鮮血の迷宮、七

『ここに来たものはみな死んでいる。・・・逃げよ』
意味のあるものとして読み取れたのはこの部分。あとは不明瞭なところが多く解読できなかったらしい。
部分的にも十分に伝わるほどの、不穏なメッセージ。

しかし、原因がわからなければ何をしたらいいのかわからない。渋谷さんはとりあえず、単独行動の禁止を徹底するらしい。

屋敷の中は相変わらず鉄っぽい匂いがずっとしている。このベースと言われる部屋にいるとマシだけども。
私たちは引き続き部屋にリンさんといる。リンさんが主にするのは映像のチェック、データのまとめで、何か気になることがあればその都度アピールするように言われた。
いまのところ降霊術のときの映像と、厚木さんが失踪前に歩いていたときの映像以外、気になるところはない。オオカミ様も映像自体は興味深そうに見ているけれども、反応はしない。

そうこうしていると、夕方ごろに調査チームが帰ってきた。皆様の顔にはっきりとした疲労の色。しっかり休めないし、気もやすまらない。それにどうやら霊能者同士でいがみあい?トラブル?が発生しているらしい。ひええ。こんなところでこれ以上のトラブルは危険なんだけど、そもそもこの場所が危険であるからこそ起きたことか。
とにもかくにも、ここに集められた霊能者たちは基本的にお互いを信用していないし疑っている。五十嵐先生はどうやらこちらに好印象のようだけど。

なんだかな。なんだか、な。

改めて調査員たちが互いの報告をしていると。

「まどか!・・・あれほど、危険だから近づくなと」
「ストップ。とりあえず、中に入れて?」

つ、つよい。窓から森さんが、やってきた。

「危険なのは中なのよ」

この人ほんとすごい。鈴木さんの調査結果とこの屋敷の住人を調べてきたらしい。夜中にこの屋敷に入るなんてこわいことする。でも、屋敷の外は危険がなく子供たちの遊び場であったらしい。そういえば、外にいる時、オオカミ様はそんなに警戒していなかった。屋敷自体を気にしてはいたし入ることを嫌がっていたけど、外にいるときにはそんなに?
どういうことだろう。

「美山宏幸氏はとても目端の利く辣腕家だったそうよ」

森さんの話はこの屋敷の当主の話になる。宏幸氏が先代。彼がこの屋敷の増改築を繰り返していたらしい。
それも、遠方の業者を頻繁に変えて、地元住人との交流を禁止した上で。その時点でなんだかとってもその先代?宏幸氏ってあやしい。何かを隠しているのは確かなんだろうな。

「美山家のことを訊くと、みんな口が重いのよねえ。変人で有名な宏幸氏だけじゃなく、鉦幸氏のこともそう。あまり篤志家として慕われている、という感じではなかったみたい。慈善で財産を食い潰した変人、ぐらいに思われているのかもね」

森さんの調査の結果ではこの屋敷の元々の所有者があやしい、ということ。

オオカミ様?どうされました?

私の中にいるオオカミ様が、全身の毛を逆立たせて唸る。今はわたしが体の主導権をもらっているから表に出ないけど、驚いた。緊張して両耳がぴんとたつ。

「さやに、気になることが、あるようだな」

私の反応に気づいたのは渋谷さん。というか、もともと話を聞きながら私たちの動作を見ていた、のかな?

「さやは何に反応したんだ?」

滝川さんが私たちの前に膝をついて目線の高さを合わせてくれる。

「何が気になる。どこが気になる」

場所?ではない。オオカミ様が注目しているのは森さんが持っている、書類?もどかしく歯痒い。こういうとき、スイッチ一つでバトンタッチとかできないかな?!

「書類が気になるのかしら?いまの話?宏幸氏の話をしていたのだけど」

違う?らしい。首を横に振った。

「宏幸氏じゃない?」
「もしかして、屋敷を増改築した宏幸氏ではなく、鉦幸氏のほうが気になっているのか?」

わん!と私の中のオオカミ様が吠えた。でも、調査員たちには伝わらない。正解らしいので、私が頭を上下に振る。もどかしいな!

「鉦幸氏か。情報がまだ少ないな」
「あちゃー。財政圧迫した、としか今の調査では出なかったんだけどな」
「そうか。あのコートも、隠れ家から見つかったのであれば鉦幸氏の時代のものか」

な、なるほど?あの不吉なメッセージが先代ではなく、先先代のときに隠されていたとしたら。この屋敷のこわいもの、おそろしいものの原因がわかるかもしれない

「さやの意見は感覚的な物が多い。この二人がなんらかのキーパーソンであるにはかわりない。再度調査を」
「了解。しかし、さやちゃんはほんとにすごいなぁ」

森さんがにこやかに笑いつつ、私たちに手を伸ばした。優しそうで穏やかそうな表情としぐさなのに、どうしてだろう。こわい。触れられる前にずりずりと後退した。

「あれ?怖がられてる?」

なぜだろう。この手に捕まったら逃げれない気がする。

「調査に協力を得ることには同意したが、研究に関してはさや本人の同意はいられていない。ちなみに、研究を始めるなら僕が先約だ」
「あら残念」

よーし、森さんも危険人物に指名!この二人、さすが師弟関係よく似てらっしゃる!

