09
今宵は満月。
夜空には漆黒の人外が蠢いている。吸魂鬼、か。校長も厄介な生き物を護衛にする。
校長の意図ではないとは、小娘の言だが。

狼の遠吠えに犬の悲鳴人族の叫び声、呪文の詠唱など等。今宵は随分にぎやかだ。騒がしいとも言う。
聞いたことある、ハリー・ポッターの声に忌々しい気持ちが湧き出す。

「ヴァルヴェルデ。抑えて抑えて」

察した小娘が名を呼び命じる。それだけで己の行動や意志が制限されてしまうのだから苛立つ。それに、冷え込む夜中に外出していることも恨めしい。わざわざここにいるのは他でもなくこの小娘についてくるよう命じられたからだ。

「もうすぐ、獲物が来る」

セシル・クルタロスの宣言どおり、地面からの微かな振動が鱗を通して伝わる。
ついでに匂いも。泥水と人の匂いが染みついた、ネズミの匂いだ。逃がす理由はない。

無音でとびかかる。

いつもなら牙を突き立て終了だが、殺さず捕まえるようにとの命令だ。小娘の割には真剣な顔で命じられた。意味は不明だ。とりあえず牙を立てぬよう銜え込み、全身で締め上げる。ネズミの方は唐突な襲撃に完全に目をむいて硬直し、抵抗もできずに捕まった。意図してなのか、ネズミの位置から小娘の顔は見れない。小娘も顔を見られるのは避けたいのか、ローブを目深くかぶっている。

「こんばんは。あなたは覚えてないだろうけどお久しぶり」

小娘が話しかける。しかし、口腔内のネズミは反応しない。反応できない。 

『無駄だ』
「ん?…あれ?おーい?」

小娘も異変を察して再度呼びかける。が、ネズミは話も聞かず、失神していた。真に情けない。

「ぇえー。まぁ、気絶してくれるならこっちも手間省けて良いのだけど」

出鼻をくじかれたらしく小娘は暫く悩んでいたが、計画はそのまま実行するらしい。
ローブのポケットから彼女が取り出したのは小型のケース。

『それは』
「マグルで言う、特注のコンタクトレンズ」

ケースの中は水で満たされていた。小娘の指先に乗る、透明な膜。
一つずつネズミの目に入れられた。魔力とは違う、奇妙な気配がする。

『魔法、ではないのか』
「似てるけど違う。ルーツが違うから帝王は気づかない」
『それを、どこで』
「お優しい東洋の魔女から。対価は高かったけど」
『それで、どうする』

小娘は空になったケースをローブに仕舞う。

「何て言ったか。“盗み見”“覗き見”かな。どっちも同じ意味らしいけど。
 日本の文化は難しい」


小娘が笑った。


prev next

[ top ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -