湯浅高校

あのあと、リンさんが体を流してくれた。石鹸で洗ってくれようとしたんだけど、それはさすがに逃げた。女性ですからね、私もオオカミ様も。お湯で流しただけだけどもふもふ度アップ。すっきりした。やっぱりシャワーは気持ちいい。そして、程よくあったまって眠くなってきた、ぞ。

「ナル」
「異常であることは分かっている。だが、問い詰めたところで逃げるだけ。答えは返ってこないだろう。ひとまず僕の部屋に置いとく」
「しかし」
「この間抜けな寝顔を見ろ。危険か?」
「・・・ですね」

き こ え て る ぞ!

とっても失礼!オオカミ様もがーん、て顔をしてる。せめて、癒される顔と言ってほしい。私はとっても癒されているから!
それにしても慎重なイメージがある渋谷さんにしては根拠のない発言だな。なんだなんだ、なんか変なの食べちゃったの渋谷さん。まぁ、寝かせてくれるならいいや。久しぶりに室内で寝れるぞ。床だけどね。でもタオルケットくれたし。

「それに」
「それに?」
「非常に興味深い存在だ。観察を続けたい」
「怖がらせて来なくなったら困る、と」
「そういうことだ」

聞こえない、聞こえていないぞ!私は寝ます、寝てるから聞こえません。



◇ ◇ ◇


さて、ホテルを出発した私たちは現在ごく普通の学校の前にいます。湯浅高校。印象としては、ごくごく普通の校舎、という印象。なのに、現在あちこちで怪奇現象が起こっており、調査を依頼されたらしい。最初は渋っていた渋谷さんも、怪奇現象の数の多さに受けることになったらしい。渋谷さんが興味を持った事案…危険しか感じないんだけど。
調査開始は日曜日。今日は木曜日。教師や生徒から情報収集していくうちに、笠井さんと言う超能力少女にたどり着いたらしい。おかしなことが起こりだしたのは、笠井さんが集会で教師につるし上げられてから、だそうで。怪談話をまとめながら原因を探っている途中なんだそうだ。

そんなこんなを教えてくれたのは、目の前で涙ぐんでいる谷山さんです。そんでもって、さっきから体をつつきまくってる滝川さんと、じとっと見てくる松崎さんと原さん、唯一にこやかなジョンさんがいる。典子さん宅で出会ったメンバー勢ぞろいしてる。

「ナルちゃんよぉ、さやがいるならもっと早く教えてくれたっていんじゃね?俺らだって心配してたんだからよ」
「昨日の夜ホテルの浴室に急に来たんだ」
「何それ?瞬間移動したっていうの?」

松崎さんが顔を歪めて言うと、渋谷さんが視線一つで沈黙させてしまった。つ、つよいです渋谷さん。谷山さんがおそるおそる挙手。その勇気に拍手!

「さやが元気って、典子さんたちに連絡した方が良いんじゃない?礼美ちゃん、落ち込んだままだと思うし」
「必要か?」
「アフターケアは大切どすよって、渋谷さん」
「とにかく、生きてて良かったぉぉおお、さやー!」
「危ないですわ、谷山さん。そのお顔も」
「なにおう!」

賑やかだ、とっても。そして飛びついてきた谷山さんの衝撃で危うく地面に潰れかけた。滝川さんが咄嗟に支えてくれた。でも、肉球は触らせないよっ。けち、てつぶやいたの聞こえてるからねそこの茶髪兄さん!
でも、心配されていたのは、わかる。申し訳ないけど嬉しい。ぶっちゃけ赤の他人というか、他犬?なわけだけど、この人たちは何だかんだで優しい(と思う。多分)オオカミ様も、どことなく嬉しそう。私かオオカミ様の気持ちが表れて、ゆるく尻尾揺れているのが分かるし。うん、ありがとう、ございます。無事です。元気です。

「そろそろ、仕事を始めます」

渋谷さんの絶対零度の声掛けに、霊能者たちについて私も校舎の中に入った。普通犬(オオカミですが)って校舎の中に入れないと思うんだけど、渋谷さんがすでに学校側に説明していたらしい。教職員には変な顔をされつつ止められなかった(なんと説明されたかは知らない。知らない方が良い気がする)時刻は昼前。授業中らしく、校門を潜ったところで物静かだ。一般的な風景。

だが、

だが、しかし!