「もー、二人ともさやが怖がってますよー」

谷山さんの近くに逃げ込んだら苦笑いされてうりうりと撫でられた。なんたる安心感。





次の日
大橋さんが聞き取りにやってきた。呼び出したのは渋谷さんのふりした安原さん。対面するのは鳴海さんのふりした渋谷さん。ややこしい!
渋谷さんの質問に大橋さんはわかる範囲、言える範囲で答えようとしている。
先代は、この屋敷に家族が近づくことも、興味を持つことも禁じたそうだ。

「そう言えば、ずっと以前、ぼっちゃまが、先生の息子さんがお小さかった頃、そんな話をしておいででした。どういう話の流れだったかは覚えておりませんが、たしか、お化けが出るから出ないようにするんだ、と。だから決して足を踏み入れてはいけない、と仰っていました」

渋谷さんが顔をしかめた。

「化け物が出るからでないように工事をしている、ということでしょうか。化け物が出るから足を踏み入れてはいけない、と?」

渋谷さんの質問に大橋さんがうなずく。だけど大橋さん自身も化け物とは何を示すのか、よくわからないらしい。幽霊や祟りの噂はあったけども、わからない。

「この家は先代のお父さま、鉦幸氏が、建てたのですね?鉦幸氏はこちらにお住まいだったのですか?」

ぴん、と空気が張り詰めた。調査員たちが渋谷さんの邪魔をしないように、だけど、大橋さんの話を聞き流さないように集中しているのがわかる。

「はい。元々は山荘でございましたが、晩年はずっとこちらに。お身体がお悪かったと聞いておりますので、療養なさっておいでだったのではないでしょうか。御家族は諏訪市内の本邸に置いて、使用人とお住まいだったようです」

先代はこの屋敷に管理人夫婦を置いていたがいつのまにか失踪していたそうだ。
そして、大橋さんの苦悩も伝わる。何かしらこの屋敷に危険があったとしても、今の所有者は遺言通り人が立ち入らないよう戸締りを行い、封じた。そこに若者が忍び込んで失踪したというのが2月の事件。知らぬ存ぜぬでもよかったが、最低限の道義として捜査に協力はした。なのにそこでも人が消えた。
何かしらの原因があるのかもしれないと、専門家を呼んだのにその専門家が失踪する。警察を呼んだところで、解決できるとは思えない。渋谷さんもそこには、同意した。余計な被害者を出すだけだろうと。
大橋さんとしても失踪の原因がわかるなら教えてほしいし、しかし所有者やスタッフが何か悪事を働いていると思われるのは違うと。

大橋さんが去ってから、調査員は頭を抱える。
先代、先先代の情報をある程度手に入れられた。大橋さんたちが何かを隠している、もしくは企んでいる感じは少ないと思う。オオカミ様が警戒していないし。むしろ、大橋さん自身も訳が分からなくて困惑している
何か、が起こっている。人が消えるほどの何か。でも、人が消える原因も、消えた人がどうなったかも分からない。しかも、連れ去られる人は共通点がない。自分たちも危ういかもしれない。そんな状況で、でもかれらは忠実にお仕事をしているのだ。

「ナル」

リンさんが渋谷さんを呼んだ。指し示すのはパソコンの画面。

「これを見てください」

谷山さんたちが何度も計測し直しながら導いた屋敷の構造。どうしてもずれる計測値。それを打ち込み、立体構造?にした、と。考え込む渋谷さん。うーん、数字の意味が全然分からない、んだけど。

「地下だ。空間があるのは」

地下?

渋谷さんいわく、この建物は3階建てではなく4階建て。誰も気づかないように少しずつ階段の段数などをずらして、隠し空間を作り上げた。

「何かがある。ここに。見られたくない、封じ込めたい何かが。麻衣」
「ええー。うーん、もう一回いってきまーす・・・」

うめき声をあげながら谷山さんたちは調査に出かけていった。お、お疲れ様です。なんとか密閉空間に通じる場所を探すらしい。






私たちは相変わらずお留守番。

なんだけど、遅い。

もう夕方なのにら谷山さんたちが帰ってこない。

「遅いな」

日が暮れる。夜になると危ない。ぞわぞわと嫌な感じがする。落ち着けなくて部屋の中をうろうろ、うろうろ。

「さや、落ち着け」

そう言われましても。

「麻衣たちに何かが起こっているわけでも、呼ばれているわけでもないんだな?」

そわそわそわ。うなずきも否定もできない。遠隔探知機なんて私に備え付けられていませんよ!

