゃって名前で呼べないので、幸村あたりにからかわれる

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