この場所は、危険すぎると思われます皆様!!

ひたすら私の、私たちの背筋はぞわぞわと落ち着かない。見なくても分かる、背中の毛が逆立ってる。結局、嫌な感じは校舎に入って小会議室という今回のベースに着いたときも続いている。しまいには、オオカミ様が喉の奥から唸り声を出している。これは、警戒の音。そわそわと落ち着かない。ベースには二人の女子生徒が来て、いろいろ話していったあと滝川さんに送られて帰っていった。大事な話をしていた気がする。私のことも何か言っていた気がする。でも、全然耳に入らなかった。気がつけば、部屋には渋谷さんと谷山さんだけ。

昼前にやってきたのに、今は夕方。あっという間に時間が過ぎていた。薄暗い、黄昏時。逢魔が時とも言う。昔の人が魔のものに逢ってしまいそうだということで名付けられたとき。私は今までずっと部屋の隅で伏せていた。お腹を床につけて、前足に顎を載せて目を閉じて。でも、不思議と眠気は来ない。自分の両耳が常にぴんと立っているのが分かる。だからこそ、気付いた。何かが動く、気配に。

「あれ?さや、どしたの?」

渋谷さんと話していた谷山さんが、私を見る。急に私が四足で立ち上がったからだ。オオカミ様じゃない。私の意志で体が動く。同時にカタン、と天井から音がした。私が睨みつけている方角。二人も気付いたらしく、上を見る。また、音。上の階で硬いものを動かしたような。でも、この部屋は最上階だ。二人の顔に緊張が走る。部屋の電灯が暗くなった。おかしい。異常だ。危険だ。渋谷さんが腰を浮かせて身構える。私はそんな二人の前に四足で踏ん張った。
今にも消えそうに電灯が瞬く中で、見つけてしまった。天井に、ありえない、あってはいけないもの。普段から目にしていて黒くて細長いもの。でも、場所がおかしい。一つで掴めるくらいの髪が垂れ下がっていた。誰だ、こんな悪戯したの、とか思えたらいいんだけど。垂れ下がった黒髪は、どんどん長くなっていく。

「…ナル」
「落ち着け。動くな」

怯える谷山さんに、渋谷さんが的確な指示を飛ばす。薄暗い明かりが一度消えて、またついた。髪は二掴みに増えて、長くなっていた。どんどん長く、増えていく。とうとう、天井に髪の生え際が表れた。異様なほどに白い額。誰かいる。

ナニカ

イル

「…動くな。大丈夫だ、じっとしていろ」
「…うん」

普通の女子高生なら恐怖で気絶してる。というか、私が気絶したい。心底怖い。でも、それよりもここを動いちゃダメだ、目線を逸らしちゃダメだと何となく分かる。瞬きの間に頬が、尖った顎が、女の首が出てきた。というか、天井に生えている。

「…ナル。さや」

谷山さんが読んだとき。白い女の顔が開眼した。薄闇の中、白目が異様に見える。爬虫類のような目。室内を見、私の後ろを見て、とまった。薄い血の気のない唇が、ニッと曲がった。

「ナル…!」
「あれがこの学校の霊なら、何もできない。大丈夫だ。さやも、警戒はしているが、森下邸と違って唸ってはいない」

そうは言うけど渋谷さん、今は何もしてこないけど、危険じゃないわけじゃないよ。オオカミ様も警戒しているけど戦闘態勢ではないから現状維持で大丈夫だとは思う。でも、その間も女の体が下りてくる。口元に不吉な笑みを浮かべたまま私の後ろから目を逸らさない。攻撃はしてこない。でも、狙ってる。渋谷さんが、狙われている。それ以上女が下りてきたら、危ない。私とオオカミ様の間で、警鐘ががんがん鳴ってる。

そのとき、部屋の入口が開いた。誰かが入ってきた。

「ナウマク、サンマンダ、バザラダン、カン!」

頼れる僧侶の勇ましい声とともに、女の体が天井にずるっと引っ込んだ。髪の先まで天井に消える。会議室の明りが、ついた。同時に私、座り込んだ。



こ、こわかったーーー!!!



(あ、どうしよう腰抜けた。立ち上がれない)
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