「お前なら本能で察するだろう。どこにいけばいいのかすら分からないのに外に出ても仕方がないだろう」

う。そうです、ね。私たちが外に出てばらばらになるほうが危険だと、渋谷さんが判断したのなら。うーうー。心臓が痛い。皆様はやく帰ってきてよう。

「ただいまー」
「遅い!」

渋谷さんの機嫌が、とても、悪い。皆様なんだか埃っぽいですね?それと、何やら大きなお荷物を持っている。四角い?
滝川さんいわく、隠し部屋から誰かの自画像を見つけたらしい。いそいそと皆で見る。文字が書いているらしい。

「花押か」
「さやは、何か感じる?」

と見られても。浦戸という言葉がでた途端に、物影に隠れていた存在たちが悲鳴を上げた。言葉にも音にもならない、恐怖、悲鳴がビリビリと伝わる。おそれの感情が場を満たす。あの紙のメッセージがより伝わった。ここで、人が殺されていた。それも、おそらくこの浦戸という人物によって。

私たちの様子から、この人物がこの屋敷で起こっていることに何かしら関わっていることを察したらしい。わざわざ隠し部屋にあったぐらいだし。あやしい!とても気になる!ということで黄色いリボンをかみかみ。

「さやの反応と言い、この自画像があった場所と言い、この浦戸という人物がキーパーソンらしいな」
「浦戸、ねぇ。ここにいたんだから、美山家の関係者なんだろうが」
「さやが警戒するのは屋敷の内部全てだ。ここにいるということはこの場所が安全というより、おそらく松崎さんの護符の効力だろう。護符が通じるということは、一連の原因は人間ではない可能性がある」
「職員や失踪者による陰謀説の可能性は低くなるな」
「さらに鉦幸という名に反応するさや。花押とはなんだ?ぼーさん」
「今で言う芸名とかハンドルネームだな」
「浦戸と鉦幸にたいするさやの反応は同じだ。関係者、もしくは同一人物か」

そんなこんな議論していたら、また森さんが夜にいらっしゃいました。毎回驚くんだけど、にこやかに登場しますね!そしてもはやあきらめたのか、渋谷さんもリンさんも何も言わなくなってしまった。お強い。

「さやもこんばんはー」

こちらににこっと笑ってくださったんだけど、なぜか背筋が寒くなってびくっと反応してしまった。いそいそとリンさんの足元にもぐりこむ。

「さや・・・」
「あれ?本格的に私警戒されている?」
「自分に危険をもたらすかも、と本能的に判断したか」
「こわがってんなあ」

無表情のリンさんにじっと見降ろされたけど動きませんよ。絶対安全地帯、ここ!どこかで他の調査団が生ぬるい目線で見てくるのを感じたけど、笑いたきゃ笑えばいいと思うのです。
接している中でわかった。安原さんの油断ならない笑顔と渋谷さんの研究者魂混在している。誰だ混ぜたの。混ぜるな危険!

「話がすすまない。まどか。調査結果を」
「了解!ええと、まず・・・厚木さんだっけ」

森さんと同様、厚木さんもこの屋敷の外に出た様子はないとのこと。
そう、か。

「でもって、美山親子のことね。宏幸氏については、昨日言った通り、あれ以上の証言は出てきてないなあ」

主に鉦幸氏について調べたそうな。

美山 鉦幸という人物の一生。生まれてから、亡くなるまでの流れが明らかになっていく。そしてその性格やこだわりまで。潔癖症では済まされない異常な行動も。その原因すらわかっていないことも。地元に住む人間からはとても怪しまれ、同時に怖がられていた。

滝川さんが、話がひと段落したころを見計らって自画像を持ってきた。

「この絵の人物。さやも気にしてるんだ。制作年から考えて、鉦幸氏の知人だと」
「あら、それが鉦幸氏よ」

あっさりと分かった。
雅号、という美山 鉦幸のハンドルネームが浦戸ということらしい。

「この屋敷で起こっていることに、この浦戸、もとい鉦幸氏が深く関わっている可能性が高い。紙幣の文字からして、人の死に関わる何かが起こっていた」

じわじわと、少しずつこの屋敷の異常が解明されていく。形のわからないものは怖い。わからないから。だけど、この場所の恐怖は、形が解明されたとしても恐れは消えないと思う。この場所は危険りもはやそれは揺るぎない。オオカミさまにとっても、私にとっても。
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