緑陵高校、神社何枚かの資料を持ってきた安原さんがこの学校で流行していたこっくりさんもとい、オリキリさまの発生ルートを教えてくれた。どうやら、美術部と一年生の間で流行りだしたのだそうだ。その結果、一年生で美術部員だった坂井口君が流行させたのだろうという話に。降霊術を生徒にさせてどうするつもりだったのか、霊能者一行はその先が見えないと頭を悩ませている。「とりあえず、もう一度構内を巡ろう。あたりの除霊はせずに」 「そうするしかないかー」 ぐぐっと伸びをした疲れたお父さん風の滝川さんが、わざわざこちらに近づいてきた。何だ何だ? 「いいか、さや。これからは絶対に一人になるんじゃないぞ。リンにつけ」 って言われても。あうん?と首をかしげる。 「なあ、これで本当に大丈夫かね?」 「不明だ」 一同からじっとりみられている気がするけど。 「行きますよ」 『わふ』 これには返事をしてついていく。危険という事で、私たちはリンさんの傍につく事になった。基本的にベースで記録をしているイメージだけど、今回ばかりは生徒がいないうちに早期解決を目指すという事で、リンさんも校内の見回りに出かけている。 歩けば歩くほど、あちこちから視線を感じる。すっごく、端的に、はっきりと、狙われている。まだ、あの黒い犬ほど強くなっているのは少ないけど。危険だ。とても。 存在としては強かったはずのあの少年が食われた。なら、次は私たちだ。かろうじてまだ、私たちの方が強いから襲ってこないだけ。力をつけ続けていけば、いよいよ襲ってくるだろう。そうなれば、事務所の人達も危険になる。 離れた方が、いいのだろうか。 神社に祭られている、神の使いすら汚した存在。神様の守護をも、食い破るかもしれない。オオカミ様をも食おうとするなんて。そんなこと、させない。 オオカミ様はあたりを警戒して、常に毛を逆立たせている。狙われているのが、分かっている。 でも、どうしよう。どうしたら、オオカミ様を、事務所の人達を守れるのだろう。 「・・・さや」 考え込んでいたら、少し先にいるリンさんに呼ばれた。あれ?リンさんに名前を呼ばれたのは初めてだぞ。 「さや」 何?そんな意味深な顔で見られましても。 「ここには、録音機器も撮影機材もありません。それを承知で、意思確認をしませんか」 こ、れは、返事が、できない、ぞ。 まさか、渋谷さんじゃなくてリンさんが、切り込んでくるなんて。じっと私たちを見るリンさん。その、髪に隠されたほうの目から、なんだか視線を感じる。 「現状この場所が危険であることは、お互い分かっていることです」 リンさんの顔が険しい。危険な現場にも行く彼が、それでもなお危険と判断している場所なんだ、ここは。 「ナルを警戒するのは当然です。彼は、あなたと意思疎通ができると分かれば、様々な実験に付き添わせるでしょう。さすがに危険な実験は控えるでしょうが、それすらあなたは望んでいない。確かに問い詰められれば私も秘密のままではいられない。しかし、それでも、あなたはあの時、私たちに応じようとした。その機会を、もう一度くださいませんか」 丁寧な、口調。もともと敬語を話す人だけど、違う。何かが違う丁寧さを持っている。 「私の右の眼は青眼です」 いつもは隠れている部位が、かきあげられた髪の下であらわになった。右目だけが青と緑が混ざり合った、不思議な色を持つ虹彩だった。 「この目は可視光線以外も見えます。左目で見たときはただの白い犬に見えました。しかし、右目で見るあなたは、赤い模様があり、ましてや霊気すら超えた神気を感じられる」 なんですと。 「あなたがとても尊い存在であることは分かります。ゆえに、誓いましょう。私の名、林興徐にかけて。ナルに秘密を伝える際には必ずあなたにも伝えると」 そこまで、言われてしまった。名にかけてなんて、秘密を破ればリンさんはとんでもないことになる。なのに、それでも私たちに、違う。オオカミ様に、対峙している。 ただ、一つ、問題があります。 「・・・さや?」 『あう?』 実は教室で走り出してからずっと、危ないからとオオカミ様が表に出ていらっしゃるんです。