1.玉ねぎと君

私の実家兼バイト先である定食屋は、近くにある私立氷帝学園の学生に愛される昼食スポット。

坂の上にあるので、歩くのが嫌いなぼんぼん達は学食で食べられるおいしい洋風ビュッフェに流れてしまうらしい。だから利用するのは庶民派の学生がほとんどだ。

部活動がない日曜日は、お昼どきに出勤するのが毎週のお決まりである。いつものように学生を案内していくとすぐに店内は若い客で埋まり、彼らの雑談であっという間にお店は騒がしくなった。


今日はいつもよりお客さんの入りが良い。近くでお祭りでもあったのだろうか、と思いながらお冷を注いでいると厨房から声がかかった。大きく返事をし向かうと、重い中華鍋を振っていた父が汗を腕で拭いながら要件を言った。

「ひかり、玉ねぎが切れそうだから買いに行ってくれ」

「あーはい、どれくらいいるの?」

「とりあえず2ケースたのむ」

「おっけー、あとでプリンね」

いいから早く行けと言いながら生姜焼きを皿に盛る父を横目にレジからお金を引き出し、坂のふもとにある行きつけの八百屋へと走った。


本日晴天なり、太陽が雲一つない空からジリジリと私を焼いた。ケースを八百屋の外に運び出すだけで汗が額を伝う。まだ3月だぞふざけんな、と思いながら何とか抱き上げ歩き出す足取りは重い。

汗で段ボールが少し湿っていくのを持ち直しなががら歩く。おまけに前が良く見えず蛇行運転でよたよた坂を登っていたそのとき。

「おい、お前上の定食屋の子だよな」

男の子であろう声に後ろから声を掛けられた。顔を必死にそちらに向けると、女と見紛うほど綺麗な顔をした長髪の男の子がいた。黙っていれば、きっと間違えてしまうだろう。

そして自分が汗だくなのを思い出し、少し顔を赤くしてから答えた。


「そうだよ、お店来てくれた事あるんだね」

「よくそれを抱えて歩こうと思ったな」


台車とかあるだろ、といいながらそいつはケースを奪い取るように持ちあげたので驚いてわぁと大きく声をあげてしまった。バランスを崩し後ろに尻餅をついて、鈍い痛みが広がる。鈍臭いなーと笑ってそのまま歩き始めてしまったそいつの背中を追いかけた。お尻が痛い。


「ありがとう、ほんとに」

「いいってこれくらい、死にそうな奴誰も放っとかねーよ」

なんて気の利くやつなんだとひどく感動する。学校でもこんな女の子扱いされた事は無い。しかもこんなイケメンにイケメンな行動を取られたらそりゃー恋に落ちるしかないだろ!!

という妄想が頭をよぎったが、ぶんぶんと振り払った所で、この優しい少年の名前を尋ねた。


「名前だけでも教えて貰えないですか?」

「宍戸。お前は?」

「間宮ひかり!」


私が少し後ろをついていく形で坂を登る。その間は無言だ。私には初対面の人と親しく話すスキルなど無かった。

店まで到着しケースを地面にどすんと落としてからテニスウェアで額の汗を拭う姿に見とれ、ハッとしてからお礼を述べて深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました」

「おうよ、またな。次は台車持ってけよ」


さらっと手を振って坂を降っていったシシドはとてもとても爽やかだった。あのルックスでスポーツマン、女子を助ける心の広さ。さぞかしモテるんだろうなぁと思いながら、店内に戻った。


back


top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -