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秘密の部屋からこっそり退散した後に、初めに困ったのは今後の予定。そもそも、私としてはこの日この場所この時に、ヴァルヴェルデ君に終わらせてもらうつもりだったわけで。あとの事なんて知ーらね、で考えもしなかったわけで。未だにぷんすかしている大きいヴァルヴェルデ君や。

「家族会議をしましょう、ヴァルヴェルデ君」
『…何だ』

あ、否定されなかった。なんだかうれしい。

「これから、どうしますか」
『…』

蛇だよ、蛇ですよ、蛇なのに、ため息をつくってどういうこと。

『我の事で、確認したいことがある』
「ん?」
『人語が通じることのほかにもう一つ、体に違和感がある』
「え?」

目の前で、蛇の王の、巨体が。するすると、小さく、なった。よく見たことある、ポケットに入るサイズで。本来なら、弱っているときに押し付けた契約によるものであった、その作用。今は、消えた、はずなのに。

「…どゆこと?」
『やはり意図したものではなかったか』
「全く存じ上げません」

呆けているタイミングで。

『セシル・クルタロス。いるのは分かっています。いますぐ教員室に来なさい。それとも吠えメールを送って強制的に場所を特定させましょうか』

まさかの校内放送でのお呼び出し。恐ろしい条件付きで。マクゴナガル教授、今回の件でいろいろネジが飛んでいらっしゃいませんか。私あなたがそんなはっちゃけた方とはついぞ知らず、とか言い訳しつつ。ヴァルヴェルデ君と一緒にとりあえず呼ばれた教員室へ。幸い、スネイプ教授はいまだに療養中。他の先生も手当や後片付けに奔走されていたので、私が対面したのはマクゴナガル教授だけ。そして始まる質問詰問尋問。言い訳させてもらうなら、紛いなりにも達成感に浸ってしまっていた私は、休息も栄養も足りていない私の頭で、マクゴナガル教授を前に誤魔化しきれるわけなかった。というかそもそもそんなことも思い浮かべる余地なく、洗いざらいぺろっと、吐き出しまして。次に待っていたのは目くるめくお説教の嵐。ポケットからまたため息が聞こえた気がする。

曰く、今までなぜ黙っていた、相談できなかったのか。教師は何のためにある。なぜ自分自身を捨てようとした。他に方法はなかったのか。
等々。でも、そのあと。マクゴナガル教授は大きく息をついて、私の顔を見た。

「それでも、あなたなりに最善で最大の方法を取ったのだと、私は思います。改めて、感謝を。私たちは、1人の英雄を、そうとは知らずに、孤独の中に追いやり死なせて、謝る機会を永遠に、失くしてしまうところでした」
「…セブ、は」
「生きています。ポンフリーが絶賛していました。見たことない解毒薬だと。未だ目覚めていませんが。きっと、今までろくに休息もとっていないのです。今は休ませましょう。それより、私が気にかかるのはあなたの今後です。危惧しているのは、あなた、これからのこと、一切、考えていませんね」

全部、まるっと、ありのまま、知られていらっしゃる。冷や汗も出なかった。そこで改めて計画性についてありがたい特別授業を頂きました。マクゴナガル教授だって忙しいのに。教授に忘却呪文を使ったことに、何故か泣かれてしまった。でも、否定はされなかった。

「さて、セシル」

話がひと段落したところで、マクゴナガル教授が話題を変えた。

「その、ローブのポケットにいるものを出しなさい」

逃げれるわけがなかった。

マクゴナガル先生曰く、ヴァルヴェルデ君は、一種の変身術を身に着けたのだろうと、解析してもらった。体に負担がかかっちゃいけないから診てもらったんだけど、ポケットからヴァル君が出てきたときはうん、驚かせて本当に申し訳ありませんでした。今では小型サイズの方が多い。こっちの方が便利なんだって。

そして後日改めて、Mr.MULLPEPPER’S APOTHECARYという、ダイアゴン横丁にある魔法薬専門店を紹介された。魔法も使えない、さりとてマグルの業界を知らない私にできることと言えば、使えそうな魔法薬の材料を見つけて店に売るという個人作業。マクゴナガル教授から紹介状を書いてもらうことで、この業界では素人の私でもなんとか店の人が取引に応じてくれている。今回のことで魔法薬について片っ端から調べたことが役に立った。あと、とある魔法薬学教授に、使い走りにされた記憶もないことではない。というか、それがなかったら解毒薬なんて作れません。学生時代から魔法薬学の成績は完全に彼のおかげである。言いませんけど。というかもう会いませんけど。

森の案内はヴァルヴェルデ君にお任せ。
引きこもり率では私より上のヴァルヴェルデ君に案内されるというのはすこーし、ほんのすこーし、情けない気がするけれども。

今日の収穫品を薬局で換金して、ほくほくしながら漏れ鍋に到着。現在の下宿先である。費用はホグワーツ持ち。ヴァルヴェルデ君は散歩中である。鬼のような注文が来て悲鳴を上げるけど、まだまだ駆け出しの魔法薬材料探索人。これから探しに行く範囲を広げて、宿泊費くらいは自分で出せるように!稼ぐ!

とか、勇んでいたのに。なんでかな、私の部屋の前に真っ黒いローブが見えた。踏み出そうとした一歩をそのまま180度回転。

「ロコモーター・モルティス」
「ちょっ!」

あれ、地面とこんにちはしている。足が動かない。そして今の声、おかしくない?錯乱呪文を飛ばされましたか。

「教授、どうして、ここに。あれ、なんで。え」
「それは、私がここにいることかね。それとも私が君を覚えている事かね」

全く働かない頭で言葉をひねり出し、ほとんどかすれた声で、両方と、答えた。

「忘却呪文に関しては、瀕死の状況だろうと無言呪文でプロテコぐらい唱えられる。それと、この場所に関して述べるなら、マクゴナガルは沈黙を守った。しかし、なんの指定も受けず、私好みの材料の選別、下処理をできる魔女が、いったいどこに住んでいるのか問いたいな」

こんなところで、下っ端根性が。でも、あの、あなた宛てに送ったことは無いはず。そこは、気を付けていた、つもりなんだけど。

「ホグズミードの薬局店に問い詰めた。今後も有効な取引のためにな」
「それ、脅し」
「何かね」
「いえ、なんでも」

ホグワーツの魔法薬学教授という、一番のお得意様に言われたら断れるわけがない、と、か、言えませんよええ。そういえば、私未だに地面に転がっているのだけど。

「さて」

見降ろされて、動けなくて、逃げられない。驚くほどいつものように、教授はそこに立っていた。

「この人手が足りない時期に出奔するとは何事かね」
「え」
「校舎は未だ復旧していない。教職員も足りない。何もかも足りない。そこに、都合よく用務員補佐が悠々自適に過ごしているという噂を聞きましてな」
「う」
「試しもせず新薬を使用し、患者の意識を消失させるとは」
「い」
「薬学を扱うものとしてはなはだ情けない」
「あ」

じろり、と睨まれた。

「何か言いたいことはあるかね、セシル・クルタロス」
「セシル・クルタロス、今すぐ荷物をまとめてホグワーツに戻りますであります」
「よろしい」





とりあえず、今すぐに出発は出来ないので、部屋の中に招いて、机に座ってもらって、簡易キッチンへ。湯を沸かして、その間にヴァルヴェルデを呼ぼうと家の外に出た。教授は無言で、見送った。

そう、いるんだ、今、この部屋の中に、真っ黒いローブを来た、セブルス・スネイプが。
あ、まずい、足に力はいらない。
玄関にもたれて、ずるずると座り込んだ。

「生きて…る」

そう、生きている。教授も、私も、そして

『どうした。懐かしい匂いだが』

蛇も。考えてみればびっくりだ。いるはずのない存在が、ここに三つもある。いないはずだったんだ、私たちは。

「生きてる…よぅ」

不機嫌そうでも、気まずそうでも、怒られても、生きていてくれたらそれでよかった。なんて高慢で自分勝手な願い。マクゴナガル教授が飽きれたのも、わかる。でも、だって、と幼子の様に言い訳してみる。

見て、みたかったんだ。どちらの陣営関係なく、ただ、普段通りに不機嫌そうな教授を。心臓を縮めるような命と策略のやり取りのない、セブルス・スネイプを。その道筋ができれば満足だった。実際に自分が目に出来なくても。蛇に飲まれていたとしても。

でも、私は生きていた。

だけど、会うつもりはなかった。

私は教授にとってただ同じ学年にいた同じ寮生でしかなかったから。だからもし、機会があって、教授を見たとしたら、笑ってやろうと思ったのに。

いつか、平和な世の中になっても不景気な顔をしている教授を、指さして隠れながら柱の陰からでもこっそり見て笑ってやろうと思っていた、のに。

おかしいな。こんなはずじゃなかったんだよ。

何で、目が熱いかな。止めようとしているのに、涙腺壊れているのかな。世界が滲んで見える。ヴァルヴェルデなんて、輪郭すらわからない。

「ヴァルヴェルデ」
『なんだ』
「教授が、いるよぅ」
『それは大泣きしながら笑うことか』
「うぇぇぇぇ」

ぼたぼたぼたと、音に聞こえそうなくらい。水滴が止まってくれない。どうするのさ、このあと教授の前に顔を出すのに。やっぱり逃げようか。でもどこに。
なんて、考えてたら後頭部に衝撃が。

「いっ、た」
「す、すま…どうした」

遅くなったために、外に出てきてくれたらしい。で、外開きの扉に後頭部が激突したと。教授が、目の前に立っている。全然ピントの合わない視界にある、黒いローブ。ぼたぼた。

「セブが立ってるぅ」
「何故泣く!」
「セブが怒鳴ったぁ」
「何故笑う!」
「セブが困ったぁ」
「何故さらに泣く!?と、とにかく中に入れ!そんなところで泣くな!」

セブに腕をつかまれて、へっぴり腰ながらも立ち上がった。ぼたぼたぼたぼた。

「セブが、あったかいぃ」

教授が、セブルス・スネイプが、思いっきり顔をしかめた。

「…っ泣くな。頼むから、そんなことで嬉しそうに泣かないでくれ」
「そんなことって」

私にとっての一大事なのにぃ、ともう意味が分からないくらいに悲しくなって泣いた。そしたら、タオルが顔面に飛んできた。いつの間にアクシオしたんですか。これ備え付けのタオルだ。

『…いい加減、入るぞ』

ごめん、二人が困っているのは分かっているんだ。わかっているんだけど、ぼたぼたぼたぼた。

怒っているのか困っているのかよくわからない教授と、泣きすぎてもうしゃべれなくて情けない顔をした私。完全にあきれた目線で見ているはずのヴァルヴェルデ。

もしみぞの鏡があったなら、今この光景が映し出されるだろう。


待って、でも待って、もうちょっとまともな顔をした私を映してくれませんか。今ホントダメ。顔ぐちゃぐちゃ。


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