ちょっと途方に暮れたリンさんが切ない。うなずいたりとか、そういうコミュニケーションはオオカミ様には難しいかと。だけど、私たちが言う言葉が全く分からないわけではない。 オオカミ様、行こう。この人と一緒に。あの場所へ。 オオカミ様が一声鳴いて、進む。リンさんも止めずに後を追う。 校舎を出て、校庭をつっきって、さらに向こうの山のほうへ。人通りのない道を進んでいけば、少しずつ見えてくる錆びた赤鉄色の鳥居。近づくほどに濃くなる、重たい空気。どろどろとよどんでいる場所。リンさんの顔色も悪い。ちらちらそちらを振り返りつつ、境内の一角、土が柔らかいところを掘り起こした。 「これは」 『わん』 出てきたのは土に汚れた紙。文字の羅列と不吉な鬼の字。それだけで、リンさんは何が起こっているのか分かったのだろう。ぐっと眉間に皺が寄った。黙ったまま考察しているリンさんを眺めていると、オオカミ様が何かに気付いて鳥居を見た。 谷山さんと、渋谷、さん? どうしてここに?いや、違う。谷山さんだけど、違う。渋谷さんだけど、渋谷さんじゃない。2人とも向こう側の景色が透けている。さらに、地面に影がない。谷山さんも私たちが見えているらしく、目を真ん丸にしている。 危ない。そんな状態で、こんなところに来ちゃ、危ない。 半透明の谷山さんは、そのまま消えていった。体に、戻っていったのだと思う。じゃあ、残った渋谷さんは? 『あなたにとっても、危険でしょうに』 困ったように眉尻を下げた顔は、私たちが先ほどお会いした渋谷さんとは違う顔つきだ。彼が何を言いたいのかは、何となくわかる。でも、選んだのは私たちだから。 『お願いがあります。僕はあなたにお願いできる立場ではないけども、どうか』 うなずく前に、オオカミ様が地面を蹴った。 「さや!?」 不吉な何かを感じたリンさんも後を追ってくる。っていうか、オオカミ様の全力疾走について来られるなんて早いなリンさん!来た道を戻って私たちは校舎内に突っ込んでいった。場所はオオカミ様が分かっている。分かっているから、遠い。もどかしい。とにかく、走る。 戻ったら保健室が沈んでいた。何を言っているのか私にもわかんない。校舎に駆け込んで、右に曲がって、左に走ったらたどり着いた先は保健室。そしてその保健室が、沈んでいた。保健室の床が沈んで、さらに天井が崩れ落ちてきたらしい。巻き込まれたのは谷山さんと、彼女を助けようとした渋谷さん。とんでもなく危うい状態だったけど、本当に幸いなことに二人とも軽いけがだけで済んだ。私たちと一緒に駆け込んできたリンさんの手で、二人が引っ張り上げられて。滝川さんや安原さんたちも、衝撃に聞きつけて来た。今は青白い顔をして座り込んでいる谷山さんの近くにいる私たち。 「うう、怖かったよう、さや」 ひたすら首元をわしゃわしゃされる私たち。うんうん、アニマルセラピーってやつですね。オオカミ様も尻尾を振りながら受け入れ態勢。あ、そこもっと下、そこそこ!け、決してわんころの本能に支配されているわけではないですよ。少しでも谷山さんが癒されてくれればね、私たちもうれしくて、谷山さんも癒される一石二鳥というやつで。 「…完全に犬の顔してないか?」 「そうでんがなです」 私たちを見ながらひそひそ男性陣が話している気がするけど、気にしないよー。リンさんは約束のためか、何も言わないでくれるし。あれ?ひくり、とオオカミ様の耳が動く。 「これは、いったい」 土岐田さん、この学校の管理人が懐中電灯で辺りを照らしながら、呆然としていた。難しい顔をした渋谷さんが彼と向き合う。 「いくら何でも手に負えない。学校を閉鎖した方がいい」 私も渋谷さんの意見に同意!これ以上は本当に、生徒も教職員も、そして、ここにいる私たちも危険だ。じわじわと、限界が近づいている。大きくなった風船が、破裂してしまいそうな状態だ。破裂したら、どうなってしまうのかは私たちにも分からない。でも。 決して、良いことではないことは確かだ。 (30/70) 前へ* 目次 #次へ栞を挟む |